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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第七章 三本脚の蜘蛛
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自己紹介しませんか?

金の冒険者への資格申込みをして数日。

ようやく冒険者ギルドから正式な返答がきた。


期日にギルドから馬車を出して現地へ向かうが、その目的地は教えられないとのことだ。

当日はグレゴリとハルのふたりだけでなく、あとふたり、挑戦する者がいる。


「今回は運が良かったですね」


冒険者ギルドの広間の喧騒から少し離れた応接室で、受付嬢のレヴィがハルとグレゴリに言う。


「運が関係するんですか?」

「金の冒険者の資格試験は人数が決まっておりまして、必ず四人以上でなくてはなりません。以前お申込みされた方々は半年前からお待ちさせてございますので、ようやく受けられるという次第ですね」

「半年……。なんか悪い気がしますね」

「応募すれば普段の生活をして待っているだけですから、ハルさまが気にかけることではありませんよ。それに、他人のことを気にする余裕は、もうおふたりにはないと思っていただきたく願います」


レヴィは真剣な面持ちで言う。

確かにこれから自分たちが受けるのはイヴから託された金の冒険者プレートを自分自身で得るための、重要な試験だ。

気を引き締めなくては足元を掬われかねない。


「ちなみにですけど、どれくらい受かるんですか?」

「受かるというものの基準にもよりますが、金のプレートを手に入れられる方であれば約半数でしょうか。ですが、得られたあと、元の生活に戻れた方はそのうちの十分の一といったところです」

「えっと、それは、怪我とかですか?」

「それもありますが、一番は精神面の変化でしょうか。ハルさまとグレゴリさまはイヴさまにお会いしましたよね。彼女は金の冒険者でしたが、事実上冒険者を引退していました。そういったようなことが起こるということですね。これ以上は試験の内容に抵触致しますので、お話しすることはできません」


ハルは緊張で喉を鳴らす。

冒険者を続けたくなくなるほどの何かが行われるのか。


「それでは、以上で説明を終わらせていただきます。十日後の夜にまたお越しください」

「夜出発なんですね」

「そうですね。それほど離れた場所へ行くわけではないのでおふたりなら朝までには終わっていると思いますよ」

「私たちなら?」

「人によるということですね」


笑顔でレヴィは言う。

ハルとグレゴリは冒険者ギルドを出てしばらく無言だった。

金の冒険者になるとどうなるのか、気になることは尽きないが、それに関する情報の少なさが気にかかる。

これだけの秘密なら逆に高値で情報が取引されていてもおかしくない。


「……もしかすると」

「なんですか?」


言葉の続きを待っていても、グレゴリは言わなかった。

何かに勘づいたが、それを形にできる言葉が出てこないといった様子だ。


「当日までおとなしくしますか?」

「いや、俺はいつも通りに過ごそうと思う。こういう時は構えるよりも普段通りの方が精神的なストレスが少ない」

「なるほど。では、特訓ですね」

「怪我をしない程度だがな」


それから十日間、きっちり前日までふたりはトレーニングをして過ごした。

身体を休めるために焼いた鶏肉と野菜のスープで夕飯を終え、翌日のために就寝する。

ハルはギルド会館で借りている部屋に帰ると、ベッドに腰掛けた。


金の冒険者になればツミキと連絡がとれる。

そう考えるだけで胸が熱くなる。


「マグノリアさん」


机の上に置いた花瓶に向けて話しかける。

胸につけていた花は花瓶に移し替えて毎日水をあげている。

ずっとくっついていると疲れるだろうと思い、マグノリアの了承を得てそういう形になった。


「私、今とても怖いことがあるんです」

「……冒険者の試験のことかい」

「いえ」


ハルは即答する。


「ツミキと連絡がとれるかもしれないのに、今の状況をなんて説明したらいいものかわからないんです」

「もう受かった気でいるのがお前らしいね」

「受ける前に落ちることなんて考えなくないですか?」

「普通は落ちたらどうしようと悩むものだよ。だから緊張をするんだろう」

「そうですか。そうかもしれませんね」


言われてみれば、失敗した時のことなんて微塵も考えていなかった。

だが、それならその時別の方法を探せばいいだけだとも思う。


「まあ、きっと大丈夫ですよ。最悪なのは落ちることよりもちゃんと伝わるかどうかですよ」

「ずっと聞こうと思っていたが、そのツミキという友人はどういう人物なんだい?」

「ひと言で言うなら、私の世界の魔女です。知識も経験も豊富で、とても同じ歳とは思えないくらい頭が良くて……」

「そういう人物と共にいたのなら、お前のちぐはぐな勘の良さも納得がいく」

「私ってちぐはぐですか?」

「自覚なしかい。お前も知識と経験に偏りがあるのはわかっているだろう」

「ああ、それなら、そうですね。受け売りがほとんどですけど、物の考え方はけっこう影響を受けていますから……」


ツミキが今の自分を見つけてくれた。

その小さな芽を守り育てたのは、紛うことなくハル自身なのだが。


「お前が魔女の誘惑にかからないのはそのおかげだろうね。感謝するといい」

「いつもしてますよ。これからもそうです。そのためにも、私は元の世界に帰らないといけないんです」

「だろうね。意志の強さが常人を遥かに超えている。お前なら金の冒険者の試験は簡単に突破できるだろうさ」

「マグノリアさん、もしかして内容知ってるんですか?」

「この大地において儂の知らないことはないよ。だけど、教えはしない。自分でなんとかすることだね」


マグノリアはそう言うと枯れてどこかへ行ってしまった。

ハルは少しの不安と期待を抱きつつ横になる。

その日は久しぶりに、ツミキと買い物に出かける夢を見た。






約束の時刻になり、ハルたちはギルド会館へ向かった。

ハルはグレゴリと少し早めに到着して待機しようと話し合っていたのだが、今日の試験を半年待っていたという他のふたりの方が早く来てひとつのテーブルについていた。


ひとりは男性で、長い髪を結いており、グレゴリよりも背が高い。

もうひとりは女性で男性と容姿が似ているが髪型は短く切り揃えてある。


「こんにちはぁ……」


勇気を出して声をかけると、男性の方が無言で睨む。

女性も警戒しているようで、目も合わせてくれなかった。


ハルはぎこちない笑顔で会釈し、となりのテーブルに着く。


「……やってしまいました」


小声でグレゴリに言うと、呆れたようにため息をついた。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


突如、背後からレヴィの声がして、ハルは驚いて振り向く。


「バトラーさまとサラさま、半年という長い間、大変お待たせいたしました。これよりこの四人で金の冒険者の試験に挑んでいただきます」


それは四人で協力するということなのだろうか。

ハルは質問したかったが、空気を読んで我慢した。


「これからしばらく馬車で移動していただくことになりますが、皆さまは試験の直前まで辞退する権利を有しております。我々はそうした勇気のある方を蔑むことはありませんし、またここにいらっしゃる皆さま方はすでに金の冒険者から試験への挑戦を保証されている方です。そのような稚拙なことは行わないでしょう」


まだ内容も知らされていないが、見ただけで身の危険を感じるようなものなのだろうか。


「一度辞退したらもう受けられないのか?」


グレゴリが聞くと、レヴィは首を振った。


「そのようなことはございません。しかし、試験には四人以上必要なため、すぐには受けられないかと思われます。──他にご質問はございますか? なければ出発致しますので馬車へご乗車ください」


四人はぞろぞろと灯りのついた馬車へ乗り込む。

レヴィはついてこないようで、すでに別の受付嬢が乗り込んでいた。


(またこの空気になるんだ……)


気を重くしながら、座席に腰を下ろす。

向かい合うようにしてふたりを見ると、また睨まれた。


「あの、すみません。自己紹介しませんか? これから朝までは一緒なわけですし……」


ハルが勇気を出して声をかけてみると、女性の方が反応をした。


「いい加減にしてくれませんか? 私たち、仲間でも何でもありませんよね?」

「それはそうですけど、仲良くしておいて損はないと思うのですが……」

「放っておいてください。私たちとあなたたちが同格に扱われていること自体、不服なんです。私とお兄さまはたくさんの人を助けてようやく資格を得ました。ここまで五年かかったんです。あなたたちは見たところ長くて一年くらいでしょう? まだ銀の冒険者としての経験だって足りていないんじゃないですか?」


そう言われると言い返せない。

ハルが悔しさに口を噤むと、グレゴリが口を開いた。


「────あまり口を挟むまいとは思ったが、

その判断基準を根拠にするのは危ないな」

「なんですか? あなたもプライドが高いんですか?」

「緊張しているのか知らないが、喧嘩腰でしか話せないのならそのままでいい。俺たちが何者であれ、経歴を調べずに憶測で力量を決めつけるのは、実戦経験不足だな。事実、そっちの男はハルのことを見極めようとしている」

「──兄さま?」


サラがバトラーの顔を見る。

彼が睨んでいたのは観察していたからだったのか、と納得した。


「それで、どう結論が出た?」

「……何気ない所作のひとつひとつに警戒が見える。恐らくは癖なのだろう。特に背中を向けた時が顕著だ。襲い掛かった瞬間に無数の刃で串刺しにされるイメージが見えた」


過剰な評価だとは思うが、確かにハルは背後にいる人の気配を気にするタイプだ。

何人がどの距離にいるのか、無視したくても頭の中で想像してしまう。


「武の達人にしては足運びが素人。しかし重心の移動はかなりの練度だ。つまるところ、軽業師をやっていたのではないかと俺は予測した。そこに冒険者としての警戒心が乗ればこうなるだろう」

「すごいですね。少し私のことを見ただけでそこまでわかるなんて」

「人間の観察は基本だ。ましてや今回は味方なのだろう? 実力を疑ってはいないが、何ができるのか調べなくては背中を預けられない」

「そんなの言葉でもいいじゃないですか?」

「自分の目と相手の言葉のどちらを信用するかは比べようもないだろう」


バトラーは当然のように言う。

彼もそれなりに何かあったのだろうとは思うが、ハルはそこまで人を疑ってはいない。


「何にせよ、信用されたみたいで良かったです」

「お前はどうなんだ? 俺たちを信用しているか?」

「してますよ。そもそも敵対する意味ないじゃないですか。えっと、サラさんはどうですか?」


ハルが名前を呼ぶと彼女はあからさまに不機嫌そうに言う。


「私は兄さまが信用すると決めたならそれに従う」

「プロですね。尊敬します」

「バカにしている?」


敵意剥き出しの彼女に、ハルは曖昧に笑う。


「私たちは魔物の討伐を主にやっていました。おふたりはどういったお仕事を?」

「義賊だ。悪人から金を奪い、貧しい者たちへ配分する。孤児院などが主な出資先だ」

「兄さま!」


サラが止めても、バトラーはそれを手で制す。


「話しても問題ない。俺たちは前回の仕事を最後にしたはずだ。これから金の冒険者になれば仕事も変わる。もっとリスクの少ない仕事で金を稼げるようになる」

「お金が必要なんですか」

「俺たちは孤児院の出身だ。珍しく血の繋がった兄妹だった。だから他の奴らの二倍世話になった。恩返しは筋だ」

「なるほど。金の冒険者になると解決できそうですか?」

「解決は永久にしないだろうな。孤児はこの世界がある限りこれからも出続ける。ただ、俺たちが育った家は俺たちがいる限り守っていきたい。違うか?」

「立派な志です。私なんて全然そんな大きな目的もなくて……」

「どうして金の冒険者になろうとしたんだ?」

「遠くの友人と連絡をとりたくて、ですね。説明が難しいんですけど、金の冒険者になれば叶うかもしれないと聞いたので」

「そうか……」


バトラーは気まずそうに視線を逸らす。

絶対に死んだ友人だと思われただろう。

この世界にいないという意味では間違っていないが。


「そっちの────」

「グレゴリさんです」

「グレゴリ、お前はなぜ金の冒険者に?」

「……俺の方も説明が難しい。前提とする条件が違うだろうからな」

「すまない。人の事情を気軽に聞くのは野暮だった。俺も緊張しているようだ。気を悪くしないでくれ」

「構わない。その緊張を解そうにも俺から話せることも特にないしな。到着まで少女との歓談を続けてくれ」


グレゴリは腕を組んで静かに座り直す。

確かに彼からは聞くことも話すこともないだろうし、何より無言が苦ではないのだろう。


他愛ない会話を続けているうちに夜が更けていく。

そう時間はかからずに、馬車はゆっくりと歩みを止めた。


どうやら目的地についたらしい。

奥に座っていた冒険者ギルドの受付嬢がお辞儀

をして間を抜けて、荷台の扉を開きながら先に降りる。


「皆さま、到着いたしました。どうぞこちらへ」


案内されるまま、全員馬車から降りる。

目の前にあったのは、金属の扉で閉じられた、ひとつの洞窟だった。



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