花を、くれないか
ハルが町の入り口へ戻ると、突然マグノリアからもらっていた胸のコサージュが枯れた。
「え、何で?」
困惑していると枯れた花が小さく丸まり、マグノリアの頭部そっくりに変化する。
「……やれやれ。とうとうバーンもやられたかい」
「マグノリアさん? どうしたんですか?」
今までマグノリアとこういう形で話したことはなかった。
いつもなら花のまま話しかけてくるはずだ。
「そこにもあのバカが来ただろう。儂のところにも来たのさ」
「もしかして、マグノリアさんでも負けたんですか?」
「思ってもいないことを口にするんじゃないよ。禁域丸ごとに火を放たれた。再生することは容易だが、それはやつも分かっている。宣戦布告を受けたのさ」
「でも別にここに移動してこなくてもよかったのでは?」
「植物は他の動物を介して移動するものさ。深く考える必要はないよ」
燃やされたこと自体にはあまり怒っていない様子だ。
「そうですか。まあ、それよりも、バーンさんのことは残念でしたね」
「アレも死ぬことを先に決めていたやつだ。何か言うのはお門違いさね」
「私もそう思います。何か言う権利があるのはバーンさんの家族だったファリスさんだけです」
「悪くない考えさね。儂らは先のことをやらなければならない。お前から見てジタは倒せそうな相手だったかい?」
「……わかりません。少なくとも戦いたいとは思いませんでした。なんか、変な感じがして」
「おそらく当たっている。アレはもう人ではなくなった」
人ではなくなったという意味はわからないが、何か異質な雰囲気があったのはハルも感じていた。
魔女やグレゴリから感じるものとも違う、もっと妙な生命体だった。
「お前はお前の勘を信じるがいいさ。儂はお前の決定を否定しない」
「どうしてそこまで私を信頼してくださるんですか?」
「実績だ。お前は愚直で自分の中に芯がある。理想を実現させるための肉体と精神力もある。ならば儂が今さらどうこうしてやることはない。そうだろう?」
「合っているか間違っているかくらいは教えてくださいよ」
「意に介さないことをさせられたら例え正解でもお前はいい顔をしまいよ」
「それは、そうかもしれないですけど……」
「自身の納得を優先させたければするといい。その先にしかないものもあるだろう」
アドバイスはもらえないことがわかったが、それはそうと気になることがもうひとつある。
「マグノリアさんは、この先どうするんですか? おうち無くなっちゃったんですよね?」
「この件が終わるまではここにいるつもりだ。そろそろ共にいるべきだと思ってな。残る魔女も儂と影のやつと砂のやつだ」
「シャドウさん、大丈夫でしょうか」
「アレは死なんよ。恐らくは魔女狩りの誰かと契約を交わしている。身を守るためには手段を選ばないやつだ。例え百年這いつくばってでも生き延びるだろうさ」
「じゃあ、次にジタさんたちが狙うのは、カースさんですか」
「準備次第だろうね。研究の成果で倒せるはずの算段が通用しなかったことくらいわかっているだろうから、ここからまた妙案が思いつくまではしばらく手を出さないはずだと思うが」
「……でも、それだと少しおかしくないですか? 何でマグノリアさんに喧嘩を売ってきたんですか? 今のフェーズで全部終わらせるつもりじゃなかったら、それってすごく変ですよ」
「儂がやり返さないと思って憂さ晴らしでもしたんじゃないのか? まあ、どっちでもいいがね。儂は奴らの命のやり取りに興味がない。どっちにしろ好きにすればいいさ」
マグノリアは本当に興味がないようで、それ以上その話題に触れようとしなかった。
ハルの抱いている違和感には気がついているはずだ。
全面戦争を仕掛けておいて、都合が悪いからと中途半端に切り上げられるものなのだろうか。
「それよりも、お前は自分のことに集中しな。目的は果たせなかったのだろう?」
「はい。スマホは手に入れられませんでした。でも、バーンさんが言っていたんです。金の冒険者になれば可能性があるって」
「なるというか、なる過程のことだろうな。お前に覚悟があるならそろそろ挑戦してもいいころだろう」
「覚悟って、危険への覚悟ですか? 以前よりもだいぶ鍛えたので、多少のことなら平気かと思いますが」
「いや、例えるなら縛られてナイフを腕に突き刺される覚悟さね」
「え、嫌ですね。なんですか、それ?」
「例え話だ。不可避の痛みに耐える覚悟。それはあるのかと聞いている」
それなら、答えはひとつだ。
「我慢の方が得意です。任せてください」
今までたくさんのことを我慢してきた。
だから、今更少しのことくらいでへこたれたりはしない。
「そうか。ならば、あの小僧と合流して冒険者ギルドに行きな。金の試練を受けたいことを伝えればあとは流れにのっていけるだろう」
「あっ、もしかしてイヴさんの冒険者プレートが必要ですか」
「そうだな。すでに金になっている者がその冒険者の地位を譲ることで権利を得られるものだ」
「なるほど。誰でもなれるわけじゃないっていうのは、そうところも含めてのことなんですね」
推薦と同時に自身の引退を意味すると思うと、受け取った金のプレートの重さはとてつもないものだと知る。
「とにかく、しばらく儂は魔力の回復のために休む。出番もないだろうからな。だがここにいることだけは忘れるな」
「はい。お休みください。私はこの町のことが済んだらグラスネスへ戻るので。またご用事があれば声をかけてください」
「フン、何も知らなかった小娘が一端になったものだ」
「ありがとうございます。……褒めてますよね?」
返事はなかった。
マグノリアの頭部の形のまま、石のように固くなっていた。
ハルはそれから、夕方になるまで出入り口の見張り台にある椅子に座って待っていた。
しばらくしてから、ファリスが現れた。
顔は伏せていなかった。
泣き腫らしたことがひと目でわかるくらいに、目の周りが真っ赤になっていた。
「バーンさまは私が火葬した。全てを焼き尽くしたから、骨も残っていない。墓は鉄を溶かして作った」
「はい」
「お前に頼みたいことがある」
「はい」
「……花を、くれないか」
ハルは手の中に一輪の紅の花弁をした花を出した。
バーンの髪の色と同じ燃えるような赤い色だ。
「ありがとう」
ファリスはお礼を言って受け取り、また戻る。
一輪とは言わず、花畑を咲かせることは可能だ。
しかし今、バーンの墓に自分が手を加えることは、何か違う。
これは彼女が自分で解決すべき問題なのだと考えたから、こちらから能動的に手を貸すことはしなかった。
夜が明けたら出発しようと決めて、ハルはもうしばらく彼女を待つことにした。
一度避難した町の人たちは、バーンの死を大層悲しんだらしく、盛大な葬儀を執り行うことになったらしい。
とても好かれていた魔女だったから、皆の気持ちもよくわかる。
ハルは避難していた人たちを元の町へ帰してあげたあと、ファリスをつれてグラスネスへ戻ろうとしていた。
しかしファリスは町に残るだろうと考えていた。
彼女はこの町でずっと暮らしていたし、火の魔女を継いだのだからバーンと同じくここにいるものだと考えていた。
だから、彼女が共についてくると言い出した時は、心底驚いた。
彼女曰く、あの町にずっといるよりは、色々な場所を旅した方が強くなれるということらしい。
もちろん、最後にはあの町へ戻るだろうが、今は修行に出ることにしたようだ。
グレゴリとも合流し、全ての仕事を終えて、グラスネスの冒険者ギルドで数日の休暇をとることにした。
まずは身体と心を休めて、それから次にやることを話し合わなくてはならなかったからだ。
ハルはこの町に決まった宿を持っていない。
今まで律儀にマグノリアの家まで帰っていたからだ。
だからどうしようかと迷っていると、ギルドの受付のレヴィが提案をしてくれた。
「会館の三階にある仮眠室であれば使えますよ。もう何年も使われていない部屋でよろしければ、ですけれど」
「そんな、悪いですよ」
「私はあなたに野宿される方が気になります」
確かに、部屋がなければ野宿するつもりだった。
魔物討伐ばかりしていたせいで地面で寝ることにすっかり抵抗がなくなっているのだ。
「食べるものも広間に来ればありますし、短期間だけなら大丈夫ですよ」
「すみません。お言葉に甘えさせていただきます」
ハルは深々とお辞儀をして、その仮眠室へと向かう。
扉を開くと、たしかに埃っぽい匂いが鼻をついた。
室内には木枠だけのベッドと空っぽのチェストがあるだけで、他には何もない。
さっそく窓を開いて換気をする。
窓から外を見ると、グラスネスの町が遠くまで見えた。
ここは最初のころと変わらず、平和に皆が暮らしている。
まるで魔女狩りとの騒動などなかったかのようだ。
「バーンさんも、こういう景色を守りたかったのでしょうか……」
そう独りごちると、胸の花から返事が返ってきた。
「あいつも人間の営みを気に入っていた。文明を司っていたからな」
「マグノリアさん……」
「儂とて、思うところがないわけではない。だが、人の死を悲しめるほどの感受性を失ってしまっただけだ。長生きのしすぎだ」
「いいえ。そうやって、バーンさんのことを思い出して話をできるだけで、十分に感受性はありますよ」
「慰めかい?」
「事実です。それにしても――」
この町は魔女狩りが訪れている様子がない。
マグノリアがこのギルドに現れることは知っているはずだ。
マグノリアもそのことについては隠していない。
「平和すぎるか?」
「平和なのはいいことです。少し休んだら、金の冒険者のことを進めないといけませんし。今は他のことに手をつける余裕がありません」
「はてさて。この町がどうやって平和を維持しているのか、気にはならないかね?」
そう言われて、少しぼうっと考える。
判断材料はすでに与えられているのだろうか。
「……もしかして、冒険者ギルドですか」
「その通りさね。冒険者ギルド会館のある町で争いはご法度。ギルドからの粛清は魔女狩りの比じゃないよ」
「そうだったんですか。だからこの町も治安がいいんですね」
「まあ、そんなところさね。ただ、会館のないところだとギルドの力も及ばない。ガーネットのいた町を覚えているだろう。町の人間全員が魔法で殺されても止められない」
「だから魔女狩りが必要になった……。魔女さん側にも非があるのは理解しているつもりですよ」
「お前は憎しみや嫌悪で人と争わないところだけは、本当に優れている」
「久しぶりに褒められた気がします。……褒めたんですよね?」
「二度は言わんよ」
彼女の素直な言葉に、ハルは照れ臭くなってはにかんでいた。




