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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第六章 炎と共に
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入り口で待っています

「──バーンさん! 目を覚ましてください!」


耳元で大声が響く。

うるさい、と答えようとしたが声が出ない。


それに、目が開かない。

いや、開いているのか。

見えていない。


「……そこ、に、いる、のか」

「はい! ハルです! バーンさん、意識が戻って……」


会話をしている時間はない。

命の期限がすぐそこにまで迫っている。


「黙れ。あたしから、話す。ファリスには、事前に、伝えてある。だから、お前は、あとで、あいつから、聞け」


息がうまく吸えず、言葉が途切れ途切れになる。


「スマホの、ことは、すまなかった。最後に、叶えて、やりたかった、が……」


ハルは返事をしないが、身体を支える手にわずかに力がこもる。

約束を違えるつもりはなかった。

彼女の頼みを聞いたあとに死ぬつもりだった。


「お前は、金の冒険者を、目指せ。スマホを、手に入れられるかも、しれない」

「どういうことなんですか」

「説明する、時間が、ない。あたしのことは、もう、ここに置いておいていい。あとのことは、全て、ファリスに、任せてある。町の人間たちも、戻してやれ。もう、魔女は、死んだ。この町は、安全だ」


意識が暗闇に呑まれていく。

必死で抗っているが、思考力が段々と落ちていく。


「……ああ、そうだ。マグノリアにも、伝えておいてくれ。待っている、と……」


バーンの意識が途切れる。

身体から力が抜け、世界の全てが遠ざかっていく。


魔女に死はない。

しかし、火の魔女だけはその特性を使って『継ぐ』ことができる。

種火はすでに継いである。

バーンはもう魔女ではなくなっていたのだ。

身体に残っていた魔女の残滓でハルの願いを叶えるつもりだった。

それもジタに妨害されてしまったが。


(まったく、あのジタのクソガキ。立場と態度だけは一人前になりやがって)


思い出に浸る暇もなく、バーンは闇の底へと落ち、泥のような無数の暗い腕に抱かれて沈んでいった。






ハルに蹴り飛ばされ、気絶していたのはほんの数分だっただろうが、バーンの遺体を抱き上げたハルが向こうから歩いてきた時、ファリスは全てを悟った。

ハルに蹴られたせいで肋骨が折れているようで、身体を動かすと脇の辺りがずきずきと痛む。


異常な強さを放つ魔女狩りが突然飛んできた。

垂れ流されていた魔力の質と量は、ファリスの身体を石化させたかのように膠着させた。


(私のせいでバーンさまが死んだとは考えない。先にそう決めていた。バーンさまの命令だ)


何度も心の中でそう言い聞かせるが、涙があふれ出る。

自分自身の無力さに苛立つ気持ちすら、今は沸かない。

ただ、主を失った虚無感に、胸中を支配されていた。


「クソ!」


ファリスは火の魔女としての力、魔女の心臓を受け継いだ二代目の火の魔女だ。

バーンは次々に魔女が狩られていくところを見て、自分も例外ではないことを予測していた。

ファリスに心臓を預けて物言わぬ肉塊となる選択肢もあったのだが、それではファリスは身体に残っている魔女から供給された魔力を使い果たしたあと、盾としての力も失う。

特殊な槍も今の能力を失って普通のものへと戻るだろう。


バーンときちんと対等に話したのは初めてだったかもしれない。

火の魔女をファリスが受け継ぐとバーンはどうなるのか。

もう魔女ではなくなるということがどういうことなのか。


説明をいくら受けても、ファリスは到底納得できなかった。

火の魔女バーンの盾であることに誇りを持っているのであって、魔女になりたいわけではない。

死ぬ時は共に死ぬつもりだった。


しかし、バーンがそれを許さなかった。

魔女としての力を無理矢理受け渡されたあと、世界が違って見えた。

この世界の全ての魔力がどこまでも広く細かく視える。


だから、その瞬間にバーンが一気に衰え、死のふちに腰かけていることも分かった。

少し押しただけで崩れそうなその姿を見て、ファリスは自分がやらなくてはならないことを考えた。


それは、火の魔女の力を少しでも使えるようになること。

もうバーンの力を受け継いだことは覆らない。

誰も巻き込まない鉱山の奥で訓練を重ねた。


もっと時間があれば魔女狩りとも渡りあえただろうか。

────いや、そんなことはなかっただろう。


バーンがハルを評価した理由が今ならよくわかる。

彼女の魔力の波長は誰よりも静かで限りなく透明だった。

彼女に戦いを途中で止められても我を忘れなかったのは、その次元の違いを肌で感じたからだ。


おそらく、何十、何百年と修行してもそこへは到達できない、持って生まれた才能のようなものだ。

自身の能力を正確に判断しているからこそ、可能かどうかを瞬時に判断して落ち着いていられる。

その見極めのうまさが彼女の武器、生存力とでも呼ぶべきものなのかもしれない。

段違いに強力な大剣の魔女狩りを見て戦いを挑まなかったのも、そういうところに違いない。


「ファリスさん」


ハルはただそれだけ言って、バーンの遺体を地面に横たわらせる。

頬に触れると、まるで氷を触っているかのような冷たさが皮膚を刺した。

かつての熱はどこかへ消え、冷え切った肉体のみがここに在る。

その事実を飲み込めるだけの強さが、ファリスにはまだ足りない。


嗚咽をこらえようとしても、止まらない。

ファリスは生まれて初めて、身体を丸めて泣き喚いた。

両親が死んだ時も、集落を追い出された時も、何も感じなかった。

バーンはファリスの冷え切った心に火を灯し、温めてくれた。

その温もりが今は体の芯を焼き焦がし、喉を熱くさせる。


身近な人の死がこれほどまでに痛いものだとは知らなかった。

愛する人の声がもう聴けないことがこれほど辛いものだとは知らなかった。


この耐え難い喪失感を、ハルは乗り越えている人間だ。

彼女の感情を表すかのような魔力の、悲しみの中にある芯の部分からそれを感じる。

無関心なのではなく、人の死との向き合い方を知っている。


「お前……」


ファリスが声を絞り出すと、ハルはそっと抱擁した。


「……私への言葉はいつでも聞きます。今はバーンさんと話しておいてください」


話すと言われてももう死んでいるのに、と視線をバーンへ戻して気がつく。

胸の中に溢れる想いを言葉に表すことの難しさと、その塊の大きさ。

そしてそれを吐き出せるのは今だけだということ。


「町の入り口で待っています」


ハルはそう言って、立ち去る。

周囲に誰もいなくなって、ファリスは改めて、バーンへの想いをつらつらと語り始めた。


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