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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第六章 炎と共に
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あなたが嫌いです

「ああ、これなら、条件に見合うね」


ハルはバーンのその言葉に安堵する。

苦労してシグマを捕えてきたのだから、今度こそスマホを手に入れるのだ。


バーンの隠れ家には、ファリスも同行した。

さすがに魔女狩りを放ってはおけなかったのだろう。

バーンとは久しぶりに顔を合わせるはずなのに、深々と一礼しただけで言葉は交わさなかった。


「お前の仲間はどうしたんだい?」

「グレゴリさんはこの町の人を逃がすためにグラスネスに帰りました。この町にはもう私たちしかいません」

「はあ、そうかい。まあ、あれも魔女狩りになったのだからあたしらと仲良くしているわけにはいかないだろうねえ」


バーンは覇気のない様子でそう言う。

この町に来てから、彼女はどうも元気がなさそうで少し心配になる。


「もう一度確認するんですけど、スマホをもらうのにシグマさんが死ぬことはないんですよね?」

「ああ、ないよ。あたしの魔法の契約は命まではとらない。ただ少し魔力を失うだけさ」


少しというのがどれくらいなのかわからないが、バーンのことだから本当なのだろう。


「それも私がスマホを返せば元に戻るんですよね?」

「ああ、そうだね。だが、どうしてそんなことをする? 持っていればいいじゃないか」

「必要なことが済んだらもう大丈夫なだけです。シグマさんとの間に恨みを作りたくないのもありますし。それに、私の親友はとてもすごいので連絡は一度で十分なんです」

「何のために連絡をとるつもりか知らないけど、やたら信用しているんだねえ」

「はい。私が解決できないことは解決してもらえるはずです」

「ふうん」


バーンはよくわからないというふうな表情を浮かべて、シグマの前に屈む。


「……そういうわけだから、負けたあんたに選択肢はないみたいだよ。手を出しな」


シグマは返事をすることなく、素直に従う。

勝負の結果は真剣に受け止めているようだ。


シグマの手首を軽く握ると、そこに魔力が集中し始めた。


「あたしももう歳でね。魔女としての魔法ももう何度も使えないだろうさ。それでも、この娘たちは生き続ける。今までは人を記憶する側だったが、今度からは人に記憶される側になるというのは、不思議な気持ちだね」


魔力を失うという意味を、ハルは理解していなかった。

少しとはいえ永久に失うということは、体の一部を失うに等しいということを。


シグマの両手の手首から先が光となって消滅した。

両手がなければ槍を握れない。

つまり、もう魔女を狩れない。


バーンは光の粒子を両手で包んで、目を閉じて集中する。

これを固めるとスマホになるのだろう。

やっとようやく、ツミキに現状を報告できる。


────そう思った矢先の出来事だった。


初めに気がついたのはファリスだったのだろう。

彼女が声を発しようと息を吸った瞬間には、何かがシグマの傍に衝突して、大きな土埃を上げた。


そこにいたのは、銀の大剣を背負った大男だった。

彼は着地と同時にスマホの精製に集中していたバーンを蹴り飛ばす。

凄まじい威力でバーンは遙か彼方へと家屋を突き破っていった。


「──バーンさま!」


ファリスはバーンの飛ばされた方を向いていた。

だから、大男が剣を振り上げていることに気がついていなかっただろう。


しかしハルだけは、彼から片時も目を離さなかった。

剣の振り下ろしを止めるのは間に合わない。

それよりも近くにいるファリスを助ける方を選ぶ。


加減をしている余裕はない。

素早く最短で、ファリスの胴を蹴り飛ばす。

彼女も隠れ家の外へ吹き飛んだが、おかげで剣の振り下ろしに伴った衝撃波からは逃げられた。


しかし、その余波でハルの左足がちぎれ飛ぶ。


「やるな、ハル」

「……誰、ですか」


ハルは会話をしながら左足を植物の魔法で縫合して繋げる。

痛みは薬草で麻痺させた。


「魔女狩り第一位ジタだ。俺の仲間がピンチなようだったからな。救援に来た」

「なるほど、シグマさんが待っていたのはあなただったんですね」

「わかっていて、なんで逃げなかった?」

「誰が来るのか、興味があったんですよ」

「話し合いができるかも、と期待したか?」

「その通りです」


ジタは豪快に笑う。

そして、懐から何か丸いものを取り出してハルへ放る。


────それはマグノリアの頭部だった。


一瞬だけハルは身体が硬直したが、注視はせず、ジタから目線は外さなかった。


「ほう、意外だな。怒ってもいないし、動揺も最小限に抑えた。優秀な戦士だ」

「こういうやり方は嫌いですね。それに、これ、偽物でしょう」

「どうしてそう思う?」

「マグノリアさんが死ぬわけないじゃないですか」


即答したハルに、ジタは感心したように頷く。


「信用ではなく、信仰か」

「いや、あなた程度に殺されるわけがないので」

「そんな評価をもらったのは久しぶりだ。しかし、丸焼きにはしたからな。生きているのやら……」


丸焼き、と聞いてハルはマグノリアの家屋や周囲の森林が燃えているところを想像した。

しかし、それを俄かに信じることはできない。

森へ到達するまでの難易度、これまでマグノリアへの訪問者がひとりもいなかった事実。

どう考えても常人には不可能だ。


「それで、どうするんですか? 帰るなら今は追いませんけど」

「今は、か。残念ながらこっちも仕事をひとつ済ませて帰らないといけないのでな」

「仕事……?」


ハッと気がついた時には、ジタは既にバーンの吹き飛ばされた方向へと飛ぶようにして向かっており、止められる距離にいなかった。

魔女狩りの仕事は魔女を狩ることだ。


会話をしている間、恐らく魔力を探知してバーンの居所をつきとめていたのだろう。

相手の出方を伺い、悠長にし過ぎたことを悔やむが、不意をつかれたとはいえ彼の出足を見切れなかったのも事実だ。


ハルは全力でその後を追う。

たどり着いたときには、バーンの胸の中心にはジタの大剣が深々と突き刺さっていた。


「変だな。手ごたえがない……」

「ジタさん、どいてください」

「残念だがもうこいつは治らん。抜け殻だ。すでに備えていたみたいだな。こいつの盾は……お前が吹き飛ばしてしまったか。俺でも気絶しているやつを探すことはできん。今日は帰る」


ジタは剣を引き抜いて納刀し、悠々とハルのとなりを通り過ぎようとした。

その腕を、ハルは掴む。

振りほどくこともせず、彼はただ、ハルの顔を見た。


「……私、あなたが嫌いです」

「それはどうも。あいつの盾がどんなやつか興味があったが、どうやら期待していたほどでもなかった。お前の生死には興味がない。復讐がしたければ好きにしたらいいが、せめて退屈させるなよ?」


ジタはそう言って笑う。

奥には血を流したまま、全く動かないバーンが倒れている。


「あ、そうそう。シグマの両手は返してもらうぞ。火の魔女の力で何を生み出そうとしていたのか知らんが、させんよ」

「取り返せないと思っているんですか?」

「魔女を治療しなくていいのか?」


ハルはバーンの方を見る。

動いていないが、微かに魔力の根が見える。

彼は自分を追わせないために、わざと殺さずに大怪我で済ませたのだと理解すると、自分でも信じられないほどの不快感を抱いた。


「死にかけだが、最期に少しくらいは話ができるかもしれんぞ」


ハルはジタを止められなかった。

バーンに駆け寄って傷の深さを確かめることを、諦められなかった。

そのうちに、ジタはそこから悠々と立ち去っていく。

こんなに悔しい思いをしたのは、この世界にきて初めてのことだった。



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