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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第六章 炎と共に
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動けますか?

「決闘の邪魔をするなど、何を考えている」


ファリスはイラつきを隠さずに言う。

ハルは曖昧に笑って誤魔化した。


明らかにファリスの勝利で決着はついていたが、最後までやらせてもらえなかったことを不満がっているようだ。


縛ったシグマを連れて、ファリスと共に事前に隠れ家として使うと決めていた空き家に向かう。

槍はファリスが取り上げているからか、彼は一切抵抗せずに指示に従っていた。


「えっと、魔女狩りさん。私はあなたを助けるためにファリスさんを止めましたが、でも別に何か教えてほしいわけでもないし、ただ大人しくしていてもらえたらそれで十分です」


基本的には定時連絡がなければ死亡したものとみなされるらしいとイヴから聞いていた。

適当に放置して、あとは匿名で学校に連絡してやれば救助が来るだろう。


「お前は何者なんだ?」

「私はただの冒険者です。名前はハルといいます」

「うさんくさい奴だ。見たこともない魔法ばっかり使いやがって」

「本当ですよ。無事に帰れたら調べてもいいですよ?」

「無事に帰れたら、か」


シグマを細いツタをより合わせた簡易的なロープで縛りつけて、次のことを考える。

彼は魔女狩りだ。

グレゴリを使わずともバーンとの約束を守るための対価として使えるはずだ。


しかしその気がなかなか起こらなかったのは、言葉にできない違和感があったからだ。

シグマは捕まっているが、やけに落ち着いている。

勝負中に見せた闘争心がなく、しかし諦めている様子もない。

昔の侍ならもはやこれまでと腹を切るような場面だと思うのだが、そういう素振りがない。


「おい、もうこいつ殺してもいいか?」

「ダメです。何か変なんです」

「変?」


ファリスは首を傾げる。

彼女には何も思い当たらないようだ。


「魔女狩りのシグマさん、何を待っているんですか?」


その質問はかなり核心をついていたのだろう。

シグマの表情が微かに強張った。


ハルはあえて彼にはこちらが何者かわからないよう振る舞っている。

本当はファリスとの会話を聞いていて、彼の名前を知っていたのに頑なに言わなかったのは、ここ一番で使って『全てお見通しである』雰囲気を出すためだ。

この作戦は効果があったようで、質問に対するイエスの解答を得られた。


「この状況で待つものって言ったらひとつだけ、ですよね。救援が来るんですか?」

「魔女狩りは残りの人数が少ない。助けに来られるやつなんていない」

「さっき補充は簡単だって言ったのは誰でしたっけ?」


そう言うと彼は舌打ちをして黙った。


「他の魔女狩りも来るならこいつ殺すぞ」

「さっきまでとは事情が違います。それに、回収だけかもしれませんよ」

「楽観的すぎる。そもそも私は生かしておくことに納得していないからな」


不満を露わにしながらも実行に移さないのは、どうせ止められると思っているからだろう。


「だってファリスさんを言葉で説得するの、私にはできませんもん。殺そうとしたら止めますよ」

「分かってるからやってねえんだろうが。策があるなら早くしろ。考える時間はたくさんあっただろ」

「そうですね……。私としてはシグマさんにご協力願いたいのですけれど、難しそうですし……」


スマホの対価になってほしいが、ここで時間稼ぎをされるのも嫌だ。

しかし会話で彼を従わせられるほどの技量は、ハルにはない。


小難しいことを考え過ぎて脳が煙を吹きそうだ。

もう少し単調に行こう、と思考を切り替える。


「やっぱりシンプルなのが一番ですよね。シグマさん、私と戦ってみますか? もし勝ったら何でも言うこと聞きます」

「舐めてるのか?」

「本気です。それに、さっき中途半端に止められて消化不良でしょう?」


後ろから小さな声で「誰のせいで」と聞こえたが無視する。


「今までに倒した魔女の方々と比べれば歯ごたえのない相手でしょうが、いかがでしょうか?」

「俺が負けたら?」

「私の指示に従ってください。命はとりませんので安心してください」

「信用できるわけねえだろ」

「今の状況をひっくり返せるチャンスをふいにするかどうかはあなた次第ですよ」


そう言うと、彼は少し目を伏せて、闘争心をわずかに灯らせた。


「勝ち負けの判断は?」

「あなたに殺す以外の選択肢があるなら決めますけど、動けなくしたら勝ちでいいですよ」

「乗ってやるよ、その挑発に」

「じゃあ、始めましょう。ファリスさん、槍をください」


ファリスは言いたいことが山ほどありそうなむすっとした表情で、ハルへ魔女殺しの槍を手渡す。

ハルはその槍をシグマの傍らの地面に突き刺し、十メートルほど離れる。


「拘束を解いたらいつでもどうぞ」

「殺してやるよ」

「その気でお願いします。あとで言い訳されても嫌なので」

「口の減らない……!」


ハルがシグマの身体を縛るツタを枯らせると同時に、彼は動いた。






――完全に舐められているが、無根拠ではない。


怒りを通り越して、シグマは逆に冷静になっていた。

正体不明な不気味さのある少女だが、魔女の盾にしては魔力の反応が弱すぎる。

しかし、こちらの動きを制されたのも事実である。

だとすれば、彼女の言動は全てが偽りであり、嘘であると判断するのが妥当だった。


残りの魔女の盾がいるとすれば花の魔女のところだが、あそこへは学長が向かっているはずだ。

主を守らない盾がいるはずもないため、彼女が花の魔女の盾である可能性は低いと判断できる。


ではどうやってこれだけの力を手に入れられたのか。

シグマの持っている知識の中にあり、すぐに思い浮かんだのは、金のプレートの冒険者だ。

あれは単なる冒険者のランクではなく、欲しいものを手に入れることができた者の証でもある。

それがこの力であるなら、納得もいく。


金か否かの確認のしようはないが、魔法主体の戦い方ではない彼女に何ができて何ができないのか見極めることが先決だとシグマは考えた。

魔力の波を慎重に見定めて回避や防御を選ぶつもりだった。


次の瞬間、全ての感覚器官から彼女の姿が消え失せた。


(――何をされた!? 姿を消す魔法か!? いや、魔力に変化はなかったぞ!)


シグマは反射的に周囲を槍で薙いだ。

右斜め後方で、硬いものに当たる。


死角にハルがいた。

短刀で防御をしているが、そこからは脅威を感じない。

防御のあとの返しがあるとも感じなかったため、シグマは勢いのままにハルを吹き飛ばした。


ほんの数メートル跳んだが、彼女はすぐに立ってこちらへ短刀を構えた。


「すごい力ですね。手が痺れてますよ」

「感覚的には壁にぶち当たるはずだったが……」


武術の練度はお世辞にも高いとは言えない。

しかし、その技術の拙さをカバーできる得体の知れない身体能力がある。


筋力か素早さか、いずれかのステータスで異常な数値を叩き出しているのではないだろうか。

受けた力をそのまま受けたか、受け流したか、まだ判断できない。


「お前の全力を見せてみろよ!」


シグマは槍の間合いに彼女を入れると同時に突きを乱れ打つ。

そのひとつひとつが見えているかのように、彼女はしっかりと最小限の動きで躱し続けている。

目の良さはステータスには反映されない。


また穂先を掴まれることを警戒して、彼女の両手には注意を払っている。

少しでも怪しい動きをしたらすぐに対応するつもりだ。


「覚えました」


彼女がそう呟くと同時に、突きを引くのと同じ速度で距離を詰めてくる。

手元に突然入り込んだ彼女を、シグマは体当たりで吹き飛ばそうとする。

しかし、彼女はその場に踏みとどまり、逆にシグマの身体が大きく飛ばされた。


(こいつの異常値は筋力確定だ! だがどうする!?)


魔力を用いた戦闘を得意とする魔女狩りからすれば、力任せに畳みかけられることが一番怖い。

体勢を立て直しながらハルの姿を視界に捉えようとするも、また彼女は消えていた。

視界から消えたということは死角にいるということでもある。

シグマはまた槍を薙いだが、今度は何にも当たらなかった。


「――上ですよ」


見上げると、空中に立つハルがいた。

シグマはそこへ向けて槍を放つ。

彼女は宙を蹴って躱す。

空中歩行ができることはわかっている。

だが、そこに身を守るものはない。


「雷の槍!」


投擲された槍は三十の矢となって彼女へ降り注ぐ。

同時に迫る三十の矢はもはや矢尻の壁のようなものだ。

避けるなどという次元にない。


彼女は空中を蹴って進みながら、焦りひとつ見せずにその範囲外に出ようとする。

しかし、矢は追尾する。

多少避けたくらいでは対処できない。


魔力を無効化する銀の矢じりは魔法では防げない。

彼女はどうするだろうと観察していると、こちらに向けて駆けてきた。

相打ちを狙っているのだろうが、残念ながらそれほど稚拙な技ではない。


「俺には当たらんぞ」

「いいんですよ、それで」


彼女はシグマにタックルをした。

迷いのないその動きに、シグマは一瞬対応が遅れる。

背中から地面に叩きつけられた。


「がっ!」

「時間稼ぎよろしくお願いしますね」


彼女はロープでシグマを張りつけにして、その背後に隠れる。

それでは意味がないことを先程言ったばかりなのだが。


矢はシグマの身体を逸れて、ハルめがけて回り込んでくる。


「準備完了です」


彼女の両手には植物の根のようなものが巻き付けられていた。


(拳を保護するための魔法か!)


彼女は、迫りくる矢を、あろうことか、一本ずつ殴り、へし折っていく。

矢じりは魔法を無力化できるが、単純な破壊にはそれほど強くない。

信じられないスピードで、彼女は矢を全て叩き落として、完全に破壊していた。


「このパターンは初めてでしたか?」

「想定してるわけねえだろ、こんなもん」


無茶苦茶なことをする。

一歩間違えれば身体中にあの矢が刺さっていたというのに、彼女は汗ひとつかいていなかった。


矢は一度崩れ、槍へと姿を戻す。


「あっ、ずるい」

「魔法を解いただけだからな。小細工は使えねえってことか」


もう一度構える。

力量だけで崩すには身体能力が違い過ぎる。

技術でどれだけ差を埋められるか。


「全力でいくぞ」

「早く全力を出してください。この程度じゃないでしょう?」


魔力を全て肉体強化に回す。

使いきったら倒れるだろう。

目の前の一勝を確実にするためなら出し惜しみはできない。


シグマの全力は魔物のそれに匹敵する。

地面を蹴った力が後方で衝撃波となって家屋を吹き飛ばす。

全力の突進に対し、ハルは完璧なカウンターを合わせてきた。


ハルの拳の衝撃が胴を貫く。

シグマはその一撃で崩れ落ちた。

意識が混濁し、視界が歪む。


「動けますか?」

「ま、まだ……!」

「わかりました」


その直後、後頭部に鈍い衝撃が走った。

彼女が四つん這いになったシグマを思い切り殴りつけたことを知ったのは、気絶から目覚めてからのことだった。


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