もう詰んでるんだよ
日が落ち、ハルたちはバーンの隠れ家へ向かった。
以前の襲撃で壊れた扉は鉄板で無理矢理修繕されていた。
本当は新品に変えるべきだと思うが、バーンにそのこだわりはないのだろう。
中に入ってみると、あの日の傷跡は全てそのまま残されていた。
無事だった暖炉には火が灯り、バーンは瓦礫に腰かけていた。
「おう、まあ、適当なところに座ってくれ。散らかっているが、お前らは気にしないだろ?」
「……片づけないんですか?」
「そんな気力も今はないってところだな」
ハルは椅子の残骸を植物の魔法で簡易的に修繕して座る。
グレゴリに視線を送ると、彼は手でいらないと示し、腕を組んで壁によりかかった。
「何があったんですか? 私が来た時よりひどくなっていませんか?」
「部屋は変わってないだろ。ただ、あたし自身は変わったかもな」
彼女は寂しそうにひび割れた床を見つめる。
「ファリスさんのこと、ですか」
「ああ。あいつ、あたしが思った以上に落ち込んでいた。でもあたしにしてやれることはない。ああいうのは自分で気づいて成長するしかないこと、お前も知っているだろう?」
「それはわかりますけど、一緒にいないのは問題かと思います。もしもバーンさんが狩られたら、ファリスさんはどうなるんですか?」
「変わらない。一度手渡した魔力はあたしが生きている限り失われない。あの火槍だってそうだ。ただ、あいつはあたしを守れなかったという傷を一生負うことになる。命を投げ出してでも復讐をする気質のやつだ。……考えたくないな」
「どうして、そこまでネガティブな考え方になったんですか。前までのバーンさんなら魔女狩りなんてすぐ返り討ちにしてやるって、絶対言うはずですよ」
「……生き残っている魔女の数、知っているか?」
「え……」
即答できない。
半分がやられていることは知っているが、現状どちらが優勢なのかわからない。
「正確には、心臓を抜かれていない魔女だな。あたしとマグノリア、カース、シャドウ。もうこの四人だけなんだよ。他は全て心臓を抜かれた」
心臓を抜かれた魔女は仮死状態になって死んでいるのとほとんど変わらない状態になると、マグノリアに聞いたことがある。
心臓さえ取り戻せば生き返るが、魔女から心臓を抜きとれるだけの戦力がある相手から取り戻すのはかなり難しいだろう。
「あたしも、今後のことを考えないといけなくなった。――いや、あれからずっと考えている。あの日もお前がいなかったらあたしは心臓を抜かれていただろう。その時のことを考えて準備を行っている最中なんだ」
バーンは組んだ手を落ち着きなく動かしている。
それだけでも彼女の不安を見て取ることができた。
「ファリスさんとは、ちゃんと話をしたんですか」
「……いや、まだしていない。難しいんだ。わかるだろう?」
「今のファリスさんなら大丈夫だと思います。ファリスさんも、あの時に何か思うところがあったのでしょう。先のことを決めたいと言えば、ちゃんと聞いてくれるはずです」
「お前がそこまで言うほどか。大人しくなったとは思っていたが、そこまでか……」
「お互い、気不味いところもあるでしょうけど、いつかは乗り越えないといけないことですから。必要なら私たちも協力しますし」
「……ああ、助かるよ」
バーンは俯いて複雑そうな表情を浮かべると共にそう言った。
「ここが火の魔女の住処か。つまんねえとこだな」
魔女狩り第三位――シグマは蟲の魔女討伐後、その足で火の魔女バーンの住む町、ブラックロスへ向かっていた。
現在の状況の報告を受け取った時、シグマは勝利を確信した。
魔女狩りの被害は三人。
残るは自分と魔女狩り第一位のジタのみであるが、魔女側は残り四人。
その中でもとびきり厄介なのはマグノリアとカースのみ。
勝ちの目は十分にある。
シグマは銀の槍を隠すことなく、剥き出しのままにブラックロスの町へと入る。
シグマは魔女狩りの中でも魔力の感知能力が非常に高い。
これくらいの大きさの町であれば、全体をなんとなく把握できる。
そして、町の状態にもすぐに気がついた。
「人間がいねえ。避難したか」
魔女の側も今の戦況を把握しているはずだ。
巻き込まれを避けるための処置だろう。
町中の人間を巻き込んで戦った蟲の魔女とは大違いだ。
「――ってことは、俺が来ることも織り込み済みってことでいいな?」
シグマは槍を構えて、身体を限界まで捻る。
魔女に警戒されている状態でその居場所を完全に掴むのは、さすがに難しい。
しかし、その魔力の残渣から、おおよその位置は割り出せる。
銀の槍にこもった魔力は、光り輝き、光を発し始める。
シグマはそれを、全力を以て、魔女の気配へと放った。
放たれた光の槍は家屋をいくつも貫き、衝撃で吹き飛ばしながら突き進んでいく。
やがて路地裏の辺りで、大きく弾かれて空の彼方へと消えた。
「あそこか」
槍が止まったということは、そうに違いない。
歩きながら、周囲にも警戒を怠らない。
火の魔女には盾がいる。
未熟で弱い槍使いだったが、もしものことがあってはならない。
見つけ次第、一撃で屠るつもりだ。
崩れた家屋の中を進んでいくと、その先にいたのは、意外な相手だった。
「そろそろ来るだろうと思った。グレゴリが後を継いだと言ってもまだ知識も信用も足りないだろうから、任せてもらえないだろうと予想していたのは、正しかったな」
短い金髪に、薄くて軽そうな鉄の鎧や籠手、そして石突きに妙な筒のついた槍。
火の魔女ではなく、魔女の盾だ。
「弱い方のやつかよ。俺の攻撃を防御できたのか」
「一直線に飛んで来るだけの槍を弾くくらい簡単だ。それも、あれだけ派手に飛ばしたらな」
彼女は落ち着いている様子でそう言う。
挑発のつもりだろうが、同じ立場ならシグマも同じ感想を抱くだろう。
あれはそもそも攻撃が目的ではなく、居場所の特定が目的だったのだから。
「とりあえずは前座からか。これで魔女も五人目だが、盾のいるやつの相手は面倒だな」
「これまでの盾と同じだと思うと痛い目に会うぞ」
「勘違いすんなよ。同じやつなんてひとりもいねえよ。俺は誰が相手でも全力で貫き殺すだけだ」
シグマは槍を構えて、言う。
「――魔女狩りのシグマ。いざ、参る」
「名乗りか。私の名は――」
「死ぬやつの名前なんか、いらねえよ」
シグマの突進は、風よりも早い。
そして、自身の間合いを完璧に理解している。
彼女の持つ短槍よりも、こちらの間合いの方が遠い。
「ん!?」
たしかに肩口に刺さったはずが、その部分だけが火となって突き抜けた。
目の端で彼女の動きは追えている。
短槍を回転させ、こちらの槍を大きく弾こうとしている。
それだけなら、まだシグマの技量で躱して首を跳ねることは容易だ。
しかし、向こうは謎の魔法を使った。
警戒のためにシグマは退いた。
「どうした? 怖いのか?」
彼女の挑発を聞いて、シグマは顔をしかめる。
「気に食わねえな。槍使いなら槍だけで勝負しろよ」
「そのようなプライドは捨てた。私は負けても次があると心のどこかで思っていた。しかし現実は違う。だから、使える手段は全て使うことにした」
彼女の身体が赤く熱を帯びていく。
恐らくは火の魔法による特殊な肉体強化だろう。
しかし人間以上の速さには慣れている。
シグマは槍を握り直し、集中する。
魔力を目に集中すると、周囲の物体が全てゆっくりに見える。
元々は魔女狩り第四位アルファの得意な魔法だった。
彼女の目は数キロ先までも見通せるほどの強力な強化魔法だったが、シグマにそこまでの力はない。
しかし、目の前にいる相手の動きをよく観察することくらいはできる。
彼女の動きはシグマからすれば緩慢だった。
しかし、触れてはいけないと直感的に思えるほどに、力強い魔力の層が彼女の身体を殻のように覆っている。
中々に魔女の盾としての練度は高いようだ。
槍の先端を弾き、素早く足元を薙ぐ。
銀の槍は魔力そのものを弾いて無効化する。
魔力の殻に触れても槍が破壊されることはない。
穂先が触れた瞬間、その部分が爆発し、シグマは大きく吹き飛ばされた。
「――っ!」
慌てて立ち上がると、すでに喉元に槍の先端を突きつけられていた。
「私の名はファリス。火の魔女の盾だ。覚えたか?」
「……殺せ」
「ああ、殺す。だが、その前にひとつ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前たちの目的に関してだ。魔女は死なないことを私たちは誰よりも知っている。心臓を集めて何を企んでいる?」
「心臓を抜けば、お前らは動きを止めるだろ。死ぬのと変わらないじゃねえか」
シグマは嘘をついていない。
魔女狩りが聞いた説明はそういう旨のことだ。
「……知らないということか」
「何をだ」
「これから死ぬ奴には必要ないことだ」
槍が眼前に迫る。
その時、急にファリスの身体が止まった。
「またか! なぜ邪魔をする!」
奥の物影から別の少女が現れた。
その中の少女が、魔力を束ねて手に持ち、ファリスの身体を拘束していた。
「殺さないでください」
「この期に及んでまだそんなことを……!」
「この人を殺すと複数の魔女狩りが出て来るかもしれません。ふたり以上の相手はさすがに厳しいでしょう?」
「何人来ようが全員ぶっ殺してやる」
「落ち着いてください。何人殺しても魔女狩りはいなくなりません。ですよね?」
狂犬のように息まくファリスの脇を抜けて、少女はシグマに言う。
彼女の言う通り、魔女狩りは空席がすぐに埋まるくらいに候補者がいる。
一度全滅しても、学長さえ生き残っていれば知識や経験を失うことなく元通りにできる。
しかし、魔女の方は条件が知られていないため、中々補充がきかないと聞く。
さらには魔女の不死の特性を利用して、心臓を抜きとっていれば席は埋まったままに無力化できる。
だから時間をかければ、魔女狩りはいつか必ず魔女を殲滅できるのだ。
「……お前らはもう詰んでるんだよ」
「かもしれません。この戦いに魔女が勝利しようと思えば、人間の殲滅しかありませんから」
黒い少女は笑みを浮かべて言う。
それがたまらなく不気味で、シグマの背筋に悪寒が走る。
「あと、まだ私は自分が魔女さんたちの味方だとは言っていませんよ。冷静そうに見えても焦っているんですね」
そう言われ、シグマは槍を強く握り直す。
あと一歩こちらに踏み出して来れば、あの喉を切り裂ける。
しかし、彼女はそこからこちらに歩み寄ろうとしない。
シグマに見える魔力の波長は霧のような形をしている。
その濃淡で流れを見極めているのだが、彼女の周囲の魔力は非常に薄い。
あえてそうしているのか、魔力が少ない人間なのか判別がつかないほどだ。
薄ければ薄いほど、その行動や心理は読みにくく、何を考えているのか理解できなくなる。
彼女の言葉、仕草、表情のどれもが嘘くさく見えて、指一本動かすたびに注視してしまうほどだ。
その過敏になった神経を逆撫でするように、彼女は間合いの一歩外に立っている。
我慢比べのつもりなのだろうか。
(――なめやがって!)
シグマは止められないよう大きく跳躍し、身体を捻る。
槍は突くためだけのものではない。
「ひとりは道連れだ! 『雷の槍』!」
未だ動けないファリスに向けて、シグマは最大限に魔力を練った槍を投げる。
魔女殺しの武器である銀の槍の、魔力を遮断する性質を持っているのは刃の部分だけだ。
柄には魔力を込められる。
シグマの魔法『雷の槍』は、投擲することで槍が三十の矢へ姿を変え、敵へと襲い掛かるものだ。
これは銀の槍でも使用可能な魔法で、実際に蟲の魔女相手に使用し、彼女を打ち倒した。
「――――は!?」
驚きに固まったのは言うまでもない。
投げた瞬間、自分の目の前に『彼女』がいた。
いつ、どうやって、などいくつもの疑問が脳内を巡るその前に、彼女が左手で投擲された槍を掴んで止めていたことに思考を奪われる。
手の平から焼け焦げたような煙が立ち上り、匂いが鼻をつく。
魔力のこもった槍を素手で掴んで止めるなど、もはや人間の技ではない。
そして、彼女はなぜか空中に立っている。
彼女に見下ろされ、地面へと落ちていく最中、来るであろう衝撃を覚悟しながらも受け身の体勢をとらなかったのは、心に刻まれた敗北のせいだろう。
死を悟り、目を閉じる。
無抵抗に頭から落ちたつもりだったが、次に感じたのは全身を包む柔らかな感触だった。
驚きに目を開くと、巨大な綿毛の上に落ちていた。
衝撃を綿が吸収したようで、怪我ひとつしていない。
「だから、殺しませんって言ってるじゃないですか」
彼女は空中を階段を降りるかのように歩きながら、呆れた表情で言う。
シグマはただただ、目を丸くするほかなかった。




