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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第六章 炎と共に
53/84

私に聞きます?

「本当にいいんですか?」


ハルはグレゴリと共に、火の魔女の住まう炭鉱の町、ブラックロスへ来ていた。

道中何度も確認したし、今もまた町に入る前に彼に聞く。


「ああ。正式に魔女狩りになった以上、どう行動するかは俺の自由だ」


火の魔女バーンとの約束で、魔女狩りがひとりいればハルのいた世界と繋がれるスマホを生み出せるという話だった。

生贄のようなものでもなく、最低条件ということも聞いている。

しかし、魔女狩りになるという当初の目的を果たしたからと言って魔女と直接接触してもいいのだろうかと疑問に思う。


「俺の担当が火の魔女なのは聞いているし、少女との関係も分かっている。突然切りかかったりなどはしない」

「グレゴリさんはそうかもしれませんけど……」

「向こうから仕掛けてくる分には俺にはどうにもできないぞ」

「う、むう、確かに」


バーンのところには超がつくほど好戦的なファリスがいる。

口を開く前に飛びかかりかねない。


町に入り、まだ日が高いことを確認して、真っ直ぐに酒場へと向かう。

いつもいるはずの場所に、変わらず彼女はいた。


「おーう。元気にしてたか?」


相変わらず火のような髪の毛を揺らしながら、バーンは酒を煽っていた。


「おかげさまで。こっちは私の友人のグレゴリです。魔女狩りになりました」

「お前が火の魔女か」


グレゴリは淡々と聞く。


「そうだが、やるのか?」

「いや、今はまだいい。少女との約束と先代の魔女狩りとの約束もある」

「真面目な男だね。とうとう『スマホ』に見合う魔女狩りを連れてこられたってことでいいのかい?」

「はい。グレゴリさんには説明してあります」

「ほう、代償として使われることに不安は感じていないのか?」

「少女が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。不安は感じていない」

「これまたバカなのか、実直なのか。あんたも大概だね」

「人を信じることをバカだと言うのならそれでも構わない」


グレゴリは至って真面目だ。

バーンはとうとうこらえきれずに笑い始めた。


「いいさ、アタシは別にどっちでもいいことだ。今日の夜にしてもらえるかい? 昼間はどうも調子が悪くてね」

「わかりました。夜になったら家の方へ向かったらいいですか?」

「そうしてもらえると助かるよ」


そこでいつもと違うことに気がつく。


「ところでファリスさんはどこへ……?」

「――あの時負けたのがよほど悔しかったんだろ。日中はどこかで訓練してるよ。顔を出してやると喜ぶだろうさ」

「喜ぶ……」


顔を見るなり槍の穂先が迫って来るところしか想像できない。


「ふむ。魔女の盾と訓練に付き合ってみるのも面白いかもしれないな」

「グレゴリさん、そういうタイプでしたっけ?」

「俺も自分の無力さは味わっている。イヴにも追いつけなかったしな」


珍しく視線を落としてそう呟く。


「心配しなくても、たぶん会えばそうなりますよ。では私たち、昼の間はファリスさんのところへ行ってきます。また今夜に」

「ああ、また今夜」


バーンはまた酒を口に運ぶ。

何かやけ酒のような雰囲気も感じるが、深く追及するようなことでもないと思い、そのままにして酒場を出た。


ふたりは炭鉱の方を目指した。

そっちの方からファリスの存在を感じたからだ。

勘なのかもしれないが、これがきっと魔力が視えるということなのだろう。


働いている人たちに挨拶を交わしながらファリスのことを聞く。

どうやら炭鉱よりももっと奥の岩山にいるらしい。


向かってみると、たしかにファリスの気配が濃くなった。

しかし、暴れ回っているような様子はない。

辺りは静かで、空高くを舞う鳥の声すら聞こえる。


「少女、止まれ」


グレゴリがそう言ってハルの肩を掴んだ。


「ここが境界線だ。一歩でも踏み入れば感知される」

「何が視えているんですか?」

「薄いが、確かに線引きがしてある。強者だけに見えるようにわざとつけてあるのだろう」


グレゴリは剣を抜いた。


「火の魔女の盾の力は俺も見ておきたい。少女が嫌ならやめるが」

「いえ、構いません。そうなると思っていたので、向こうから警告してくることが意外でした」

「それほどか。面白い」


グレゴリはハルには視えない、その境界線というものを跨いだ。

次の瞬間、高速で火の槍が飛んできてグレゴリはそれを剣で弾いた。


「まだ姿も見えないうちから、なんという精度だ!」

「――来ます!」


空を切る音がするほどの速さで迫ってきたというのに、ファリスは砂埃を少し舞わせた程度の優しい着地をした。


「またお前か。何をしにきた」


ファリスの表情は落ち着いていて、以前のような荒々しさは影をひそめていた。


「俺が腕試しをしたいと言ったのだ。新たに魔女狩りとなったグレゴリだ。魔女の盾との実力差がどれほど埋まったか知りたい」

「魔女の盾ならお前の隣に――」


言いかけてやめる。

ファリスにも何か目的があるような顔をする。


「まあ、いい。私も同じ気持ちだ。あの日、魔女狩りに手も足も出なかった。たとえ新入りとはいえ、相応の実力がなければその地位にはつけないはずだ」


ファリスは冷静に短槍を構える。

すでに剣を抜いているグレゴリもゆっくりと剣を構える。

以前のように肩に担ぐのではなく、腰から下へ、身体の影に隠すようにして構えた。

こう構えると正面からだと剣の長さが分かりにくい。

剣の使い方を習った成果のようだ。


「あの、勝敗の条件を先に決めていてほしいのですが」


不安になったハルが言うと、しばらくの沈黙の後、グレゴリが答えた。


「背中が土についた方にするか」

「胴体を貫かれた方でも構わないぞ」

「それでは少女との約束を遂行できない。もっとも、ここで死ぬつもりはない」


煽りともとれるグレゴリの言葉を聞いて、ファリスの手に力がこもるのが見えた。

表情に出していないだけで、彼女はすでに飛びかかる準備ができている。


「少女は立ち合いを頼む。必要なら止めてくれ」

「わ、わかりました。でも、ふたりとも死ぬのは無しですよ!」

「強者同士の決闘に絶対はない。さて、始めるか」


グレゴリがそう言った途端、ファリスが一直線に突っ込んできた。

以前よりも、速く、鋭い。

槍の石突きについているジェットエンジンからは青白い炎が噴き出ている。


ハルの動体視力だから確認できたが、グレゴリからするときっと瞬きの間に槍の先端が迫ってきたことだろう。

グレゴリの動きにここまでの速さはない。

しかし、イヴの元で学んだ戦い方があるはずだ。


「確かに速いが、それだけでは俺を止められない」


グレゴリの鎧は、ファリスの槍を弾いた。

少し傷はついたが、貫くまでには至らなかった。


グレゴリの剣は下から地面ごとすくい上げるようにして、体勢を崩したファリスへ迫る。

ファリスはエンジンを噴かせながら槍を回転させ、大きく空へ飛びあがった。

直後、めくりあがった地面が波のように突き進み、山へ当たって大きく衝撃が破裂した。


「――化け物か!?」


空中のファリスが焦っているのがわかった。

ハルも同様に驚いていた。

グレゴリの剣技に衝撃波のようなものがあった覚えもなくはないが、ここまでコントロールできるようになっていたのか。


「これは魔法なのだろうか、技なのだろうか。習ったことをやっているだけだしな。俺にはそれすらももう知る術がない。しかし、こうして使えるのなら、何も問題はない」


グレゴリが今度は大きく剣を振り上げた。

今の衝撃波を見た後なら分かる。

あの構えから発される衝撃の大きさは、周囲の魔力の力強い大木のイメージから想像できる。


「上等だ! これくらいで尻込みしていては、あの方の盾は務まらない!」


ファリスは一度大きく旋回した。

速度は増していく。

やがて風切り音が甲高く本当に空気を切り裂いているような音へと変化し、グレゴリへ向かってまるで鷹のように一直線に素早く襲い掛かってきた。


ファリスの目の前には火の輪がいくつも浮かんでいた。

それをひとつ抜けるたびに、槍の石突きから発せられている炎の温度が上がり、やがては完全な透明となる。


「火槍術奥義、流星!」


透明な空気の膜で覆われ、周囲を破壊しながら向かってくる彼女を、グレゴリは正面で迎えた。


「こちらも相応のもので受けさせていただこう」


グレゴリの剣はいつの間にか大剣へと変化していた。

剣の変化を制御できるようになっているのだろう。


ハルは小さく息を吸い、ふたりがハルの魔力を感知できる範囲に入った時に、魔力の根を絡めとり、動きを完全に停止させた。

右手でファリスを、左手でグレゴリを。

片手で、魔力の束をただ掴むだけで、恐ろしいまでに高められたふたりの魔力を完全に掌握した。


「貴様何をする!?」

「少女! これは俺の戦いだ!」

「……ふたりとも。殺し合いはしない約束だったでしょう? 熱くなりすぎです。このままだと両方死んでましたよ」


ハルは冷静にふたりの魔力の高まりを観察していた。

攻撃に魔力を全て回せばその分防御は薄くなる。

最大級の攻撃同士がぶつかったあと、身体を守る魔力はもうふたりには残されていない。


電車と電車の正面衝突とでも言おうか。

互いを破壊することはできても、その衝撃から自分の身を守ることはできない。


「決着をつけなくても、相手の実力はわかりましたよね? おふたりともが本気を出すとどっちも死ぬくらい強くなったってことですよ」

「……少女、それは褒めているようには聞こえないぞ」

「お前に片手で止められた私たちは……」


ふたりとも武器をしまい、肩を落としている。

止めてしまったのは悪かったかもしれないが、そこまで一気に落ち込むほどだっただろうか。


「少し強くなったくらいで自惚れてはいけないという戒めにはなった。火の魔女の盾よ。威嚇してすまなかった」

「……もういい。そこのアホのせいで萎えた。どういう修行をしたらそうなる?」

「修行なんて、私はただ魔力を視えるように特訓しただけで……」

「それだけで私は奥義を止められたのか。屈辱だが、そういえばお前はあの化け物級の剣士の剣も指先だけで止めていたな……。元々持っている才能か……」


ファリスはそれからもぶつぶつと独り言を呟きながら、山の中へと歩いていく。


「あっ、ファリスさんはバーンさんのところへは――」

「私はあの方の元へは戻らない。今の私がいても盾の役割は果たせない。もっと強くなってから戻るつもりだ」

「そうですか。わかりました。元気そうでよかったです」

「悪気なさそうなのがムカつく」


そう言い残してファリスは去っていく。

彼女は以前よりも態度が柔らかくなっているように感じた。

どうやらイヴに襲撃された時のことが相当堪えているようだった。


「少女の反応を見るに、彼女は相当変わったようだな」


帰り道すがら、グレゴリは言う。

日が暮れ始めると町の様子もまた変わる。

それとなく観光しながら、だらだらと話していた。


「はい。前までのファリスさんだったら、問答無用で襲い掛かってきていたでしょうし、バーンさんの元を離れることはありませんでした」

「成長したのだな。羨ましい」

「グレゴリさんだって成長しているでしょう」

「俺のは成長と言うよりも変化だ。武器の扱いを少し覚えただけで、俺自身は何も変わっていない」


それは誇れることなのではないだろうか。

グレゴリは何と相対してもぶれない。

芯の通った性格をしている。


ハルはそこに少しシンパシーを覚えていた。

敵だからとか、味方だからとか、そういう尺度で相手を判断しない。

自分の中に確かな判断基準があって、戦うべき相手は自分で選ぶ。

だからこそ、ずっと気になっていたことを、もう解決してしまおうと、ハルは口に出した。


「グレゴリさんは、魔女狩りになって魔女を狩ると言っていましたけど、どうしてなのか、そろそろ教えてもらえませんか?」

「む? そうだな……」


彼には珍しく即答せずに悩む様子を見せた。


「少女になら話してもいいか。付き合いも長いことだしな」


グレゴリが籠手を外す。

そこにあったのは確かに人間の腕だ。

しかし、魔力が視えるようになった今は、違うものが見える。


「これって――」


腕に絡みつく無数の魔力の根。

そのどれもが太く、分厚い。


「俺の身体は偽物だ。鎧で隠しているが、本当の姿とは違う」


彼は申し訳なさそうに腕をさすり、籠手を戻す。

ハルは段々とその態度がまどろっこしくなり、自分から切り出した。


「……せっかくなんで、私も本音で話しますね。私はグレゴリさんが何者でも、どうでもいいです。今目の前にいるグレゴリさんが、私にとってのグレゴリさんなので、正体なんてグレゴリさんを構成するひとつの要素にすぎません」

「少女はそう考えるのだな」

「はい。私は肩書きや種族と話をしているのではありません。私はあなたと話しているんです。わかりますよね?」

「……すまなかった。俺はまだ少女を見くびっていた。――俺は竜の生き残りだ。最後の一匹と言ってもいい」


竜狩りが結成され、種を絶滅に追い込んだことはハルも聞いている。

目的を達成したから、竜狩りは解体されたのだとも。


「竜って、絶滅したんじゃなかったんですか?」

「最後の一匹で、子供だった俺を、竜狩りは殺せなかった。竜狩りたちも竜を殺すことに心を痛めていたんだ。心や感情がなければよかったのになんて愚痴を何度聞いたことかわからない」

「仲が良かったんですか?」

「最後の一匹だった俺を、竜狩りたちは育ててくれた。一匹じゃもう繁殖はできないからな。五人の竜狩りたちはそれぞれの防具や武器を俺に引き継がせ、禁じられた魔法で人間の姿にして、この世界でもまだ生きていけるようにしてくれた。彼らは俺に教えられるだけのことを教えたあと、寿命で息を引き取った。俺は彼らの最期を看取った。冒険者になればあとは進むべき道は見えると聞いていたのでな。ひとまずは人里に向かい、たどり着いたのが少女と出会ったギルド会館だったというわけだ」

「なんだか、全体的にすごいですね。人間が憎くなかったんですか?」

「自然界ではよくある話だろう。弱い方が喰われただけの話だ。恨むなら自分の弱さを恨むだけだ。ただ俺は、彼らは殺したくないといいながら竜を殺さざるをえなかった。それはどういう気持ちだったのだろう。どれだけ苦しかったのだろう。それを知りたくて魔女狩りの存在を知り、俺もなってみようと思ったのだ」

「……それで、なってみて、どうですか?」

「変わらないな。相手のことを知れば知るほど戦いにくくなるかと思ったが、そんなことはなさそうだ。どうしてだろうな」

「それはきっと、実力が拮抗しているからですよ。竜狩りは竜を何十も何百も倒さなければならなかったんでしょう? だとしたら、それ相応に強かったはずです。自分よりも弱いものを相手にする虚しさを、彼らは味わっていたのではないでしょうか」


弱いとは、侮辱のつもりで言っていない。

グレゴリにはきちんと伝わると思ってはっきりと言った。


「……なるほど。少女の言うことは全く正しく聞こえる。俺も魔女がか弱く、吹けば飛ぶような存在であったなら、戦うことを躊躇ったかもしれないな」

「魔女の皆さんは、グレゴリさんが思っているよりも強くありませんよ。みんな、元は人間ですから。話し合いもできることですし、話し合いで解決しませんか?」


ハルが言う強くないというのは、戦闘力の話ではない。

精神的な強さは人間と変わらないという話だ。

グレゴリにうまく伝わったのかわからないが、彼は少し悩んだ顔を見せたあと、呟くように言う。


「星の魔女は話し合う余地がなかったようだったが……」

「切羽詰まったら誰だってああなりますよ。そこが人間らしさじゃないですか?」

「そうか。そうかもしれないな。俺たちは人間らしさを保てているか?」

「ははは、私に聞きます?」


ハルは笑ってそう言う。

世間一般で言うところの人間らしさを持っているのかどうか、自分でもわからない。

グレゴリは何も言わなかった。

せめてフォローのひと言でも欲しかったが、彼も思うところがあるのだろう。

ハルが普通の人とは違う感性で世界を見ていることに。

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