火を放て
静かな森の中に似つかわしくないほどの大勢の人間が入り込んでいた。
彼らが通ったあとには、イノシシやシカの魔物の焼死体が転がっている。
大勢の白い装束の人間たちが、ぐるりと取り囲んでいたのは、花の魔女マグノリアの、切り株の家だった。
居間では大柄な男──魔女狩り第一位ジタがどかっと椅子に腰かけており、そのテーブルの反対側にはマグノリアが立っていた。
付き添いのデルバードはジタの腹心で、魔女狩り候補でもあった、魔法学校の首席卒業生だ。
だからこそ、今このジタの後ろで同席させてもらえているのだが、すでにこの屋敷内に充満している魔力の圧迫感に立っているのがやっとだった。
ジタの命令で他の者を室内に入れなかったことがいかに正しい判断だったかわかる。
「――で、儂を狙ってきたのかい?」
先に口を開いたのはマグノリアだった。
彼女から発される魔力はデルバードには見えない。
と言うよりも、すでにこの空間を満たしていて、小さな変化を感じ取れないと言った方が正しい。
「もうお前に興味はねえ。かと言って他の奴を寄越すわけにもいかねえだろ」
ジタは肘掛で頬杖をついたまま、そう言って不敵に笑う。
デルバードはジタに魔法のイロハを習った。
だから、彼の性格はよく知っている。
頭脳も身体能力もデルバードの知る人間の内で圧倒的に最高で、冒険者ギルドのステータス診断では全てのステータスがA、または計測不能だ。
性格は温和、争いは好まないが、必要となれば剣を振う。
実力もカリスマも圧倒的な模範的人間であり、陶酔する者も多いトップのリーダー。
――しかしそれも、表の顔の話だが。
「狩るつもりがないなら、何をしに来た? 儂はあまり気が長くない。話を早く終わらせるためにここへ導いてやったことを忘れるなよ」
「それは感謝している。誰も死なずに辿りつけたのはアンタの心が広いおかげだ」
「いつでも排除できるからだ。まだお前たちの安全が保証されているわけじゃない」
「分かってるよ。ありがとう」
「腹の立つやつだ。今のお前はどっちだい?」
「俺は魔女狩りのジタだ。それ以外に何を望む?」
「魔法学校の学長としての顔はどうした?」
そう言われてジタがフッと鼻で笑う。
デルバードは気が気ではなかった。
魔女狩り第一位ジタの正体が学長であることを知っているのは本当にひと握りだけだ。
どうしてこの魔女がそれを知っているのか、緊張に顔が強張る。
その感情の変化で、デルバードの魔力が揺らぎ、それがマグノリアへ伝わっていることを察し、すぐに動揺を隠して落ち着かせた。
「……後ろのやつを同行させた理由はこれかい?」
「あー、まあ、そうだな。誠意とういか、俺が嘘をついていないことを証明しないといけないだろ?」
「回りくどいな。それで、本題は?」
「協力してほしい。アンタがペナルティをもうひとつ飲んでくれたら、砂の魔女を排除できる可能性が上がる」
デルバードはその提案に驚きを隠せない。
魔女狩りが魔女に協力を要請するなど、聞いたことがない。
そもそも魔女と交渉をしてはならないのは、魔女狩りの基礎知識だ。
力を借りるなど言語道断であるはずなのだ。
「断る」
「だよなあ」
ふたりの感情に変化は見られない。
今、どういう会話が行われているのか、デルバードの頭では理解が追いつかなくなってきた。
「魔女を排除したい理由をまだ聞いていないな」
「リベンジマッチだ。あの日の、な」
ふたりには共通の過去があるのだ。
伝説のマグノリアとカースの三秒間の魔法の撃ち合い。
あの時、ジタもそこにいたのだろう。
「無理だと言っていたじゃないか」
「だからけっこう準備したんだぜ? ここまで百五十年かかったんだ。でも全滅させようとは思っていない。アンタみたいなストッパーになる魔女がいないと、今後またヤバい奴が現れた時に対処が遅れるからな」
「竜を絶滅させたことを悔いているのかい?」
「まあな。でもあれはもう止めるには遅すぎた。種の存続にはある程度の数がいる。一匹生き残らせてもいずれは絶滅するしかない」
「共存は考えなかったのだろう?」
「被害の方が大きかったからな。あと文明の発展には邪魔だった」
「大義名分があれば何でもいいというわけではないぞ」
「わかっている。アンタが相手だからこうして胸襟を開いて話しているんだろ」
ジタの言葉には一切の迷いがなかった。
ここまでなら話してもいいと線引きをしているというよりは、聞かれたことには全て答えているようだった。
「お前の言葉には真実がない。聞くに耐えん」
ジタはその反応を予想していたように、表情を変えずに言った。
「さて、交渉は決裂したが、俺たちも手ぶらじゃ帰れないんだな」
「儂は戦わんぞ」
「いいさ。こっちから勝手にしかける」
一気に空気が張り詰めた。
ふたりは動かない。
ジタもその大きな剣に手をかける様子はない。
デルバードは無意識のうちに剣の柄を握って鞘から引き抜く体勢をとっていた。
己の防衛本能が瞬きすらも危険だと告げている。
不意に、魔力が僅かに波打った。
瞬きもしていなかったはずだ。
しっかりと両目はふたりを見ていたし、魔力も常に知覚していた。
しかし、次の瞬間にはジタが吹き飛んで壁に衝突していた。
「なっ、ジタさま!」
ジタは頭から出血していたが、気絶はしていないようで、すぐに起き上がった。
「大丈夫、平気だ。剣に手をかけた時には吹き飛んでた。相変わらずの化け物だ」
マグノリアは一切動いた様子がなく、元の位置に立ったままだ。
ジタは剣を握って、首をポキポキと鳴らす。
「勝てるとも思えないが、挑まないのは他の奴らに対して誠意がないしな……」
ジタは構える。
剣の周囲に風がまとわりつく。
「今度は本気で行くぞ」
マグノリアは答えない。
ジタの突風の剣技は最強で最速と言われている。
ジタが踏み込み、床の板が割れ、一瞬の内に家具を吹き飛ばしながらマグノリアへ突進をする。
そこから先は、少しだけなら、デルバードにも視えた。
マグノリアが右手を返し、人さし指で天井を指す。
床から巨木が生え、ジタが天井へ打ちつけられる。
同時に、巨木が消える。
ジタは落下に風の魔法を乗せ、さらに速度を上げて空中から剣を振り下ろす。
マグノリアの脇から一本の細い木が生えて枝を網のように伸ばし、ジタを軽々と捕まえて、床へと叩きつけた。
「……ぐっ!」
時間にすれば一秒にも満たない時間だっただろう。
デルバードは一歩も踏み出せなかった。
次元が違い過ぎる。
視えなかった部分でも、細かい魔法の応酬があったに違いない。
「背中がいてえ……。さすがに強いな!」
「今ので全身の骨が砕けていないのがおかしいがね」
「全身強化してあるからな。勝てないが、負けもしないはずだ」
「だったら帰りな。お前みたいな面白くない人間を相手にするのは御免だよ」
「俺のことをまだ人間だと言ってくれるのか?」
「儂からすれば、多少身体をいじっているくらいで人間の範疇を出ているとは思えん」
「ははは、古の魔女からすればまだ子供だましだと?」
「子供も騙せまいよ。身体の中に埋め込んだ竜の鱗もかなり増やしてあるな。それと魔女の心臓を埋め込んでいるのだろう?」
ジタの顔に初めて焦燥が浮かぶ。
それはデルバードも知らない情報だった。
「たとえ魔女の心臓を十一個埋め込んで、竜の鱗を千枚使ったとしても、お前が儂やカースに勝つことはない。生物としての素体と格が違う。そのまま不老不死の人間として大人しく学長をしているがいい」
マグノリアのそれが明らかに侮蔑の意図を含んでいることはわかる。
それを聞いたジタは、少し間を置いて笑い始めた。
「やはり、この世界で悪魔に最も近いのはお前たちか。なるほど、なるほど。俺もその高みを目指しているが、どうもまだ時間がかかりそうだ。だから、今はただアンタを利用させてもらうだけにとどめておくよ」
「利用?」
「ハルとか言ったか? やけに可愛がっているようだな」
その言葉の直後、デルバードでも分かるほど、室内の魔力が揺らいだ。
デルバードは魔力の波長を風で感じる。
立っていられないほどの突風が、その場に吹き荒れ始めた。
「――不老不死であることを後悔してみるか?」
「やっと本心を引き出せたか? 本気でやってみるかい?」
ジタが喜ぶ様子を見て、マグノリアがため息をつく。
「――いや、やってみるといい。あの娘はお前が思っているほど簡単じゃないよ。何せ、あれも特別な人間だ。儂の加護がなくともそのうちに世界に名を轟かせるようになる」
「こいつは驚いた。アンタがそこまで親バカだったとはな」
「事実を言ったまでだ」
「興味が沸いた。そっちを先につついてみよう」
「……ちなみに言っておくが」
「その娘を殺したらアンタが本気で襲ってくるんだろう? いいよ、それで。デルバード、帰るぞ。マグノリアとの交渉は決裂。俺たちは残りの全戦力を投入して砂の魔女を討伐する」
「はい。しかし、今は確か――」
「ファイか? 死んでるだろ。砂の魔女の周りになんか変なやつがいる気がするんだよな。その正体を探るための捨て駒だったからな、あいつは」
「……左様でございますか」
ファイは学長に対して信仰心を抱いていた。
だから、命の危機に面しても逃げないだろうと判断して、砂の魔女を振り分けた。
それはわかっていたが、こうもはっきり告げられると、デルバードも動揺を隠せない。
「そこの若造」
マグノリアが初めてデルバードに声をかける。
「その男はろくな人間じゃないよ。引き際は考えることだね」
「……ご忠告感謝致します。しかし、私はジタさまに恩義のある身。たとえ駒と使われようと離れるわけにはいきません」
「そうかい」
マグノリアはそれきり何も言わなかった。
屋敷を出ると、ジタは周囲にいた魔女狩りの学生たちに命令した。
「火を放て」
切株の小屋へ次々と魔法の火が放たれる。
デルバードは何もできず、ただその光景を眺めていることしかできなかった。




