魔女なんだからさ
翌日、依頼者と会うためにハルは朝早くから町で待機していた。
ここへ来て何日も経っているのに、まだテーマパークにいるような感覚が抜けず、少しうろうろするだけで時間が過ぎてしまう。
ギルド会館の開く時間になったので、向かっているとレインとばったり出くわした。
「おはよう。昨日はどうだった?」
「おはようございます。どうだった、とは?」
「マグノリアから何か探りを入れられたかなって思って」
「いいえ、何も。あなたには何も喋るなと言われました」
「ははは、嫌われてるねえ。ボクはここで待っているよ。依頼を受けた代表は君だからね」
「わかりました。では、私が代表して」
会館に入ると、昨日応対してくれた女性がこちらの顔を覚えていたのか、手招きをして個室へ案内してくれた。
そわそわと待っていると、しばらくして、腰の曲がった老婆が入ってきた。
「あっ、どうも、はじめまして」
「はじめまして。あなたが私の依頼を受けてくださった方?」
「はい。ハルと申します。どうぞ、お席へ」
「はいはい、ありがとうね」
老婆に席についてもらい、早速本題へ、とハルはあらかじめ渡されていた書類を手に取る。
「落とし物を探すということですが、どういったものなのでしょうか?」
「私の杖でね。白い杖なんだけど、どこかに置き忘れてしまって……」
「町の中ですか?」
「町から出ていないから、町の中にあるはずなんだけどねえ」
「わかりました。ではあとは、無くなった時期と、ご住所と、よく行く場所などをお聞きしたいのですが」
ハルは地図を広げて老婆に説明を受ける。
そこから目星をつけて探して回ることに決めて、老婆に一礼する。
「では、早速探しにいって参ります」
「見つからなくても、気を落とさないでね」
「いいえ、絶対見つけますから。ご安心を!」
ハルはそう言って、会館をあとにした。
外で待っていたレインが、退屈そうに背伸びをする。
「どうだった?」
「紛失したのも一週間以内の話なので、見つけられるかと」
「そうなんだ。君、こういうの得意?」
「得意というか、似たことをやったことがあるというか。とりあえず、歩きまわってみましょう」
そもそも町に何があるのか、ハルは知らない。
知らない土地で落とし物を探すのは難しい。
とにかく景色を見慣れるまで、歩いて覚えるしかない。
地図を見ながら決めたルートを歩く。
この町は、ハルからしてみると日本とは少し違う風景で、ヨーロッパ風で少し古い街並みをしていた。
灰色の石造りの建物が続き、たまに公園のような美しい花畑や噴水がある。
看板が出ているところはお店なのだろう。
一時間ほど黙々と歩いて、途中にあったベンチに座って休憩をすることにした。
ハルはまだ疲れていなかったが、レインが息を切らせながら歩いていたからだ。
「大丈夫ですか?」
「ごめん。足を引っ張っちゃって……」
「いいえ、私もひとりじゃ心細かったのでありがたいです」
「……君は優しいね」
レインは落ち込んだように俯いてフードで顔を隠した。
「探し物は目が多い方が有利ですし、本当に助かっていますよ」
「ボクが魔法を使えたらすぐに見つけられるんだけど、町の中じゃ魔法が使えないんだ」
「えっ、私は昨日使えましたよ?」
「ごめん、言い間違えた。大きな魔法が使えないんだ。少し雨を降らせるくらいならできるけど、それじゃどうしようもないよね」
大きな魔法と言われてもぴんと来ないが、魔法の規模で制限がかかるのだろうか。
「もしかして、普段は魔法で身体を強くしているんですか?」
「そうだよ、よくわかったね。こんな有様じゃ生活できないからね。でも頼りきるとやっぱり身体機能は落ちるし、見ての通り、魔法無しじゃ長時間歩くこともできないようになってる。予想以上だ」
「予想?」
レインは首を振る。
「いや、こっちの話。もう大丈夫。足がちぎれても歩くよ」
「そんな、ちぎれるほど頑張らないでください」
「じゃあ、もげるまで」
「一緒ですよ!」
ふたりは探索を再開し、やがてお昼になって、大通りにあるパン屋さんでひとつずつパンを買う。
来た道を戻りながら食べて、お昼過ぎからは聞きこみも始めた。
町内にギルド会館があるからか、町の人たちは冒険者に優しく、快く答えてくれた。
しかし、手がかりは見つからず、その日はもう夕暮れとなり、ハルはまた帰路につくこととなった。
「誰か持っていっちゃったのかもしれませんね」
町から出ながら、ハルはぼそっと呟く。
盗人がいるとまでは言わないが、誰かがすぐに拾って帰っていたら、現場には目撃者さえいないだろう。
「そんなに綺麗な杖なの? 宝石がついてるとか」
「いえ、木製で装飾のない白い杖だと聞きました」
「だったら、もう買い替えたらいいんじゃない?」
レインは不思議そうに言う。
依頼の報酬を考えると、もう一本新しいものも買えるだろう。
しかし、大切にしていたものを無くして、それを探したいという気持ちは、普通は当然あるものなのだ。
「いえいえ、使い続けた道具には愛着がわきますから。同じ杖を買ってもそれは同じものではないんですよ」
「そういうものかい?」
「そういうものです。だから、私は諦めませんよ。確実に無くなったことがわかるまでは探します」
ハルからしてみると当たり前のことだったが、レインとは考え方が違うようだ。
彼女はまだ少し納得していない様子で、顔をしかめている。
「……君は本当に、マグノリアに似ている。たぶん彼女もそう言う」
「そう、ですか?」
「うん、君がマグノリアの盾になったのは運命だったのかもしれないね。だから、ボクはそれが我慢ならない」
「え?」
「ボクには盾がいないのに、マグノリアだけいるのは不公平じゃないかい?」
何か雰囲気がおかしい。
レインは真っ直ぐにこちらを見ているが、その目はどこか遠くを見ているようだ。
「どうされたんですか?」
ハルの問いにレインは答えなかった。
目を伏せ、少し自嘲気味に笑ったあと、彼女は面を上げる。
「ごめん、ボクはもうこの仕事降りるよ」
「まだ一日目ですよ?」
「うん。もういいんだ。知りたいことはわかったし、だからもういい」
「知りたいこととは?」
「何でも教えてもらえると思わないことだね。――ボクは魔女なんだからさ」
レインは踵を返して町の方へと歩いていく。
そういうものなのだろうか、とハルは疑問に思いながらも、彼女を引き止められるだけの理由も思いつかず、ただその背中を見送るしかなかった。
町の上には、暗くてもわかるほど濃い色の雲がかかり始めていた。
マグノリアの家へ帰ると、入り口で細かい木の葉をかけられた。
「うわっ、何をするんですか!?」
「除菌と消臭。今日は一段と臭い」
「それは、一日中歩きまわっていたら少しは……」
「違う。あいつの臭いだ。あれだけ言ったのに、また会ったね」
マグノリアは少し怒ったような口調で言う。
レインに気をつけろとは言っていたが、会うなとは言っていなかった気がする。
「……ごめんなさい」
「起こってしまったことはどうにもならない。明日は今日よりも注意することだね」
「それなら大丈夫ですよ。レインさんはもう仕事から降りるって言っていましたから」
「なぜだ?」
「知りたいことがわかったから、とか」
「ふうん。知りたいことねえ」
マグノリアはハルの全身を見るように、頭を動かす。
「花は外さなかったろうね」
「はい。ずっと胸のポケットに入れてますよ」
マグノリアにもらったアマリリスはまだしおれておらず、元気に花弁を開いている。
「レインはお前がそれを外すのを待っていたのさ。上着を脱いだりとか、転んで落としたりとか、そういう行動を起こすのを」
「これって何なんですか? 私、何も聞いていないのですが」
「外してみな」
言われて花を手にとると、ぽんと弾けて消えた。
「へ?」
「それはマーキングだよ。儂がお前の位置を把握するのに使う。だから、それがあるとお前を襲えない」
マグノリアはまた新たなアマリリスの花をハルに手渡す。
「明日はどんな手を使ってでもそれを外させようとするだろう。だから、気をつけるように」
「もし外したらどうなるんですか?」
「最高の悪夢が見られるだろうね」
「レインさんがそんなことをするとは思えないのですが……」
「信じるか信じないかはお前の勝手だよ。でも、儂らは魔女だ。魔女は嘘をつく生き物だ。儂の盾になった人間が愚かな死に様を晒して、儂の記憶に恥の滲みとして残られるのは嫌だからねえ」
「うう、気をつけます」
――――記憶に恥の滲みとして残る。
不意に有栖川のことを思い出す。
あのあとどうなったのだろう。
あの子は助かったのだろうか。
犯人は捕まったのだろうか。
有栖川は、ハルのことを心配しているだろうか。
それとももう、葬式まで済んでしまったのだろうか。
もどかしいが、ここからでは知ることができない。
そもそも戻れるかもわからない。
(――いや、来られたんだから戻れないわけがない)
ハルは無意識にもう戻れないと思っていた。
でも、まだ戻れないと決まったわけじゃない。
戻れないことが分かるまでは、戻る方法を探す。
ずっとそうやって生きてきた。
できないことはできるまでやればいい。
だから、ハルは今も生きていられる。
この世界でも同じことをやっていこう。
マグノリアの作ったスープをいただきながら、ハルは決心を強く固めた。




