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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第一章 まだらの空
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魔女なんだからさ

翌日、依頼者と会うためにハルは朝早くから町で待機していた。

ここへ来て何日も経っているのに、まだテーマパークにいるような感覚が抜けず、少しうろうろするだけで時間が過ぎてしまう。


ギルド会館の開く時間になったので、向かっているとレインとばったり出くわした。


「おはよう。昨日はどうだった?」

「おはようございます。どうだった、とは?」

「マグノリアから何か探りを入れられたかなって思って」

「いいえ、何も。あなたには何も喋るなと言われました」

「ははは、嫌われてるねえ。ボクはここで待っているよ。依頼を受けた代表は君だからね」

「わかりました。では、私が代表して」


会館に入ると、昨日応対してくれた女性がこちらの顔を覚えていたのか、手招きをして個室へ案内してくれた。

そわそわと待っていると、しばらくして、腰の曲がった老婆が入ってきた。


「あっ、どうも、はじめまして」

「はじめまして。あなたが私の依頼を受けてくださった方?」

「はい。ハルと申します。どうぞ、お席へ」

「はいはい、ありがとうね」


老婆に席についてもらい、早速本題へ、とハルはあらかじめ渡されていた書類を手に取る。


「落とし物を探すということですが、どういったものなのでしょうか?」

「私の杖でね。白い杖なんだけど、どこかに置き忘れてしまって……」

「町の中ですか?」

「町から出ていないから、町の中にあるはずなんだけどねえ」

「わかりました。ではあとは、無くなった時期と、ご住所と、よく行く場所などをお聞きしたいのですが」


ハルは地図を広げて老婆に説明を受ける。

そこから目星をつけて探して回ることに決めて、老婆に一礼する。


「では、早速探しにいって参ります」

「見つからなくても、気を落とさないでね」

「いいえ、絶対見つけますから。ご安心を!」


ハルはそう言って、会館をあとにした。

外で待っていたレインが、退屈そうに背伸びをする。


「どうだった?」

「紛失したのも一週間以内の話なので、見つけられるかと」

「そうなんだ。君、こういうの得意?」

「得意というか、似たことをやったことがあるというか。とりあえず、歩きまわってみましょう」


そもそも町に何があるのか、ハルは知らない。

知らない土地で落とし物を探すのは難しい。

とにかく景色を見慣れるまで、歩いて覚えるしかない。


地図を見ながら決めたルートを歩く。

この町は、ハルからしてみると日本とは少し違う風景で、ヨーロッパ風で少し古い街並みをしていた。

灰色の石造りの建物が続き、たまに公園のような美しい花畑や噴水がある。

看板が出ているところはお店なのだろう。


一時間ほど黙々と歩いて、途中にあったベンチに座って休憩をすることにした。

ハルはまだ疲れていなかったが、レインが息を切らせながら歩いていたからだ。


「大丈夫ですか?」

「ごめん。足を引っ張っちゃって……」

「いいえ、私もひとりじゃ心細かったのでありがたいです」

「……君は優しいね」


レインは落ち込んだように俯いてフードで顔を隠した。


「探し物は目が多い方が有利ですし、本当に助かっていますよ」

「ボクが魔法を使えたらすぐに見つけられるんだけど、町の中じゃ魔法が使えないんだ」

「えっ、私は昨日使えましたよ?」

「ごめん、言い間違えた。大きな魔法が使えないんだ。少し雨を降らせるくらいならできるけど、それじゃどうしようもないよね」


大きな魔法と言われてもぴんと来ないが、魔法の規模で制限がかかるのだろうか。


「もしかして、普段は魔法で身体を強くしているんですか?」

「そうだよ、よくわかったね。こんな有様じゃ生活できないからね。でも頼りきるとやっぱり身体機能は落ちるし、見ての通り、魔法無しじゃ長時間歩くこともできないようになってる。予想以上だ」

「予想?」


レインは首を振る。


「いや、こっちの話。もう大丈夫。足がちぎれても歩くよ」

「そんな、ちぎれるほど頑張らないでください」

「じゃあ、もげるまで」

「一緒ですよ!」


ふたりは探索を再開し、やがてお昼になって、大通りにあるパン屋さんでひとつずつパンを買う。

来た道を戻りながら食べて、お昼過ぎからは聞きこみも始めた。

町内にギルド会館があるからか、町の人たちは冒険者に優しく、快く答えてくれた。


しかし、手がかりは見つからず、その日はもう夕暮れとなり、ハルはまた帰路につくこととなった。


「誰か持っていっちゃったのかもしれませんね」


町から出ながら、ハルはぼそっと呟く。

盗人がいるとまでは言わないが、誰かがすぐに拾って帰っていたら、現場には目撃者さえいないだろう。


「そんなに綺麗な杖なの? 宝石がついてるとか」

「いえ、木製で装飾のない白い杖だと聞きました」

「だったら、もう買い替えたらいいんじゃない?」


レインは不思議そうに言う。

依頼の報酬を考えると、もう一本新しいものも買えるだろう。

しかし、大切にしていたものを無くして、それを探したいという気持ちは、普通は当然あるものなのだ。


「いえいえ、使い続けた道具には愛着がわきますから。同じ杖を買ってもそれは同じものではないんですよ」

「そういうものかい?」

「そういうものです。だから、私は諦めませんよ。確実に無くなったことがわかるまでは探します」


ハルからしてみると当たり前のことだったが、レインとは考え方が違うようだ。

彼女はまだ少し納得していない様子で、顔をしかめている。


「……君は本当に、マグノリアに似ている。たぶん彼女もそう言う」

「そう、ですか?」

「うん、君がマグノリアの盾になったのは運命だったのかもしれないね。だから、ボクはそれが我慢ならない」

「え?」

「ボクには盾がいないのに、マグノリアだけいるのは不公平じゃないかい?」


何か雰囲気がおかしい。

レインは真っ直ぐにこちらを見ているが、その目はどこか遠くを見ているようだ。


「どうされたんですか?」


ハルの問いにレインは答えなかった。

目を伏せ、少し自嘲気味に笑ったあと、彼女は面を上げる。


「ごめん、ボクはもうこの仕事降りるよ」

「まだ一日目ですよ?」

「うん。もういいんだ。知りたいことはわかったし、だからもういい」

「知りたいこととは?」

「何でも教えてもらえると思わないことだね。――ボクは魔女なんだからさ」


レインは踵を返して町の方へと歩いていく。

そういうものなのだろうか、とハルは疑問に思いながらも、彼女を引き止められるだけの理由も思いつかず、ただその背中を見送るしかなかった。

町の上には、暗くてもわかるほど濃い色の雲がかかり始めていた。


マグノリアの家へ帰ると、入り口で細かい木の葉をかけられた。


「うわっ、何をするんですか!?」

「除菌と消臭。今日は一段と臭い」

「それは、一日中歩きまわっていたら少しは……」

「違う。あいつの臭いだ。あれだけ言ったのに、また会ったね」


マグノリアは少し怒ったような口調で言う。

レインに気をつけろとは言っていたが、会うなとは言っていなかった気がする。


「……ごめんなさい」

「起こってしまったことはどうにもならない。明日は今日よりも注意することだね」

「それなら大丈夫ですよ。レインさんはもう仕事から降りるって言っていましたから」

「なぜだ?」

「知りたいことがわかったから、とか」

「ふうん。知りたいことねえ」


マグノリアはハルの全身を見るように、頭を動かす。


「花は外さなかったろうね」

「はい。ずっと胸のポケットに入れてますよ」


マグノリアにもらったアマリリスはまだしおれておらず、元気に花弁を開いている。


「レインはお前がそれを外すのを待っていたのさ。上着を脱いだりとか、転んで落としたりとか、そういう行動を起こすのを」

「これって何なんですか? 私、何も聞いていないのですが」

「外してみな」


言われて花を手にとると、ぽんと弾けて消えた。


「へ?」

「それはマーキングだよ。儂がお前の位置を把握するのに使う。だから、それがあるとお前を襲えない」


マグノリアはまた新たなアマリリスの花をハルに手渡す。


「明日はどんな手を使ってでもそれを外させようとするだろう。だから、気をつけるように」

「もし外したらどうなるんですか?」

「最高の悪夢が見られるだろうね」

「レインさんがそんなことをするとは思えないのですが……」

「信じるか信じないかはお前の勝手だよ。でも、儂らは魔女だ。魔女は嘘をつく生き物だ。儂の盾になった人間が愚かな死に様を晒して、儂の記憶に恥の滲みとして残られるのは嫌だからねえ」

「うう、気をつけます」


――――記憶に恥の滲みとして残る。


不意に有栖川のことを思い出す。

あのあとどうなったのだろう。

あの子は助かったのだろうか。

犯人は捕まったのだろうか。

有栖川は、ハルのことを心配しているだろうか。

それとももう、葬式まで済んでしまったのだろうか。


もどかしいが、ここからでは知ることができない。

そもそも戻れるかもわからない。


(――いや、来られたんだから戻れないわけがない)


ハルは無意識にもう戻れないと思っていた。

でも、まだ戻れないと決まったわけじゃない。

戻れないことが分かるまでは、戻る方法を探す。


ずっとそうやって生きてきた。

できないことはできるまでやればいい。

だから、ハルは今も生きていられる。


この世界でも同じことをやっていこう。

マグノリアの作ったスープをいただきながら、ハルは決心を強く固めた。



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