余計なことを
「星の魔女、スピカ……!」
夜空に浮かぶ人影に、禍々しい魔力を感じたイヴに緊張が走る。
彼女は身体の数か所から血が垂れているようで、少しふらついている。
あの怪我ではもう助からない。
星の魔女討伐を任されていたアルファは相打ちになったと見るのが妥当だろう。
「あの娘に託された……。最後の、願い……」
何か言っているのと同時に、急速な魔力の高まりを感じる。
イヴはハルとグレゴリに叫んだ。
「ふたりとも! この学校の生徒を逃がしなさい! 誰かに魔女が来たと伝えればすぐに避難を始められる準備がしてあります!」
「でも――」
「まずはここにいる人たちの無事です!」
まごつくハルに怒鳴る。
グレゴリが腕を引くと、ハルも校舎の方へ向かって走り始めた。
彼女はきっと、武器のない今のイヴでは魔女に敵わないと思って立ち止まろうとしたのだろう。
魔女を相手に魔女殺しの武器を使わなくて済むなら、そもそもそんなものを発明することもなかった。
スピカから放たれたのは、煌めく光の粒だった。
ゆっくりと、粉雪のように降り注ぐ。
イヴは自身の近くに落ちてきたそれを仕込み杖で切り伏せた。
周囲に生えている芝や木が枯れていく。
拳ほどの大きさの魔力の塊に、死の概念が詰まっている。
触れたらろくなことにはならないだろう。
「魔女狩り……。あの娘の、仲間……」
スピカは失血死寸前の身体を魔力で無理矢理動かしている様子だった。
脳にまできちんと血が通っておらず、認識力が弱いのだろう。
魔法を切ったイヴに対する反応がまるでなかった。
まずはこちらに注意を引かなくては、学校の者を逃せない。
「星の魔女スピカ! 私は魔女狩りのカイです! 相手になるからおりてきなさい!」
イヴがそう言葉を投げかけると、スピカの魔力が大きく揺らいだ。
わからないことも多いが、確実なことはアルファは致命傷は与えられたということだ。
魔女狩りから治癒できない手痛い傷をもらったのだから、恨んでいるに違いない。
イヴの考えでは怒りから来る攻撃だと思ったが、スピカの行動はまるで違った。
ふわっとイヴの近くへと舞い降りる。
敵意も攻撃的な魔力もない。
イヴは間合いに入った瞬間に仕込み杖を抜刀し、神速の居合術で切り飛ばすつもりだった。
「――あの娘は、泣いていた」
「……何です?」
「アルファちゃんは、身体をいじられた。かわいそうだった。スピカは助ける。魔女狩りは、かわいそう。だから、あなたも、助ける」
「私を助ける? 魔女に助けを乞うほど困ってございませんが」
「その目、魔女狩りに、やられたのね。隣の世界から、治してあげる」
「支離滅裂なことを……」
スピカがゆっくりと両手を組んで拳を作った。
そこまではイヴにも感覚的にわかっていたが、そのあと、魔力の反応がなかったにも関わらず、世界の何かが変わったのを感じた。
すると、イヴは自分の眼に違和感を覚えた。
まるで血があふれ出るように、両目が熱い。
袖で拭っても、熱は止まらない。
「何をしたのでございますか!?」
「目を開いて。スピカを見て」
「え……」
頭がおかしくなりそうだった。
両目から入ってきた情報の量は、イヴの処理能力を遙かに超えていて、それは要するに、両目が見えるようになっていることを指していた。
「どうして、こんなことを!」
「あなたの願いだったから……」
「私はこんなことを望んでいない!」
イヴは動揺していた。
望んだことがないわけではない。
だが、少なくとも、今ではない。
「私はもっと、たくさんの人間さんを、助ける。喜んでもらえて、うれしい」
これが喜んでいるように見えるのか、と返しかけてやめた。
彼女は魔女だ。
会話をすることでこちらの感情を揺さぶろうとしている。
深く呼吸をして気持ちを落ち着かせ、イヴは静かに目を閉じた。
閉じても、まぶたの裏が見える。
光を消す手段はなく、見えなかった頃には戻れない。
どうにもままならないものだ。
「まったく余計なことを……!」
剣を抜くと、迷いなく切っ先で両目を潰した。
心地よい暗闇が世界を覆い、両目がまた、熱く燃える。
「な、何をしているの? せっかく、見えるように、なったのに」
「不要でございます。はるか昔にあなたと出会っていれば揺らいだかもしれませんが」
魔女の魔法は代償を必要とする。
この両目を受け取ると、代わりに何を取られるかわからない。
だからこれは星の魔女による攻撃だとイヴは解釈していた。
決して救済のために願いを叶えたわけではない。
スピカはすでに間合いに入っている。
まずは左腕を切り飛ばした。
防御の魔法を使った様子はない。
吹き飛んだ左腕は地面へ転がることなく、空中で不気味に止まり、元の位置へと戻っていく。
「スピカを剣で殺すのは無理だよ。死にたくないって思えば、死なないから」
「そのようでございますね。しかし、私の目的は達成されました」
遠くから、ひと粒の巨大な種が飛んできて、空中で割れてハルとグレゴリが降りてきた。
「避難は完了した。避難先を事前に周知させていたのは賢明だったな」
「校舎の中の見回りも完了しました! イヴさん怪我したんですか!?」
「この目は自分でやったものです。ふたりとも、感謝します。あとは、彼女を止めるだけでございます」
一番難しいことだが、後ろを気にせず戦えるのはありがたい。
「スピカはこちらの心を読んでくるようです。足元をすくわれぬよう注意を」
イヴの忠告に、ふたりの魔力の波が安定するのを感じて驚きの後に僅かに笑みを浮かべる。
心配はいらないようだ。




