自覚してます
「長い階段ですね」
ハルが呟いても、アルヴィンは返事をしなかった。
魔法学校の地下に伸びる階段は、図書館の扉の隣にあった。
何の変哲もない石の壁に隠された階段で、灯りもなく妙に埃っぽい。
感覚としては既に地下五階くらいにいると思うのだが、まだ階段が終わる気配はない。
「魔法がないとここへは入れないんですか?」
「……あのな、お前もうちょっと静かにできないのか?」
「すみません……」
ハルがしおらしくすると、アルヴィンがため息をついた。
「学校のどこでもこの階段は出現させられる。壁に流れる魔力を読み取れる人間だけに見つけられる隠し階段だ」
「すごい。まるでファンタジーですね」
アルヴィンの表情は見えないが、きっと眉をひそめていることだろう。
「……構造上、どうしても長い距離を歩く必要がある。今下に向かっていると思っていても、実際には横に進んでいたり、のぼったりもしている。学校のどこに工房があるのか隠すために、階段の向きが常に一定なんだ」
「それで方向感覚が狂っているんですね」
地図も読めるし、空間把握は得意な方だったが、こうも真っ暗闇で同じ方向に進んでいるとさすがに自分が今どこにいるのかわからなくなる。
「ちなみに、今ってどこなんですか?」
「言うと思うか? 知ってどうする?」
「いざという時に逃げる準備は必要じゃないですか」
「いざという時になったら逃げる暇もなく俺が始末してやるよ」
「物騒なこと言わないでくださいよ」
「邪魔しなけりゃ大丈夫だ」
「忘れてるかもしれませんけど、私、アルヴィンさんに殺されかけてるんですよ?」
「嫌なら帰れよ」
そう言われたらその通りだし、無理矢理ついてきているのだから強く出られない。
「あの、一応言っておきますけど信用してますからね?」
「そりゃどうも」
素気ない返事だけでそのあとは再び沈黙に包まれた。
ようやく階段が終わり、一枚の鋼鉄の扉が現れる。
「重そうな扉ですね……。ふんっ!」
開こうとすると、ドアノブが見当たらなかった。
ならばと扉を肩で押しても全く動かない。
「お前、入った時のこともう忘れてるだろ」
アルヴィンが扉に手の平を押し当てると、その周囲の石壁ごと上へ向かって開いた。
「つか、魔力の操作まだできねえのかよ」
「どうやるんですか?」
「まず空気中に魔力の波が見えるだろ?」
「わかりません」
「才能ないな。諦めろ」
ハルの目の前に現れたのは、大きな窯の中のような、天井や壁がレンガで作られた異様な部屋だった。
奥で背丈よりも大きな炎が燃えているのに、不思議と熱くない。
炎の前に屈んでいる男がいた。
年は五十くらいだろうか、顔に刻まれた深いシワがその表情の険しさを引き立たせる。
「……誰だ」
男はハルに向かって金槌を向けて言った。
「あっ、すみません。こんにちは。私はハルです」
「お前には聞いていない。アルヴィン、ここへは誰も連れてこない約束だったはずだ」
「そう攻めるな、ヘルメス。成り行きでな。こいつはバカだが悪いやつじゃない」
「バカは嫌いだ。出ていけ」
アルヴィンがハルの方に目配せをする。
自分でどうにかしろということだろう。
「えっと、ヘルメスさん。ここは工房なんですか?」
「工房という呼び方は好きじゃない」
「ではなんと呼べば……」
「ここは研究室だ。おい、このバカを外に放りだせ」
「ご自分でどうぞ」
ヘルメスが舌打ちをする。
アルヴィンはどちらにも協力しない姿勢を崩す気はないようだ。
「研究室ってことは、ヘルメスさんは博士なんですか?」
「俺は錬金術師だ。博士などという俗称で呼ぶな」
「れんきんじゅつ……?」
聞きなれない言葉に、ハルがオウム返しをすると、ヘルメスが呆れた顔で言う。
「……科学だ」
「ああ、科学の術なんですか! なるほど!」
「この話が通じない小娘は何だ? この無知ぶりは学生でもないだろ?」
「失礼な。一応、本物の学生ですよ」
「お前のようなバカが学生になれる世界とはな。外は人間が絶滅寸前にまで追い込まれているのか?」
全く取り付く島もない態度に、ハルは困ってアルヴィンに目で訴える。
「……魔法学校に住んでいる錬金術師のヘルメスだ。この人が魔女殺しの武器を作っている」
「ここで、ですか?」
「ああ、そうだ。今は送り出した魔女狩りたちの結果待ちってとこだな」
「結果って、魔女を殺せるかどうかっていう……」
「そういうことだ。まあ、お前のせいで火の魔女討伐は完全に失敗したわけだが」
それを聞いて、ヘルメスが立ち上がり、ハルの方へ歩み寄る。
「貴様が俺の武器を壊したのか!?」
「え、え、すみません! 危なかったので壊しました」
「なんてことだ。こんな小娘に、俺の武器を……」
「あの、でも、普通の剣とは違いましたよ。魔法を完全に防いでいましたから、魔女だけが相手なら間違いなく倒せていたと思います」
「魔女だけが相手じゃなかったっていうのか?」
「たまたま、私がそこにいたので……」
ヘルメスはふんと鼻を鳴らす。
「お前のようなのが俺の剣をへし折ったとは思えんが、カイからの報告だと確かにそうらしいからな。ただでさえ化け物のあいつの剣を壊せるのは、世界で数人もいないだろう」
「そんなそんな」
「褒めていない。腹が立つ。そんなことより、お前はなぜ魔女に味方した。邪魔をしなければ火の魔女は今頃心臓を繰り抜かれていたはずだ」
「だって、そんな物騒なこと目の前でされたら、嫌じゃないですか」
「……お前のような勘違い野郎はたまにいる。生きていてはいけない奴らがいることを認めない奴らだ。反吐が出る」
「ヘルメスさんは魔女が嫌いなんですか?」
「魔女が嫌いなわけじゃない。だが、お前みたいなどっちつかずの奴が嫌いなだけだ」
そう言われると返す言葉もない。
実際、魔女の味方でもあるし、人間の味方でもある。
「私は、自分の派閥を決めたくないだけです」
「だったら、俺をこの場で殺してみろ。魔女と人間の争いは簡単に終わるぞ。武器が無ければ人間は魔女には絶対に敵わない。今までがそうだったように、あいつらの気まぐれでじわじわと殺されていくだけだ」
「それは、否定できませんけど……」
「頼みの綱の冒険者も魔物は倒せても魔女には手も足も出ない。嘆かわしいことだ。魔力の研究を突き詰めても、魔女が指先ひとつで起こす事象に追随することができん」
ヘルメスの愚痴は続く。
アルヴィンは聞きなれているようで、すでに無視して、机に向かって何か自分の仕事を始めている様子だった。
「お前は何をしにここへ来た?」
「え、あ、はい! あの、魔女殺しの武器について聞きたくて」
「お前も魔女を殺したいのか」
「殺したいというか、止めたいって言った方がいいかもしれません」
「同じことだ。止めるには殺すしかない」
「でも、話の分かる人もいます」
「魔女と親しいのか?」
「あ、えっと、それは……」
ヘルメスがハルに興味を持ったようで、ずいっと体を乗り出す。
「教えろ。お前の知っている魔女の全てを」
「そんなに多くのことは知りませんよ。それに、私が止めたいのは砂の魔女さんだけです」
「砂の魔女は無理だ。あれを殺すことはできん」
「だから、殺さないって」
「止めるという行為は殺すことの先にある。相手を生かしたまま意思を縛るわけだからな。お前の実力はよくわかる。あのカイを制したのだからな。だが、それでも砂の魔女はどうにもならん」
「やってみないとわからないじゃないですか」
「今、そのやってみることの最中だ。ファイが俺の作った最高の魔女殺しの杖を持って行ったが、魔女に魔法が届くことはないだろう」
「わかっていて行かせたんですか?」
「本人の希望だ。俺が決めることではない。それに、砂の魔女は大勢の恨みを買っている。殺せるチャンスがあるなら、誰でもそう考える」
「ヘルメスさんも、そうなんですか?」
「仕事と感情は別だ。若いころは魔女の研究に没頭したこともあったが、今はもう必要ない」
「全部分かったってことですか」
「研究に終わりなどない。だが、これ以上調べることで人間が軽率に魔女の力を手に入れられるようになるのは防がなくてはならない。お前も魔女に詳しいならわかるだろう。あの力は死のルールに縛られていなければ、簡単に世界が終わる」
「魔女の力の手に入れ方、知ってるんですね」
「……何?」
ヘルメスの顔が険しくなる。
「だって普通、誰でもなれるなんて思わないじゃないですか。あんなにすごい魔法を使える人を同じ人間だと思う方が無理があります。魔女の出自を知り、その過程も知ったのなら、辻褄が合います。ヘルメスさんは全てを知ってしまった。その方法がたぶん、誰でも可能だったんじゃないですか?」
「……お前のことをバカだと思ったが、どうやらただのバカじゃないらしいな」
「ありがとうございます。ああ、でも、私は魔女になりたいわけではないので、そこは大丈夫ですからね」
「いや、お前のようなのがなった方が幸せかもしれないな。もしも今の魔女に空席があるのなら、わけのわからんやつに座らせるわけにはいかない」
「空席って、雨の魔女さんの席ですか。確かに、今は空いているはずですね」
「――詳しすぎるな。お前、ひょっとして魔女の盾か」
「はい。私は花の魔女の盾です」
特別隠しているわけではないため、今は正直に話すことにした。
ヘルメスは目を丸くしていたが、咳払いをして、話を続けた。
「仮に、それが本当だとしたら、お前が砂の魔女を狙っているのは当然か。花の魔女と砂の魔女は犬猿の仲だ。殺したくて仕方がない――――」
「マグノリアさんはそんなこと言いません!」
自分でも驚くほど感情的な大声が出た。
心臓がばくばくと波打っている。
落ち着かせるために深呼吸をして、会話を続ける。
「……すみません。昔のことはわかりませんが、少なくとも、今のマグノリアさんにその気はないように思います。そもそも、マグノリアさんに勝てなかったものに私が敵うはずないので」
「どうだか。魔女は嘘をつくことくらい、お前もよく知っているだろう。嘘ってのは、隠すことだ。本心はお前にも見せていないのかもしれないな」
「それは、少し寂しいです」
「……お前は魔女にはなれないな。バカ正直すぎる」
「そうですかね。私だって隠し事のひとつやふたつ……」
「その次元の話なら、やっぱりお前に魔女の才能はない」
ヘルメスは手元にあった古びたノートをハルに放った。
「俺の知っている魔女殺しの仕組みだ。お前に理解できるとは思えないが、読むだけならいいだろ」
「え、いいんですか?」
「読んでもどうにもならん。アルヴィン! 俺はしばらく外の空気を吸ってくる。こいつがおかしなことをしないよう見張っておけ」
「今日は魔女相手の防具を考えるんじゃなかったのか?」
「こんなやつがいて考えがまとまるわけがないだろ!」
そう言って、ヘルメスは階段へと消えた。
「気難しい人ですね」
「いや、正直だっただろ。それより、それだ」
アルヴィンに促され、ハルは表紙をめくる。
手書きの文章で読みにくいが、たしかに魔女の魔力に関することと、執行者に関することが書いてある。
細かな内容は難しすぎてハルにはまだよく理解できなかったが、読み進めていくうちに、魔女殺しの武器は執行者のものとは完全に別物であることがわかった。
「――これって、もうほとんどオリジナルってことじゃないですか?」
「そうだな。きっかけは執行者の絶対的な武器だが、魔力の流れの仕組みを調べていくうちに人間は独自の製法で魔女に対抗する手段を編み出した。だから、あと百年もすれば、魔女の魔法を完全に無効化する鎧とかも出て来るだろ。そしたら、完全に力関係が変わるだろうな」
「そうですか……」
「残念か?」
「いえ、魔女だって、魔女の特権がなければなる人もいないでしょうから、その時にはきっと魔女は存在しなくなっているでしょうし、特別心配はしていません。ですが、その力で他の種族や生き物を脅すようなことは、その、あまり……」
「そっちの方が心配しても仕方のないことだろ。記録に残っている限り、人間がこの世界の頂点だったことはない。オークやドラゴン、魔女。そもそも生物的な強度が違う奴らがうようよしていた。だから人間に世界を統治するような知識も経験もない。世界が滅茶苦茶になるだろうな」
「そうですよね。それが、私は心配です。どうしようもないことなのでしょうけど……」
「そんな先のことより今のことを考えろ。お前はここに何をしに来たのか忘れたのか?」
――そうだ。
未来のことを憂う前に、まずは目の前のことからだ。
「砂の魔女さんに対抗するために、ヘルメスさんは杖を作ったってことであってますか?」
「ああ。魔女ごとに対抗手段は違うからな」
「なぜ、杖だったのでしょうか」
「そりゃ、触れられないからだ。砂の魔女に触れたものは全部砂に変えられちまう」
茶会の時、一瞬にして皆の魔法を砂に変えたことを思い出す。
「もしかして、もしかしてなんですけど、砂の魔女さんは、敵意のあるものだけを自動的に砂に変えているんじゃないんですか?」
「お前の言いたいことはわかる。あいつ自身に悪意はないんじゃないかってことだろ? でも実際のところ、いくつもの町が消されている。悪意のあるなしは関係ない。災害なんだよ。かつていたドラゴンと同じだ」
意思を持たない災害のようなもの。
概ね、他の人たちから見てもそうなのだろう。
しかし実際に目の前で砂の魔女を見たハルの印象は少し違った。
少なくとも、全く話が通じないとは思えなかったのだ。
「ドラゴンと戦った時も、こうやって少しずつ情報を集めて武器を整えていったのでしょうか」
「らしいな。ヘルメスはその時からここにいる。あいつは魔法学校の技術の塊だ。肉体の内部を魔力エンジンで稼働させているから、加齢で死ぬことはない」
「不老不死なんですか」
「不死じゃねえ。新陳代謝がとてつもないだけだ。死ぬ時は死ぬ。まあ、学校がさせないだろうが」
「ものすごい回復魔法とかがあるんですか?」
「まあ、そんなところだ。それよりまた話が脱線してるぞ。お前は砂の魔女と戦うんだろ?」
「そうですけど、これを読んだところで私にはどうすることもできなさそうです。杖だって、マグノリアさんにもらったものがありますし、ヘルメスさんしか作れる人がいないのなら、無理を言うわけには……」
「自分で作るつもりだったのかよ」
「できれば、ですよ。あと、仕組みを知りたかっただけです。でもこの説明を読む限りだと、私は魔力の波が見えないので、武器をもらっても使いこなせませんね」
残念に思いながら、ハルはヘルメスの本を椅子の上に置く。
それを見て、アルヴィンが首を傾げた。
「は? なんでだよ」
「だって、私魔力関係が全然ダメなんですよ?」
「お前今自分がどこにいるのか忘れてるのかよ」
ここは魔法学校だ。
魔法や魔力のことを勉強する場所。
ハルの目に光が宿るのを見たのか、アルヴィンはいつもの意地の悪そうな顔で言う。
「学生だろ? 習えよ」
「いや、でも、ちょっと待ってください。私部外者ですよ? いきなり勉強なんてできるんですか?
「あのな、人に物を教えるやつってのは何より向上心のあるやつが好きなんだよ。正規の学生じゃないけど学問を教えてくださいって言われて悪い気はしねえだろうよ」
「でも、それだとこの学校の意味って……」
「学校に入学するってのは、金を払って教えてもらうことを確約してもらうことだ。お前が自分の力で勉強を習いたいって思って、いい教授を見つけられて、そのうえで見捨てられないように優秀な結果を出せるなら、学校なんて機関を通す必要ねえんだよ」
「いや、いやいやいやいや! 理屈はわかりますけど、めちゃくちゃなこと言ってますよ!?」
「砂の魔女と戦おうって人間が、この程度のことにビビってどうするんだよ」
「それとこれとは違いますよ! それに私嘘つくの苦手ですし、無理ですって!」
「嘘つかなけりゃいいだろ。事情知ってるやついるだろ。よく考えろ」
「あっ……」
そういえば、たしかに知っている人がいる。
「ずっと思ってたけどさ、お前、人に頼るの下手だな」
「いいんです! 自覚してます! ご助言ありがとうございました。ここへはまた来てもいいですか?」
「そりゃお前、魔力の操作ができるようになるってことだぞ」
「できるようになります! 必ず!」
ハルはぐっと拳を握ってガッツポーズをとる。
先の見えない暗闇でも、足を止めなければいつか光は見えるものだ。
帰りの階段は、まるでこれからの道を暗示しているかのようだった。
踏みしめた分だけ前に進む。
その感覚は、いつだって心地の良いものだ。




