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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第五章 Something Great
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健闘だったな

魔女狩り五位のファイは、大規模な作戦のため、砂の海と名付けられた不定形の砂漠に部隊を整列させていた。

物量で押してどうにかなる相手ではないが、時間と注意を割かせるために、彼らには盾になってもらわなければならない。

人を騙して囮につかうこの作戦を、ファイも快く了承というわけにはいかなかった。


しかし、綺麗ごとを言ってはいられない。

すでに砂の魔女による被害は一万人にも及ぶ。

そのうえ、この地形と気候の変化もある。


ここは魔女だけの大地ではないことを教えなければならない。

未来のために現在の百人が犠牲になってもそれは仕方のないことなのだとファイは無理矢理自分を納得させた。


向こうの姿は視認できないが、そこにいることは、空気中の魔力の流れから分かる。

人を犠牲にする以上、何が何でも打撃を与えねばならない。


ファイは魔女殺しの白い杖を構え、開戦の合図を出す。


「砂の魔女を滅ぼす時が来た! 総員、前へ!」


人のうねりが、速度を持って魔女のいる方向へ走っていく。

前線を維持するのは、風の鎧を纏った元冒険者たちだ。

彼らを少数の魔法学校卒業生が精密な魔法で援護し、前線が崩される前にファイが直接砂の魔女を殺す計画となっている。


士気の高まりが、空気に漂う魔力と反応して、この場に心地よい高揚感を与えている。

争いの恐ろしさとは、この心地よさそのものなのだろう。

ここに集まり、壁となってくれている元冒険者たちは、皆が砂の魔女に親戚や家族、友人を奪われた者だ。

今更命を投げ出すことに何の疑問も抱かない。

彼らの思いを無駄にしないためにも、ここで必ず魔女を打ち取る以外ないのだ。


彼らが馬を走らせた土煙を追って、ファイは風の魔法で飛ぶ。

魔力の無駄打ちはできない。

ベストタイミングで突っ込み、最大に溜めた魔法の一撃で仕留める。


視線の先で、冒険者たちと砂の魔女がぶつかろうとしていたその時だ。


――砂の魔女が手を向けた。

ただそれだけのことなのに、全員が死を覚悟したことだろう。

砂の魔女は触れた部分と繋がっている部分まで全てを砂に変える。


それは空気中の魔力ですら例外ではない。

しかしこれを食い止める方法も、今回は準備してある。


「アースウォール!」


ファイの魔法で、土の壁が出現する。

その発動の速さと大きさは他の魔術師の比較にならない。

瞬く間に砂の魔女をぐるりと囲んだ。


砂の魔法は大気を伝うが、途中で他の物にぶつかると、その先までは伝わらない。

彼女の周囲にできた土壁は、次の瞬間には砂の粒へと変えられたが、この一瞬だけで十分だった。


「投擲!」


前線の人間たちに持たせた爆発する槍を、砂の魔女めがけて投げさせる。

魔女はこの波状攻撃への防御で、こちらへの注意をそらさなくてはならない。

この隙に刺せば、必ず通る――はずだった。


「……なんだと」


魔女は槍の方へ目もくれず、その金色に輝く両目は、しっかりとファイを捕え続けていた。

体勢を立て直すために離れて逃れようとすると、足元がぬかるんで転んだ。

何が起こったのかと目をやると、右足が砂に変えられていた。


ファイは逃げられないことを悟り、すぐに切り替える。

槍の投擲は防御するまでもなく、連鎖的に砂へと変えられていく。


想定を遥かに上回るその強さに、ファイはほぞを噛む。

だがこれくらいのことは覚悟してきたはずだと再び己を奮い立たせる。


「死ね!」


針状の土の壁を出現させ、押しつぶそうとする。

しかし、すぐに砂に変えられてしまう。


圧倒的な力の差に、ここまでかと思ったその時、何か大きな影が魔女の前に立ちはだかった。


鋼の鎧に身を包んだ謎の介入者は、両手を広げて、魔女を庇うようにして、砂の連鎖を抜けてきた槍の雨をその背中に受ける。

爆風と血飛沫がファイの頬を掠める。


「大丈夫か、魔術師の男よ」


彼はファイに手を差し伸べた。

異様に優しそうな彼の態度と、この混乱した状況に、ファイは思わず杖を向ける。


「貴様は何者だ!」

「私は砂の魔女カースさまの盾。名をインハルトと申す」

「……兜を取れ。礼儀知らずめ」

「これは、失礼」


インハルトが兜を脱ぐと、そこには醜いオークの顔があった。

オークは大陸でもすでに数が少なく、目撃例すらほとんどない希少な亜人だ。

故に情報がなく、ファイもそれほどその生態に関しては詳しくない。


「オークだと!? なぜお前らのような亜人が魔女に味方している!?」

「私がオークであることと魔女の盾であることは相関がない。よって、その質問には答えられない。それよりも、お前がまだ戦えるのなら、私も盾としての役割を果たさなくてはならない。襲撃者としての最期を迎えるがいい」


インハルトが鉈のような大剣を大きく振りかぶった瞬間に、ファイは全力の風の魔法で吹き飛ばした。

大岩すら吹き飛ばす突風なのだが、インハルトの姿勢を崩すだけで精一杯だった。

インハルトは砂の上に膝をつく。


「む、まだそんな力があったか」

「……おかしいな。空の果てまで吹き飛ばすつもりだったんだけど」


軽口を叩きながら、ファイは無くなった足の代わりを土で作った。

凄まじい痛みに、頭が段々と冷静になってきていた。


彼の身体には、砂の魔女の魔力が流れていなかった。

彼はただの狂人で、盾を自称しているだけ。

それが分かれば、さほど怖くはない。


(――本当にそうか?)


怖がることと慎重になることは違う。

怖がっていたら動けない。


ファイは砂の魔女と自分の間に、常にインハルトを挟むようにして動いている。

砂の魔法をここへ届かせるには、この狂人が邪魔だ。

始末してくれるなら、それもいい。

その隙に、今度こそ確実に魔女を仕留める。


「今のでお前の力の程度は分かった。もうやめておけ」

「笑わせないでよね。君の話だろう? オークの鈍重な攻撃じゃ僕に傷を負わせることはできないよ」

「私の鈍重な攻撃を受けきったつもりか」


インハルトはまた、同じ構えを繰り返す。

いかに大きな剣とはいえ、確実に届かない距離だが、ファイの脳裏にはカイの飛ぶ斬撃が浮かぶ。

だから、油断はしない。


ファイは空気の流れを読む。

その流れには微弱ながら意思も出る。

それは敵意のような強い意思なら明確に読み取れるほどに正確だ。


インハルトの周囲の空気が淀む。

範囲は半径一キロほどだろうか。

その破壊の意思は確かに見上げたものだ。

ファイもその範囲に入っている。

しかし、溜めが長すぎる。


インハルトの足元からいくつもの火柱が立ち上る。

怯まないのは流石だが、怯んだ方がまだ大怪我はしなかっただろう。


火柱が向かう先には粘性の水球がある。

一瞬で蒸発の寸前まで加熱され、インハルトへ降り注ぐ。

身体に粘つく熱湯は、冷めることなく彼の身体を焼き続ける。


しかしまだ、インハルトは止まらない。

大弓を引き絞るかのように、きりきりと力を溜めている。


「止めないと、まずいか?」


思わず笑みが浮かぶ。

オークの底なしの耐久力は知っている。

無論、書籍の中の話だ。


オークはすでにほぼ絶滅しているとされている種族であり、実際に目にすることなどあるはずないと思っていた。

しかしこうして対峙してみると、この肉体の秘密を暴こうとする輩や脅威に感じる輩から狙われるのも無理はない。

彼らがもう少し賢ければ、人間に変わってこの世界を収めていたことだろう。


しかしファイには彼らにはない魔法がある。

どれほど強い力でも、その道筋さえ逸らせば、防御できる。


ファイが魔法で牽制をしながら待っていたのは、彼の剣が降り下ろされる瞬間だ。

負傷の激痛が段々と思考にノイズをかけていく。

そんなに長くは待てない。


得意の土魔法もオークの硬い皮膚には通用せず、ファイはただ徒に時間が過ぎるのを待った。

時間にしてみれば五秒も経っていないだろう。

インハルトの溜めに溜めた攻撃が放たれた。


愚かなまでに正直な太刀筋は、見えた時にはすでに眼前に迫っていた。

ファイは直感で危機を察知し、大剣の軌跡に対して斜めの盾を作り出し、衝撃を分散させて、後方へ散らす。

大きな土煙が舞い、後方の地面がぱっくりとえぐれた。

直撃していたら、死んだことにすら気がつかずに、大きなシミとなっていたことだろう。


「これが伝説のオークの力か……」

「怖気づいたか、人間」

「今日はそんなつもりじゃなかったしね。一か八かの勝負はしない主義なんだ」

「だったらどうする? 手を引いて帰るか」

「君はよくても、魔女の方が許してくれないだろ」


砂の魔女は観戦する気もないのか、足元の砂をすくって遊んでいる。

インハルトがいるせいか、敵だとすら思われていないようだ。


「随分、砂の魔女に懐かれているんだね」

「彼女が私に懐いているのではない。私が彼女に懐いているのだ」

「そうかい。まあ、僕も手ぶらじゃ帰れない。悪いけど付き合ってもらうよ」

「お前は選択を間違えた」

「分かっているよ。そんなこと」


こんな相手がいるなら火の魔女に負けて席を失ったイヴも連れてくるべきだった。

彼女ならきっと対等に戦えただろう。


遠巻きに見ていた元冒険者たちの中にオークとやり合える人間がいるならいいが、その見込みもなさそうだった。

会話が数十秒もあったのに、背後からこのオークに切りかかれた者がいないことが何よりも証拠だ。


さっきの異様な剣撃を見て、すっかり憎しみの火に水をかけられたらしい。

大義名分があれば死を恐れない人間たちでも、あの凄まじい衝撃波は根源的な恐怖を呼び起こしてしまったようだ。

あれではもう使い物にならない。


ファイはまた杖を構える。


「魔法で私に傷を負わせることはできない」

「じゃあ、されるがままになってくれてもいいんだけど、な!」


突風で砂嵐を巻き上げて姿を隠す。

どんなに頑強でも、生き物である限り弱点はある。

例えば、眼球だ。


砂嵐の中に無数の土槍を浮かべ、一斉に放つ。


「ぬるい!」


インハルトが剣を振り回しただけで、その風圧に負けた魔法が何本か弾かれて地面に転がる。

しかし、全てを捌ききれはしない。


何本かがインハルトの皮膚に拒まれ、弾かれる。

――無数のダミーの中に隠した最高硬度の一本が、彼の右目を貫いた。


黒い血しぶきがあがり、インハルトの身体が大きく揺らぐ。


「これだけやって、ようやく一撃か……!」


ファイは魔力切れで倒れそうになるところをなんとか踏ん張り、インハルトから目を離さないよう努めた。

片目を潰したとはいえ、手ごたえを見るにまだ殺せてはいない。


「この私が、負傷など」

「バカが! 人間を舐めるからだ!」


インハルトも満身創痍のようだが、ファイも同じく精一杯の虚勢だ。

そのまま倒れてくれとの願いもむなしく、インハルトは程なくして体勢を立て直した。

呼吸は荒いが、目からの出血も止まっている。


「健闘だったな」


インハルトが大剣を構える。


「参った。もう止められない。さっきので逃げてくれたらよかったのに」

「そうはいかない。我々オークがこの程度の怪我で敵に背を向けることは決してない。誇り高き戦士の種族だ」

「さっき種族にはこだわらねえみたいなこと言ってたのに、最後は結局それか」

「受け継ぎたいことだけ受け継いで何が悪い」

「汚名も受け継げ」

「断る」


インハルトの剣が迫る。


(ああ、最後に寮長の飯が食べたかったな……)


白い光と凄まじい衝撃が身体を突き抜け、ファイの全てが砂の海に消えた。


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