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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第五章 Something Great
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ご自由に

ガーディナという名前の大きな町がある。

巨大な湖の中央にある島全てが町であり、道は綺麗に舗装されているものの、一周するには丸一日かかるほどの大きさだ。

中央には魔法学校があり、多くの魔術師たちがこの町には暮らしている。


カイは火の魔女の討伐に失敗したことを報告したあと、数日の休暇をもらい、島の中でゆっくりと過ごしていた。

自分がこれ以上強くなるにはどうすればいいか。

ハルと自分の間にある埋めようのない差を埋める手段を、ベンチに座って湖の心地よい音を聞きながら、ずっと考えていた。


彼女の冒険者としてのステータスを調べてみたいと思ったが、魔法学校と冒険者ギルドは仲が悪く、いくらこちらから特権を駆使しても個人情報を盗み見ることはできない。


「隣、座ってもいいかな?」


魔女狩りの五位、ファイの声だ。

あまり親しくはないが、声と魔法の才能だけは知っている。


「聞かなくても座っているではございませんか」

「フフッ。購買でパンを買ったよ。食べる?」

「いえ、けっこう」


パンの匂いがして、彼がそれをひとくち齧ったのが分かる。


「――報告書、読んだよ」

「慰めに来られたので?」

「いいや、僕はまだ魔女狩りに出ていないからさ。生きて帰れた君に意見を聞きたくて」

「私が帰られたのは偶然でございます。ただ負けていればあのまま炭となって消滅していたことでしょう」

「謎の冒険者の存在だよね? でも、変なんだよね。僕の知り合いの冒険者に聞いてもハルなんて人知らないんだよ。もしかしたらまだ銀のプレートなのかも」

「馬鹿な。私は銀の冒険者に負けるほど弱い人間ではございませんよ」

「金か銀かは実力の違いじゃないことくらい君も知ってるだろう? ひょっとしたらなりたてなのかも……」

「直近で銀の冒険者に昇格した者の中から探すことは?」

「できたらやってるよ。さすがに内部から機密書類を盗み出すのは不可能だ」


水面で魚が跳ねる。


「では、私から言えることはありません。直に魔女狩りの役職もはく奪されることでございましょう」

「そんなことはどうでもいい。君が負けたことが重要なんだよ。他の魔女狩りは魔女相手に後れをとらなかった。報告が上がっているだけでも獣の魔女と蟲の魔女はすでに『心臓』を確保してある」

「世の中に万全というものは存在しないことの証拠でございますね」

「魔女以外の存在が魔女に手を貸すなんて考えもしてなかったからねえ。それでも元とはいえ金の冒険者だった君が、名前も知らない冒険者にねえ……」


その言葉に侮蔑が込められていることは感じられる。

しかしカイはそれに対しては口をつぐんだ。

一番身に染みているのは自分だ。

今更他人の言葉に感情を揺さぶられることもない。


ただ、ひとつ我慢ならないことがあった。


「ところで『それ』はどういうつもりでございましょうか?」

「どれのことだい?」

「その、あなたが私の首の真後ろで待機させている、円錐状の土塊ですよ」


ずっと首筋に魔力の波が当たっていた。

とても微弱で、大気に漂う魔力とそう変わらないほどの気配。


「君が弱くなったから負けたのかと思ってね」

「でしたら、あなた自身から発せられている殺気は、どう説明していただけるのでしょうか」

「やかましい女だ。魔女に負けたやつがのこのこ帰ってきてんじゃねえよ。ここで死ぬか?」


彼の雰囲気が変わった。

ファイは普段穏やかに振る舞っているが、その本性は激情家で荒々しい。

彼の逆鱗に触れて医務室送りにされた学生は少なくない。

それが不問にされているのは、彼がこの学校を主席で卒業した稀有で優秀な魔術師だからだ。


「仕掛けたければご自由にどうぞ。しかし、口火を切ったのはあなたであることは、お忘れなきよう」

「どっちが早いか、試してみるか?」

「試しで散らせて良い命ではないのではございませんか?」


しばしお互いに様子見をしたあと、ファイは魔法を解いた。


「魔女を狩り終わってからにとっておいてやる。お前も、ハルとかいう冒険者も、僕が始末する」

「ご自由に」


彼はふんと鼻を鳴らしたあと、つかつかと歩き去って行った。

彼が挑むのは砂の魔女。

生きて帰られるかどうかも怪しい相手だ。


しばらく日光浴を楽しんでいると、今度は違う来客があった。

慌てた足音と、荒い息遣い。

そのおかげで若い学生だと分かる。

カイを探しにきたのだろう。


「ここにいらっしゃったんですね!」

「何か用でございますか?」

「魔女狩りの志望者が到着されたようです! 先生に引き継ぎをお願いしますとのことでした!」


先生というのはカイのことだ。

カイは帰ってきてすぐに手配をしていた。

敗北を理由に魔女狩りから降りることと、引き継ぐ相手の推薦。

石の魔女と対等に戦い、凄まじい力で追い詰めた冒険者の男。

魔女狩り二位カイの名はグレゴリに受け渡す。

ファイと話すよりずっと前から決めていたことだ。


校舎内へ帰り、案内の学生と別れて応接室へ入る。

扉を開くと、感じたことのない種類の視線を感じた。

人間のものとは違う、独特の眼差しだ。


「……はじめまして。私は魔女狩りのカイでございます。あなたをスカウトさせていただきました」


手探りで椅子の場所を確認して座る。

すると、彼が口を開いた。


「どこで見かけた?」

「石の魔女との戦いを拝見させていただきました」

「ああ、あの時ふたりいたのか」

「気がついていらっしゃらなかったので?」

「人間の気配は小さいからな。数十人の塊から個人を見分けることは俺にはできん。それと、その口ぶりからして、俺が人間でないことは知っているようだな」

「違和感程度でございますが。それに、正体が何であるかを見抜けたわけではございません」

「それでも、魔女狩りを託そうと考えるのはなぜだ?」

「あなたがハルの友人だからです」


雰囲気に動揺が走る。


「……どこでそれを?」

「私は元々冒険者です。学校の生徒ではありません。手段はいくらでも」

「少女とは会ったか」

「……ええ、まあ」

「負けたか」


その言葉に笑みは感じない。

こちらを侮っている様子もない。


「……負けました。彼女もあなたの『仲間』ですか?」

「いや、彼女は人間だ。ただお前たちより強い個体というだけだ」

「それで納得できたら苦労はしないのでございますが、今は置いておきましょう。さて、魔女狩りの名を譲渡するに当たって、少々注意点がございます」

「注意点?」

「それは全ての言動が学長へ筒抜けであるということ。例え裏でも魔女と通じ合うことは不可能でございます」

「お前は大丈夫なのか?」

「大丈夫ではございませんが、向こうもこちらを止める手立ては持っていないゆえ」


ファイが脅してきたのもそういう理由があってのことだろうと予想はつく。


「私は火の魔女に敗北したため、次はあなたが担当となります。しかし、火の魔女は人間の脅威とはなり得ない存在。狩りの優先順位は低いでしょう」

「……だから、しばらくは休戦しろと?」

「そこまでは申しておりません。私にもあなたを止める術はございませんので」

「なるほどな。そういうことなら今決めておいた方がよさそうだな。俺は俺自身が魔女と戦うこと自体には特に価値を感じていない。魔女狩りの経過と結果を知りたいだけだ。だから戦わないのなら今のうちにそう約束しておこう。他には?」


理解できたのかできていないのか、その声色からは伺えないが、彼はあっさりと了承した。

カイは面食らったが、平静を装って話を続ける。


「……あとは、契約書の通りに。あなたを見る限り、特別問題があるとすれば、人間関係くらいのものでございましょうから、私の預かり知るところではございません」

「ふむ。学校と冒険者は仲が悪いという話は聞いた。しかし会話はできるくらいなのだろう? ならば問題ない。俺は俺のやることをやるだけだ」


彼はそういうと、首をコキ、と鳴らした。


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