やらないよりはマシさ
帰り道はレインと一緒に歩くことになった。
マグノリアには彼女を連れて帰ることは言っていないが、同じ魔女だと名乗るレインが大丈夫だと言うので了承した。
「それにしても、さっきの機転は良かったね」
「喧嘩のことですか?」
「そうそう。マグノリアの魔法に毒はないんだよ。ボクたち魔女なら知ってるけど普通の人は知らないからね」
あまり褒められなれていないハルは、火照る頭を掻いた。
「――そういえば、どうして私なんかに興味を持ったんですか?」
「え? それは君がマグノリアの関係者だからって……」
「ああ、ごめんなさい。聞き方が悪かったです。気になることがあるならマグノリアさんに直接聞けばいいじゃないですか。それに、それだけお詳しいなら私がマグノリアさんのお孫さんでないことも気がついているのでしょう?」
「うん、まあ、そうだね。ボクが興味を持ったのは君自身だよ。なんで君を魔女の盾にしたのか、聞きにいくのはついでだよ」
「魔女の盾ってことまでわかるんですか?」
「匂いがマグノリアと同じだからね」
「匂い?」
「あっ、違う違う。鼻で匂うことじゃなくて、なんて言ったらいいのかな。魔力の匂いというか、色? 魔女の盾はそれが普通の人と違うんだ」
その説明はハルにはよくわからなかったが、魔女同士なら感覚で分かるらしい。
「君はどこから来たの? マグノリアが他人にここまで接するなんて珍しいことなんだよ」
「私は、えっと、説明が難しいのですが――」
ハルは自分がどうやって来たのか、正直に彼女へ話した。
彼女も驚いた様子だったが、やがて合点がいったように頷いた。
「そう。それは、マグノリアも反応するはずだ」
「珍しいから、ですか?」
「いや、その話がただの妄想だって可能性もあるけど、内容が問題なんだよ。彼女は君が本当に死人かどうか、知りたがっている」
レインは海のように暗く深い瞳でハルの顔を覗きこんだ。
「……理由を聞いてもいいですか?」
「それはダメ。ボクが言うことじゃない。プライベートなことだからね。そのうち教えてくれるんじゃないかな?」
ハルからしてみればマグノリアは最初から優しかったような気がする。
でも、何か複雑な理由があっての優しさだったのだろう。
その問題の解決を手伝えたら、少しくらい恩返しもできるだろうか。
「君、マグノリアの盾としての素質があるよ。あの酔狂な魔女に付き合える性格をしてる」
「そんな、褒められても……」
「君は明るくて聡明、他人のために身を投げ出せる人間だ。どういう人生を歩んで来たらこうなるのかわからないけど、マグノリアと組むにはちょうどいいよ」
「今の会話でそこまで私のことを、どうやって?」
「魔女、だからね」
レインは口元に指をあてて、秘密と言わんばかりの悪戯な顔をする。
もうじきマグノリアの庭である森林地帯だ。
「ボクはもうここまででいいかな。君のこともわかったし、また仕事の時に会えるしね」
「え、ここまで来たのに、マグノリアさんに会っていかないんですか?」
「うん。ボク、森の中歩くの嫌いなんだ。じゃ、またね」
次の瞬間、レインの立っている場所に前が見えないほどの豪雨が降り注ぐ。
すぐに雨は上がり、それと同時に、レインの姿が消えていた。
雨の魔女の名にふさわしい帰り方だな、とハルはひとりで感心していた。
森の中をひとりで歩いていると、またあの魔物に出会うのではないか、と神経を尖らせることになり、不必要に疲れてしまう。
マグノリアの家に着くころには、もうへとへとになっていた。
「ただいま、です」
返事はなかったが、台所で大鍋をかき混ぜている姿を見て、ハルは荷物を置いてマグノリアの手元を覗き込んだ。
「何作っているんですか?」
「夕飯だよ」
夕飯というのには、ルーを入れる前のカレーのようというか、些か素材の色が濃過ぎるというか、ハルの目にはおいしそうな料理には見えなかった。
「そういえば、さっき雨の魔女さんに会いましたよ」
「……雨の魔女、レインか」
「レインさんとはお友達なんですか? 森の入り口まで一緒に来ていましたよ」
「ああ、アレは森には入れないようにしているからねえ。それよりお前、奴から何か妙なものをもらったりしていないだろうねえ」
「物ですか? いいえ、何も。世間話をしただけですよ」
「……魔女と貸し借りをすることは契約になる。これは基本だ。頭に叩き込んでおくんだね」
「わかりました」
「本当にわかっているのかね……。魔女というものはお前が考えている以上に契約に縛られているものだ。逆に言えば、意を通すためならどんな手を使ってでも契約を迫る。会話には気をつけろ。知らないうちに一方的に何か受け取っていることもありえる」
「難しいですね。でも、物は受け取らないように気をつけます」
「物のみに限定はされないよ。さあ、夕飯の準備をしておくれ」
ハルは何か彼女がレインの話を意図的に避けようとしているように感じて、追求しようと思ったが、まずは空腹の方が気になったため、作ってもらったシチューのようなものを木製のお玉で取り分けた。
「レインさんは、どうしてマグノリアさんが私を魔女の盾にしたのか知りたがっていました。教えてあげないんですか?」
「魔女同士はね、事情の詮索はしないものさ」
食卓につくと、見た目は悪いが、匂いはそうでもないことに気がつく。
どうも、食材の色がハルの常識とは異なっているだけらしい。
「じゃあ、レインさんのことを教えてくださいよ」
「それもできないよ」
「どうして?」
「魔女は他の魔女のことを話してはならない。契約のひとつさ」
また契約、とハルは心の中で呟く。
まるで規則に厳しい学校のように、行動にはいくつも制限がつくのだろう。
シチューのようなものを口に運ぶと、信じられないほどのうま味が口の中いっぱいに広がる。
野菜の甘味と、胡椒のような刺激、そして何よりも肉か魚の濃厚な出汁の味。
おいしいと叫びそうになったところを抑えて、ハルは会話を続ける。
「契約って、どれくらいあるんですか?」
「魔女に課せられた契約は百だ」
「ひゃ、百……」
「その見返りとして、強大な力と老いることのない身体を与えられる。契約の内容は到底緩いものではないが、人それぞれ、そこに至る理由があるのさ」
「それって、私と関係のあることですか?」
「……レインに何か言われたのかい?」
「まあ、私が死んでここに来たってことを教えたので……」
それを聞いて、マグノリアはため息をつく。
「情報も立派な施しだよ。代わりに何か教えてくれとは言わないことだね。それと、奴とは口を聞くのをやめな」
「なぜですか?」
「話せない。さっき言っただろう?」
「むう……」
魔女が魔女の話をするのはダメ。
となると、どう気をつけたらいいものかもわからない。
とにかく関わらなければ何も起きないようだが、ハルはレインと一緒に依頼を受けて、明日会う約束もしている。
「じゃあ、私は今回のことが終わったら、その、会えない理由を説明して距離を置いた方がいいんですね?」
「今回のこと?」
「明日の依頼に彼女が同行したいと言ったので」
「……それは、良くないね」
「お断りした方がいいですか?」
「約束をしたのだろう? それは契約だ。一方的に破棄すればお前は罰を受ける。今回限りにしておくことだ。そして余計なことを言わない、聞かないこと。それだけ守っていれば、お前に危害が及ぶことはない」
「危害って、レインさんがそんなに悪い人には思えなかったんですけど」
「奴は雨だ。雨は降られる者の事情など考慮しない。雨という言葉から連想して、何をしてくるのか、性質はどうなのか、自分で考えて備えるしかない。それにしても、あの町に奴がいたのは計算外だった。儂が行った時にはいなかったはずなのだがな。最悪のことがあれば、この森へ逃げ込め。ここは儂の禁域だから、他の魔女が近寄ることは難しい」
「禁域って何ですか? 国みたいになってるってことですか?」
「魔女は好きな場所を禁域に指定できる。大きさは魔女によって違うがな。禁域にはその中で起こったことを何でも知ることができる。しかし儂の場合は範囲が広大であるため、禁域の内に魔物が蔓延る。誰も入らなければ問題ないのだがな」
「よくわかりませんが、そのルールのせいでレインさんは森に入れなかったんですね」
トラブルになりそうな他人の縄張りに入れないのは、喧嘩をするより平和的な気がする。
「そんなことより、ほれ、アレをもらっただろう?」
「アレ?」
「冒険者の登録証だよ。見せな」
なんだか、通知表を人に見せる時のような緊張感がある。
どうやら、あそこで鑑定したハルの能力はこの登録証で見られるらしい。
マグノリアが手をかざすと、いくつかの文字が空中に浮かび出す。
彼女はしばらくそれをじっと見ていた。
「……えっと、その、どうですか?」
「……盾として、必要最低限の能力はあるな。しかし魔力Dとは」
「Dってどのくらいなんですか?」
「Cが平均値だと言えばわかりやすいか? 魔法の専門学校に通う子供がだいたいC以上だ」
「私子供以下なんですか!?」
「まあ、それ以外――とりわけ身体能力に関するところだね。そこは高い。何か傭兵の仕事でもやっていたのかい?」
「いえ、丈夫な身体に産んでくれた両親に感謝する他、特にありません。少しだけパルクールもやっていましたが、まだ二年だけなのでできるというにはまだまだです」
「パルクール?」
「あっ、えっと、障害物競走? の、ようなもの? でしょうか? 町中とか、狭いところで行動するのは結構自信ありますよ」
「そうかい。とにかく、身体を動かすことの方が得意ということだね」
「そうですね。だから、勉強も苦手なんです」
「それとこれとは別の話だよ。馬鹿は早死にする。死ぬ気で頭の使い方を覚えるんだね」
マグノリアにそう言われ、ハルは頭を抱える。
勉強は苦手だ。
「あ、そうだ。魔法の練習はするんですか?」
「するよ。Dとはいえ、やらないよりはマシさ」
「やることが盛りだくさんですね」
「どうして嬉しそうなんだい」
「だって、やることがたくさんあるってことは、私はまだまだ成長できるってことですから」
「前向きな奴だね……」
「褒めてます? 呆れてます?」
「半々だよ」
夕飯を済ませ、ハルは食器を片づけて、寝るまでの間、マグノリアから魔法を習うことになった。
実際、小さな木の葉を出すくらいでは、何の役にも立たない。
「目標は蔦を自在に操れるようになるところだよ」
「お花を咲かせたりしないんですか?」
「花の魔女というのは例えさね。花なんていくら咲かせても身を守ることはできない」
マグノリアのその冷たい言い方に少し違和感を覚えたが、ハルは流した。
「まずは地面から細い蔦の一本でもいいから生やせられるようになりな」
「ど、どうやってですか」
「指先から葉を出せただろう。あれを応用すればいい。人から口頭で習ったやり方にとらわれると変な癖がつくからね。思いつく限りのやり方を試してみればいい。基本は集中と想像だよ」
「わかりました!」
外に飛び出そうとしたハルにマグノリアが声をかける。
「待ちな」
「へ?」
「夜の魔物は凶暴だ。儂の匂いくらいじゃ抑止力にならない。家の周りでも危険だ。だから夜の間は部屋の中で訓練しな」
「そうなんですか。ちなみに、魔物って私が会ったの以外にどれくらいいるんですか?」
「この森にいるのは五種類だよ」
マグノリアが教えてくれたのは『イノシシ』『クマ』『シカ』『ウサギ』『トリ』の五種類だ。
それぞれに固有名のようなものはないそうだ。
どれも雑食の大型魔物で、植物だろうが動物だろうが構わず食べる食性を持つ。
互いの死肉を喰らい合いながら、生態系を保っているらしい。
「私、その五種類を倒すのを目標にしようと思います」
「話を聞いていたかい? だいたい、遭遇して死にかけたのはどこの誰だい?」
「あれは急でびっくりしたからです! 準備さえしていれば大丈夫です!」
「……止めはしないよ。でも、勝手に死ぬことは許さないよ。お前は儂の盾なのだからね」
「ちなみに、あの魔物は食べられるんですか?」
「まあ……。おすすめはしないがね」
「美味しくないんですね」
「香草できちんと処理をしてようやく食べられるくらいさね」
「マグノリアさんはできるんですか?」
「できるが、それはお前がアレらを倒せてからの話だよ」
「せっかくやるのだから、おいしくいただきましょう。無益な殺生は私も嫌ですから」
ハルは笑顔でそう言って、自室として割り当てられた部屋へと向かう。
明日のことを考えるとあまり夜更かしはしたくない。
一時間だけ集中してやると決めて、魔法の練習を始めた。




