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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第四章 光なき夜をゆけ
39/84

初めからありませんよ

とんでもない化け物がいた、と驚かずにはいられなかった。

カイは視力を失ったあと、他の感覚を限界まで研ぎ澄ます訓練をした。

おかげで、今は耳や肌に感じる空気の感触が目の代わりを務めている。

だから、視力以上の情報を得られている。


謎の冒険者ハル。

感覚から得た情報では十五から十八くらいの少女で、珍しい形の服を着て、武器は腰にさしていない。

最初は彼女も魔術師の類かと思った。


しかし、最初の机を蹴り上げての奇襲と、その陰に潜んで距離を詰めてこちらの動きを封じた動きは、常人のものではない。

おそらくは武器を常時携帯していないタイプの達人だろう。

彼女がこちらを殺すつもりで刃物を手にしていたなら、すでに死んでいる。


今も本気ではないはずだ。

なぜなら、殺意どころか、闘気すらも感じない。

こちらの緊張感をあざ笑うかのように、この状況も普段の生活の一部だとでも言うように、その身体に戦闘時特有の力みが全く見られない。


この居合は、カイにとっていくつもある技のひとつのように振る舞っているが、実際のところ、この場所で出せる最強の攻撃だ。

これが通じなかった場合、一度引き上げる必要すらある。

バーンに接触すれば逃げられないだろうが、今はまだ手負いの盾がそこにいる。

あれを置いて追ってはこられないはずだ。


ハルの動きに全神経を集中させる。

ズッと床を擦る音が聞こえた瞬間に、カイは一歩踏み込みながら剣を抜こうとした。

しかし、剣は硬く封じられていた。


「柄を――――」


抜刀する前に、柄を手で抑えられ、剣を抜けなかった。

それと同時に、頭部に衝撃が走る。


(頭突き、だと!?)


いくらなんでも、場慣れしすぎている。

それに、居合のことを知っているのはなぜだ。

この技はカイの編み出した奥義だ。


脳が揺れ、三半規管が狂って、思わず床に手をつく。

剣が手元を離れた瞬間に刃を踏み砕かれた音がした。

武器を破壊するまでの判断、思考の処理速度が尋常ではない。

これではもう反撃する術がない。

追撃に備え、手で防御の構えをとる。


「……終わりです。私の勝ち、ですよね?」

「武器を奪ったくらいで、気が早いのではございませんか?」

「いえ、あなたがこれに気がついていないようなので」


頬に棒状の感触が当たり、首筋が冷える。

あの少女は武器を持っていなかったはずだ。


(――いや、違う)


一瞬の緊張のせいで感覚が鈍っていた。

僅かな染料と木の香り。

これは杖だ。


「いったいどこに隠し持っていた?」

「落とすと困るので制服の内側に縫いつけてるんです。生殺与奪の権っていうんでしたっけ? これはもう殺したも同然じゃないですか?」

「……そうだな。私の負けだ。殺すといい」

「何言ってるんですか。嫌ですよ。殺しませんよ。ひとまず帰ってください」


慈悲のつもりだろうか。

敵に手の内を知られたのだから、次はもっと手ごわくなることを分かっているだろうに。


(いや、向こうの手の内など、何ひとつわかっていないか)


カイの技をその超人的な反応能力だけで対処された。

今は杖を手にしているが、それを振るってはいないし、主力の武器がわからない。

何がどこまでできるのか測りかねる、未知の存在だ。


「……冒険者ハル。私はお前の名を確かに記憶致しました。魔女狩りの任務とは関係ございません。私はお前の首を狙うので、どうかご覚悟を」

「次に会うかどうかもわからないのに、約束できませんよ。それに私はひとりだったらたぶん逃げますし」

「それでも追わせていただく。私は強い者と戦うために魔女狩りになったのです。仕事が優先ではありますが、それが済んだら、地の果てまででも、私はあなたを追うでしょう」

「うーん。どうぞとも言いづらいですね……」


ハルがわざとらしく悩む様子を見せる。

その態度に少しの違和感を覚えた。

何かが自然じゃない。


(時間稼ぎか!)


気がついた時には、カイの背後の扉が弾けとんだ。

焦げ臭い匂いから、それが火によるものであると分かる。


「よお、元気そうだな」


本来の目的――火の魔女バーンの気配が強く感じられた。

情報では聞いていたが、間近だと、皮膚が焼けそうなほど濃厚な魔力の層を感じる。

これが魔女か、と生唾を飲む。


待ち望んだ瞬間でありながら、武器は既に砕かれてしまった。

素手でも挑んでみたいが、さすがに魔女を相手に魔法対策をしないことが自殺行為であることくらい理解できる。


「やっと入ってきてくれましたね」


ハルが言う。

それでようやく、この魔女がずっとこの家の中の様子を伺っていたことを知った。


「お前がその不気味な剣を折ってくれたからな」

「これですか? 普通のと何が違うのかわかりませんでしたけど……」

「魔法の発生を妨害する魔法を、より高度にしたものがかけられている。恐らくこの世に存在する全ての魔力に効果のある代物だ。あたしらの天敵だな」


バーンが自嘲気味に笑う。


「さすがは魔女。武具の性能はひと目で見抜きますか」

「カマをかけてるつもりか? あたしらのことは調べ尽くしてきてんだろ。あたしがそういうのに長けているってことくらい知ってるくせに」

「私には聞かされたことが真実であるかどうかは調べられませんので」

「随分と疑い深いな。魔法学校の関係者が先人の知識を信用しないでどうするよ」

「今度は、そちらがカマかけでございますか。大方、私の服装から判断したのでしょうが、それが真実であるかわからないでしょう?」

「あたしがそうだと信じるならそれが真実だ。そんで、この状況からどうやって逃げるつもりだ?」

「逃げる?」


カイは会話をしながら、その耳と風の流れで建物内の細かな物の配置を記憶していた。

バーンが火を使ったおかげで室内に気流が発生している。

完全に脳内にイメージができていた。

床に落ちていた刀の先端を素早く拾い上げ、バーンの喉元めがけて、一瞬で詰め寄る。


突き刺さる前に、何かに阻まれ、刃が止まった。


「ちょっと! やめてくださいよ!」


破片の先端をハルに指先でつままれているのだと分かった瞬間、カイは万に一も勝ち目がないことを確信する。

こちらの動きを見てから動いたはずの彼女の方が速いとは。

そもそも、部屋の反対側にいたのに、この距離でもまだ間に合うのか。


カイは刃の欠片を手放して両手を上げる。


「私の負けだ。好きにするといい」

「潔いことだ。じゃあ、死ね」


バーンが火の魔法を放とうとしたところを、今度はハルがそちらも止める。


「何してんだてめえ!」

「殺すのは無しです! カイさんを倒したのは私なんですから、決める権利は私にありますよね!?」

「こいつを逃がしたらまた来るだろ!」

「殺しても別の人が来るだけでしょう!?」


何やら言い合いが始まった。

事実、ハルの言う通り、カイが死ねば次の誰かが来るだけだ。

カイは特に怨恨を理由にせず魔女狩りの地位についたが、恨みつらみから魔女狩りになりたい者は腐るほどいる。


「……提案があります」

「提案? 魔女と取り引きするつもりか?」


カイの言葉にバーンが笑いをこらえているのが分かる。

いくらハルが強いとはいえ、発動した魔法は止められない。

ここからは慎重に動かねば、こちらも首が飛ぶ。


「私の標的はもうお前ではなくなりました。元々、切っても問題にならない相手を切るために魔女狩りになりましたもので。それで、提案というのは、私が魔女狩りを降りるというのはいかがでしょうか」

「魔女狩りを降りる? それがどうてめえの命を守る盾になる?」

「私が魔女狩りを正式な手順で降りれば、次の魔女狩りが来るまではかなり長い時間がかかります。後任へは知識の引き継ぎが必要なものでございますから」

「次がすぐ来るのと、遅らせるのと、何が違うってんだよ」

「その間に魔女側が魔女狩りに大打撃を与えれば、この町は攻め込まれずに計画が一度白紙に戻る可能性があります」


嘘は言っていない。

永久に保留されることはないだろうが、魔女は他にもいるため、後回しにはされるだろう。


「……ほう。魔女狩りは特攻をしないと?」

「三分の一もやられたら、準備が足りなかったとまた学院へ引きこもることでございましょう。いくら感情を原動力にしているとはいえ、腐っても学者でございますから。生き残ったものが研究を精錬させ、次へ継承していくことは最優先事項でございます」

「そんな面倒なことしなくても来るやつ全員返り討ちにすればいいだろ」

「今ここに私がひとりで来ていることが何よりの答えであるとはお考えにならないので?」

「あ?」

「物量に任せて町ごと消す用意もあるということでございますよ。その結果魔女を倒せなかったら、それもまた研究材料になるだけのこと……。賢い魔女さまならご理解いただけるかと」

「ハッ、つまり、お前が受け持っている間は無差別な攻撃は起こらないが、いなくなると起こる可能性が高いって言ってるのか?」


理解が早くて助かる、とカイは微笑む。


「今そうなっていないのは、私がそれでは倒せないと進言したからでございます。魔女の魔術抗力は未だに我々も調べ尽くせていない分野でございまして。今のところ、我々の魔法で殺せるのはせいぜいが民間人のみという予測になってございます。しかし、それを実行――もとい、実験したいと考えている輩が学院内にいることも事実。負け帰った私であってもその枷となることくらいはできましょう。失敗から学ぶことは、研究の基礎でございます」


バーンの唸り声が聞こえる。

これで説得できなかったら、完全にこちらの負けだ。

大人しく首を差し出すしかない。


「――お前の言い分、認めてやるよ。一部だけな」

「一部?」

「お前が魔女狩りとの内通者になればいいじゃねえか。情報を全部流して、必要に応じて身内を止めろ。それと引き換えに命を保証してやる」


この甘言には乗れない。

魔女は取り引きに持ち込もうとしている。

魔女との取り引きは問答無用で処罰の対象となる。


「ダメですよ、バーンさん。それじゃこの人助からないと思います」


ハルが口を挟み、バーンが明らかに不機嫌そうな空気を出す。


「何だ? あたしはただ生かして帰すほどお人好しじゃねえぞ」

「いや、いいんですよ。それで。たぶん戻ってから裏切ってないか死ぬほど検査されるはずですから、何ならこの会話も漏れるんじゃないですか?」

「自白の魔法か。あり得る話だが、知ったことか」

「だから、それじゃダメですって。ちょっと冷静になってくださいよ。カイさんが死ぬと困るのは、間違いないんですよ。裏切らなくても出来る範囲で町の人を守ってもらえたら、それが一番いいじゃないですか」

「こいつが帰ったあとあたしらを裏切らない保証がない」

「保証なんか初めからありませんよ。でも、信じるってそういうことじゃないですか。それに、カイさんが町の人を巻き込まないようにしていたのは見たらわかるでしょう?」

「…………」


バーンはしばらく黙ったあと、大きなため息をついた。


「いいよ。じゃあ、あたしは何も見てねえ。ファリスが切られてるのはあいつの鍛錬不足だからやり返す気はない。それでいいんだな?」

「ありがとうございます」


バーンは肩を落として、倒れた椅子を起こして、座った。

その周囲に先程までの圧力は感じられない。


「カイさん、町の人たちを巻き込まないため、よろしくお願いします」

「あ、ああ、承知、しました……」


カイが動揺しているのは、このハルという人間に対してだった。

火の魔女バーンを口で抑え込んだ。

口ごたえをした次の瞬間、炭にされてもおかしくなかったのに。


彼女の存在が学校に知られたら研究対象になるのではないだろうか。

そうすると、気軽に襲えなくなる。

それは困る。


「ハル、あなたに誓ってこの提案は守らせていただきます。しかし、あなたのことまでは手が回りません。この意味がお分かりですね?」

「まあ、それは仕方がないです。でも私は身軽なので、逃げも隠れもします。調べたかったら冒険者ギルドへどうぞ、と言うつもりです」

「冒険者ギルドは魔法学校と相性が悪いので、そのようなことにはなり得ませんよ」

「そうなんですか? てっきり協力関係だとばかり」

「それぞれの成り立ちがあるものですから。さて、魔女さんの気持ちが変わらないうちに私はお暇させていただきましょう」


カイはそう言って、玄関から出る。

歩みは普段通りのつもりだったが、通りを曲がったところで、力が抜けて座り込んだ。

死線が、あの数分で何度あっただろう。


(まだまだ修行不足でございますね)


ただ剣を振るだけでは得られないものが実戦にはある。

おそらくあの魔女の盾は自分と変わらないくらいの力量だったが、ハルはもっと次元の違う強さだった。

今日はそれを思い知らされた。


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