舐められたもので
(――いつもこうだ)
ファリスは満天の星空の下、町の少し外れたところにある岩山の上で座って空を見上げていた。
どうしても他人の言葉が自分を馬鹿にしているように聞こえてしまう。
あとから考えると決してそんな意図はないことはわかるのだが、カッとなると考えられなくなってしまう。
悪い癖だとバーンからいつも注意を受ける。
しかし、どれだけ努力しても治らない。
ハルには明日謝れば許してもらえるだろうか。
(いや、別に許してもらいたいわけじゃ……)
そう思って、今晩幾度目かの首を振る。
その考え方がよくないのだ。
許されなくてもいいではなく、人間関係を円滑にするために――――。
ファリスは、皮膚にピリっとしたものを感じて、反射的に岩山から飛び降りていた。
殺気の欠片すらも感じなかったが、直後に座っていた岩が両断された。
「たしかに切ったと思ったのですけれども」
夜空の下、真っ白な装束を身に纏った、白い髪の女剣士が立っていた。
片手剣だが盾や弓のような装備は持っていない。
そして何よりも異様だったのが、目を閉じていることだった。
「誰だ?」
「これから死ぬ者に名乗る名はありません」
ファリスは槍を握る手に力を込める。
対峙しただけで分かる。
こいつは強い。
「魔女狩りだな? 周囲に人間の気配はない。ひとりで来たのか」
「ひとりで十分なもので」
次の瞬間、ファリスが上半身を逸らすと同時に、何かが掠めて飛んでいった。
「斬撃を飛ばす魔法……」
「いえ、技術ですよ。魔女の盾さん」
見えないだけでなく、とてつもなく早い。
ファリスは相手の腕の動きと勘だけでなんとか躱していたが、攻めに転じる隙をなかなか見つけられないでいた。
ファリスもさすがに許可なく人を殺せない。
しかし、手加減をして動きを止められるほど弱い相手ではない。
ファリスは槍のエンジンを最大限に噴かす。
「おや、逃げますか。火の魔女の盾は狂犬だと聞いていましたが」
「お前は私が必ず殺す」
敵が未知数であることと、魔女狩りの襲撃。
この情報は必ずバーンに伝えなければならない。
ファリスは飛び上がると、一直線に町へと飛んだ。
「――逃がしませんよ」
キン、と軽い金属音と同時に、ファリスへ斬撃が迫る。
ジェットエンジンの速度よりも遙かに早かった。
空中で撃ち落とされたファリスは、墜落しないよう器用にバランスをとりながら、森の中へと落ちていく。
「……仕留めそこないましたか。なかなかやりますね」
その白い女剣士は月光を背に小さく呟いた。
夜中、ハルは唐突に目を覚ました。
ソファが寝にくかったわけではなく、人の気配を感じ取ったからだ。
(ファリスさんが帰ってきたのかな)
なんとなくそう考えながら、部屋を出る。
バーンはいないようで、話声は聞こえなかった。
そっと様子を伺うと、血まみれのファリスが居間の椅子に座って天井を見上げて荒い呼吸をしていた。
「ファリスさん!?」
「おい、バーンさまは……?」
「わかりません! それよりもその怪我は!?」
「お前には関係ない……」
ファリスはよほど痛むのか、顔を歪める。
「ちょっと見せてください! 治します!」
「お前に治せるわけないだろ……」
「いいですから!」
抵抗する力もないファリスを床に寝転がらせる。
ボロボロになった服を脱がせると、背中に大きな切り傷ができていた。
斜めに切られているが、骨までは達していないようで、ひとまずハルはほっとした。
「ちょっと我慢してくださいね」
「何を……」
ハルは杖を取り出して、ファリスの傷を細い根で縫い合わせる。
その間、ファリスはうめき声ひとつ出さなかった。
傷を縫い終わると、出血もきちんと止まった。
「はい、これで大丈夫です」
「絶対あとで殺す……」
血が足りないのはどうしようもないが、ひとまず出血が完全に止まっただけでも、少し楽になったようだ。
「誰にやられたんですか? それも背中からなんて」
「魔女狩りだ。バーンさまに伝えなくては……」
「動けないんだから無理しないでください。私が探してきます。心当たりのある場所は?」
「……この時間は町にいない」
「なのに、探しに行こうとしたんですか?」
「……何もしないわけに、いかない」
ファリスは立ち上がろうとするが、すぐにふらついて床に倒れ込む。
このままだと死んででも外に行こうとするだろう。
ハルは最後の手段をとることにした。
「マグノリアさん、なんとかなりませんか?」
ハルが呟くと、肩からひとむらの小さな花が咲いた。
みるみるうちに枯れ、ひと粒の実がなる。
成長が止まったところで、ハルはそれをもいだ。
「ファリスさん、これを食べてください」
「これはなんだ?」
「効く薬です。たぶん」
ファリスは訝しみながらも、他に頼れるものがないからか、素直に受け取って口に含む。
到底おいしいとは言えない味だったのだろう。
実を噛み割ると、顔をしかめた。
ハルはファリスが無茶をしないためにも、ここに残ることにした。
魔女狩りの狙いがファリスなら、バーンよりもここの方が危ない。
ファリスはそのまましばらく呻いていたが、明け方ごろには座ったまま寝息を立てていた。
ハルはその様子を見守りつつ、家の外への警戒を怠らなかった。
これだけ出血しているのだから、痕跡が残っていないはずがない。
家の場所はすでに見つかっているものと考えていた。
それでも向こうが仕掛けてこないのは、町を巻き込む気がないからなのだろう。
ガーネットの時は、そこに住んでいる人間がすでに支配下に置かれていたため、事件性を気にする必要がなかった。
しかし今回は違う。
派手な攻撃で町の人を巻き込めば、大きな騒ぎになる。
向こうも大義を失うわけにはいかないはずだ。
本当なら、家の外の目立たないところに植物を這わせて索敵したかったのだが、町中に生えている植物は存外に目立つ。
ここのような土や石の多いところならなおさらだ。
そのため、自分自身の耳と気配を頼りにするしかなかった。
朝日が昇ると、町がざわめき始める。
こうなると、さすがに怪しい音だけを聞き分けるのは難しい。
ハルはバーンが帰って来るのを待つつもりだったが、予定を変更するか悩んでいた。
――その時だ。
扉をノックする音が響いた。
ハルはすぐに警戒する。
ここへ客人が来る可能性は低い。
立地もあるが、何より、バーンは普段酒場にいると聞いていた。
バーンを探してこの家を訪ねるのは、よそ者でしかありえない。
そして、普通のよそ者がこの家に辿りつけるはずがない。
コンコンと二回ノックが鳴ったあと、しばしの静寂に包まれる。
音もなく、扉から剣先が突き出ると、下半分を切り落とした。
白いワンピースのような格好をした女が、屈んで入ってきた。
「魔女が不在のようで、なにより」
ハルの頬を冷や汗が流れる。
目を閉じたままで異様な雰囲気を放ちつつ、剣を鞘に納める女性へ問うた。
「……誰、ですか」
「客人がいるのはわかっているのですが、こちらも仕事なので、目をつむっていただきたく思います」
「誰なのか聞いているんです」
「答える意味がありません。あなたはこれから死ぬんですから」
剣を抜いたのが見えたから、ハルは咄嗟に机を蹴り上げて彼女へ飛ばした。
線が入るように、綺麗に真っ二つに分かれ、片方を蹴り返される。
しかしそれは、ハルへ当たることなく、壁へと激突する。
ハルの狙いは目くらましだった。
すでに懐に入り込んで、剣を持つ右腕を捕まえていた。
「……ほう」
彼女は感心したように言う。
ハルとしては必死だったのだが、向こうにはまだ余裕がありそうだ。
「名前、教えてもらえますか」
「いいでしょう。いいでしょう。私は、弱い人は嫌いですが、あなたのように強い人は大好きです」
女性が剣を持つ手の力を緩めたのを確認して、ハルは手を放す。
納刀すると、女性は鞘でトンと床を突いた。
「魔女狩り第二席、カイと申します。幼い頃に病気になりまして、目がほとんど見えません。剣の腕を磨き、魔女狩りへと入隊致しました。あとは、特に話すことはございません」
「私はハル。冒険者です」
「冒険者……。敵とも味方ともつかない輩ですね。仕事で魔女の護衛ですか?」
「いえ、仕事ではありません。今回はお話に来ただけです」
「話、ですか。ふむ」
カイはあごに手をやり、少し考える仕草をする。
そして、もう一度鞘で床を叩く。
「いいでしょう。あなたも普段は命を張る仕事をしていらっしゃるお方であり、初太刀を見事に見切られました。私との立ち合いを行う相手として、申し分ありません」
「どうしても戦わないといけませんか?」
「黙って死ぬのも、あなたの自由でございますが――」
ハルの首元を狙った斬撃を、少しのけ反って躱す。
カイはそれを見て微笑んだ。
「私のやることは変わりません。目撃者を消し、魔女とその盾を処分する。こちらは魔女狩りなもので」
気乗りはしないが、このままでは動けないファリスを巻き込んでしまう。
「せめて場所を変えることはできませんか」
「敵の提案に乗るほど甘くはございません。広いところでないと、戦えませんか?」
「いえ、そうではなく。家の中で暴れるとバーンさんが困るかなと思って」
それを聞いたカイの動きが止まる。
「どうにも緊張感のない方でございますね。自分が死ぬ可能性を想像できない方のようで」
「いや、その点に関しては、本当に悪いと思うんですけど、負けるところが想像できていないので、その通りというか……」
「それはまた。舐められたもので!」
カイの動きは、先程よりも少し上がっていた。
しかし、まだ太刀筋が見える。
と言うより、抜く瞬間に、どこを狙っているのかが直感的に分かる。
先読みにも等しいその直感で、床に張り付くようにして剣を躱し、振り抜いたあとのがら空きの胴体を蹴り飛ばす。
カイは凄まじい速さで吹き飛び、壁に激しく打ち付けられた。
「あっ、ごめんなさい!」
「……あなた、何者ですか」
カイは口の中の血を吐き出して、そう問う。
「ですから、冒険者ですって。銀のプレートだって持ってますよ」
「違う! 魔女狩りとしての訓練を受けた私には相手の魔力の流れが見えます。今のあなたは、全く魔力を使っていない。それだけの技術をどこで習得したのですか」
「技術ってほどのものじゃないですよ。身体が勝手に反応してるだけです」
冷静に振る舞っていたカイが舌打ちをする。
謙遜したつもりが、かえって逆鱗に触れてしまったようだ。
「本気でいかせていただきます。魔女狩りとしての力を無関係な者へ振るうのは躊躇いがありますが、仕方ありません」
カイが納刀し、体勢を低くして構える。
(これ、居合かな? だったらこうすればいいかな)
どれだけ早い居合術にも必ず予備動作がある。
この状態なら、ハルが踏み込むのと同時に踏み込んで抜刀するだろう。
押さえるべき所はひとつしかなかった。




