試してみてもいいですか
「ここがあたしの家だ」
「かわいいお家ですね」
「そうか? 寝るためだけの場所だぞ?」
扉を開くと、中は外から見るよりも広く感じた。
橙の灯りを放っていたのは不思議な揺らめきをする火の灯ったランプだった。
家具は本棚と、テーブルと椅子もあるが、使った形跡がなく、薄く埃が積もっている。
「ファリスのやつ、まだ帰ってないな。こりゃ朝になるかもしれないな」
「どうします? 待つしかないですよね」
「そうだな……。お前のことをもっと知りたい。マグノリアから聞いたことだけじゃわからないこともあるしな」
「えっと、もう自己紹介はしたはずですが……」
「違う。あたしが興味があるのはお前の中身だ。だからよ――」
バーンが手の平に火球を浮かべる。
「ちょっと外しててくれねえか?」
火球の発光が激しくなり、ハルも耐えられず目を閉じる。
何かが背中から剥がれ、壁の方へ飛んでいった感覚がした。
「な、何を?」
「影の魔女の使い魔だ」
ハルが振り向くと、黒くて薄い影が、窓の隙間から外へ逃げていった。
「え、え? もしかして、私ずっと見張られていたんですか?」
「そうだろうな。まあ、あれもけっこう魔力を喰うから、ついたままってことはまだ成果を得られていないんだろ」
バーンは淡々と言うが、ハルとしては気が気ではない。
そもそも監視しているなんてひと言も言っていなかったし、マグノリアも教えてくれなかった。
成果を得られなかったとは言うが、何を目的についていたのかもわからないのは多少なりとも気持ちが悪い。
「つけたままでも大丈夫なものなんですか?」
「あれに害を与えられるほど強い力はねえよ。今だって強い光で追い払えただろ。場所によっては目や耳が通じないこともあるだろうし、隠れることに特化しているだけで万能じゃない」
逃げた影を追う素振りも見せないまま、バーンは話を続けるためか、目線で椅子に座るよう促す。
ハルが埃を払おうとすると、間髪入れずバーンが椅子の表面を炎で焼き払う。
埃が焼かれ、少し焦げた匂いが辺りに立ち込める。
「ゴミ掃除はこれが一番早い」
「火事になっちゃいますよ!?」
「あたしは火の魔女だぞ? 加減は心得ている」
ついでのように机や床も同様に焼き払う。
ハルが窓を開けて、焦げ臭い白い煙を外へと逃がす。
換気を終えると、部屋の中はすっかり綺麗になっていた。
「さて、話を戻そう。あたしはお前の中身に興味がある。つっても、内臓の話じゃねえぞ? お前は異世界から来たって言ったし、情報の裏はあたしの能力でとれている。だから、その話は信じよう。だが、お前の性格や経歴については何もわかっていない。少し話をして、賢いアホだってことはわかったが、まだ信用するには足りねえ」
「か、賢いアホ……?」
信用と言われても、何を話せばいいのかわからない。
彼女へ教えられることを考えても、ひとつも思い浮かばない。
そもそも、初めからハルは隠し事をしていない。
「どうすればいいんですか?」
「ただお前の中の『文明』を見せてくれたらいい。これは一方的に行使できない魔法でな。相手からの承認がいる」
「どうぞ。面白いかわかりませんが……」
「あたしの魔法単体では文明に触れることはできても見ることはできない。全く知らないものを認識できないのと同じだ。だが、人間を通せば、そいつを通して知らない文明を見られる。探究心を埋めることはあたしにとって一番の喜びなんだ」
「じゃあ、飛行機を知らないのにジェットエンジンはどうやって出てきたんですか?」
「高出力の推進装置を考えるとああなった。本来の使い方もわからなかっただろう?」
「そういえばそうですね」
「――それで、見てもいいのか?」
バーンは目を爛々と輝かせ、わくわくとした表情で聞く。
異世界から来たハルの世界を覗き見たいという気持ちは長い魔女の人生でもそうそうないことなのだから、理解できないこともない。
しかし、見せても大丈夫なのだろうかという気持ちも当然ある。
自分の世界の文明にすごく詳しいというわけではないが、それでもこの世界の文明に比べれば千年単位で先に進んでいるに違いない。
「いいですけど、大丈夫ですか? 行きたいって思っても行けませんよ?」
「おうおう、随分とハードルを上げてくれるじゃないか。さて、了承は得たからな? 見るぞ?」
バーンはハルの背中に手を押し当てる。
それは一瞬のことだった。
ばちん、と弾かれるようにバーンの腕が跳ねあがり、バーン自身も吹き飛ばされた。
派手に戸棚へ突っ込み、バーンは目を見開いたまま、しばらく動かなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、あ、ああ。見た。お前の世界を……。信じられない力だ……」
「今の間に見れたんですか」
「体感時間と、実際の時間は違うから、な。だが、しかし、お前の世界は、とんでもないな」
「どれのことでしょうか」
「戦争の歴史だ。剣や魔法で戦っているのが馬鹿らしくなるほどの文明。お前たちが当たり前のように生活しているそのすぐ傍に、いつ全てが滅びてもおかしくない量の兵器が存在している……」
バーンがショックを受けている理由は、見た物を予想すればなんとなくわかる。
ハルの世界には色んな兵器があることくらい、子供でも知っている。
「お互いに相手よりも強い力を求め続けると、こうなるのか。やはり争いは害しか生まないな」
バーンは立ち上がってローブをはたく。
まだ冷や汗と鳥肌が止まらないようで、椅子に座ってふうとため息をついた。
「見たのは、戦争だけですか?」
「いや、科学全般を見た。だがほとんどはここで再現する必要のない技術だ。歴史についても学びはあったが、あたしにあれらを活かす術がないし、それを知りたかったわけじゃない」
ハルは首を傾げる。
何を知りたかったのか、いまいちわからない。
「――文明を探るにあたって、お前の人生を少しだけ見た。あれだけの文明のある世界でも、腹を刺されたら死ぬことがわかって良かった。あたしはお前が人間かどうかも疑っていたからな。これでお前のことは信用する。しかしあの世界から突然来て、お前がすぐにこの世界に適応できたのはなぜだ。ここは道も舗装されていないし、ライフラインも未熟だし、電子機器もない。全くの未知だったはずだ」
「文明とは無関係のところで、私も生きるためにたくさんがんばったんですよ。それだけです」
向こうにいる時、普通はやらないような訓練もたくさんした。
都市部での活動も、パルクールのおかげで身体の使い方も人よりは上手だ。
何も、機械に生活の全てを支配されているわけではなかった。
「お前の身体能力の高さにも納得がいった。少し鍛えれば砂の魔女に届くかもしれない」
「砂の魔女さんって、触れたもの全て砂に変えてしまうんでしょう? 生身で戦うのは難しいんじゃ……」
「いや、正確には違う。……これは憶測だから『他の魔女の話を明かさない』ってルールには抵触しないから安心しろ。長年の観察から、あいつが超スピードで反応して砂に変えるのは自身に対して悪意のあるものだけだ。だから悪意なく近づけば、あいつの気まぐれにもよるが、すぐには砂には変えられない」
「それは、私に暗殺をしろって言ってるように聞こえますが」
「違う。あたしはあいつを止めてくれたらそれでいい。生死はどうでもいいんだ。そこでお前に頼みたいのは、魔女狩りから対魔女の技術を盗み出してほしい。絶対に砂の魔女に対抗するものを持っている。魔法を無力化できれば、砂の魔女を封印できる。そのあと誰にも知られない場所に封印しておけば、魔女狩りに狩られることもない。あたしはあいつを殺すことなく、厄災のひとつとして封じておきたいのさ」
うーん、とハルは唸る。
魔女狩りから盗むことの難易度が、未だ掴めない。
きっとそこから調べないといけないのだろう。
「協力してもらえるかい?」
「ふたつ返事では答えにくいです。第一に、私に利益がありません」
「なら、あたしが報酬の先払いで何か作ってやろう。簡単なものしかできないが、何かほしいものはないか?」
簡単に言ってくれる。
今すぐに欲しいものはスマホであり、それ以外は特にない。
「火の魔法を使えるようにできますか?」
「そんなのでいいのかい? もっと便利な道具もたくさん用意できるが」
「いいんです。私ここにきて植物の魔法しか使っていませんし、他の魔法にも興味があったんです。あっ、植物の魔法に飽きたってわけじゃないですよ?」
「ふうん、ま、お前がそう言うならいいか。杖持ってるか?」
「はい、ここに」
懐から黒檀の杖を取り出してバーンに渡す。
「こりゃまた頑丈な杖だ。ちょっと待ってな」
バーンは杖の両端を掴む。
すると、その辺りが赤熱し始め、ひび割れるような模様の赤い光が杖の中に伸びていく。
「お前はマグノリアの盾だから、身体に直接火の魔法を使える仕組みを作ることができない。だから、杖の方に細工をする。お前が念じれば自在に火を扱えるだろう。ただ、一日に使える量は限られている。内部の魔力が空になってもひと晩経てばまた使えるだろうが、燃料切れには注意することだな」
杖を返してもらうと、黒い杖に赤いヒビが入って、なんだか格好よくなっていた。
「試してみてもいいですか?」
「なぜここでやっていいと思っている」
たしかに屋内でやるものじゃないか、とハルは杖をしまう。
さっき室内を火で掃除していたのとは違うのかと思っても、それを口に出さないくらいのことはできる。
「とりあえず、今日はもう寝ろ。適当な部屋を使っていい。あたしは寝ないし、ファリスも帰ってこない。気がねすることはないぜ」
「ありがとうございます。休ませていただきます」
ハルは眠れそうな部屋を探して、結局は書斎のような部屋にあったソファに落ち着いた。
知らない場所のベッドは逆に緊張して眠れなくなる。
少し寝にくいくらいがちょうどいいのだ。
横になると、今日あったことを思い出す暇もないまま、あっという間に眠りに落ちていた。




