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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第四章 光なき夜をゆけ
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対価として消費される

「――おっと、話の途中ですまないな。そろそろ時間だ」


つらつらと昔話をしていたバーンがおもむろに立ち上がる。


「お仕事ですか?」

「まあ、仕事みたいなもんだな」


バーンが酒場から出て行くとその後ろにファリスがつく。

そしてその視線はついてくるなと雄弁すぎるほどに語っている。


「あー、お前も来い。見る分には問題ない。勉強にもなるだろ」

「……はい、ご一緒させていただきます」


小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。


バーンとファリスに着いて、歩きながら町の様子を観察していた。

小さな町ではあったが、みんな幸せそうで、活気があった。

ここがバーンの作った町であったなら、彼女にはそういう才能があるということになるだろう。


「今はまだ小さな店が何軒かあるだけだけどよ。そのうちここに冒険者ギルドの支部所を作らせたいんだ」

「ギルドの支部所って、あんまり聞きませんね。たくさんあるんですか?」

「少ない。栄えている町にだけある。冒険者ギルドの資本は人間だから、人がたくさん住んでいないと商売が成り立たない。ギルドの支部所があるってことは、ある程度の発展を認められた証にもなる。それに金の回りも良くなって、町としてはかなり良い循環に入る。炭鉱で働くだけじゃなくて、次の世代にはそういう選択肢も与えてやりてえ。さすがに学問をここで修めるのは立地的に難しいが、パイプも作ってやりたいと思っている」

「すごく考えているんですね」

「まあな。目標は具体的に持っていた方がいい。お前が元の世界へ帰りたいのと同じさ。たどり着く先が決まっていれば、努力の方向性を決めやすいだろ?」

「ははは、そうですね」


実はまだ何も進展していないとも言えず、曖昧に笑ってごまかす。


バーンが向かったのは、仕事で使われている鉱山だった。

人払いをしているのか、炭鉱夫たちの姿は見えない。


「この辺りは町づくりの地盤になったあたしの禁域が薄く広く敷かれている。だからたまに魔力が偏ったところから魔物が現れる。あたしには気配がわかるが、他の人間にはわからない。だから、被害が出る前に駆除するんだ」

「人がいないのは、巻き込まないためですか?」

「いや、助けたことにしないためだ。盾の契約は知ってるだろ? 魔物が出ることを知らなかったら、契約は成立しないからな」


言われてみると、そういう仕組みになっているのはわかる。


「バーンさんって慎重なんですね」

「あたしが特別慎重なわけじゃない。魔女として生き残るには契約を正確に把握して抜け穴を見つける必要がある。それができないやつは全員死んだ。わかるだろ?」

「ああ、裁定者ですか……」

「見たのか?」

「はい。レインさんの時に――」

「あいつがどうやって死んだかまでは聞いてなかったからな。執行者は姿は人の形をしていても、契約そのものだ。話が通じるような様子はなかっただろ」

「そうですね。怖かったです」


そう言うと、ファリスが鼻で笑った。


「戦ってもいない相手を怖いなどと」

「ファリスさん見たことあるんですか?」

「ない。だが、私なら手合わせを願うだろうな」

「そういう感じじゃなかったんですよ!」

「ふん、どうだか。怖気づいただけだろう」


実際に見ていないからそんなことが言えるのだ、とハルが反論しようとした時だ。

地響きが起こった。


「お前ら、来るぞ」


地面が盛り上がり、黒い石炭でできた巨大なゴーレムが現れた。


「あたしの禁域に住むのはゴーレム。かなり強いぞ。戦ってみるか?」

「では、私が」


ファリスが背負っていた短槍を取り出して、構える。


「お前はそこで見ていろ。腰抜け」


ファリスはそう言うと、ゴーレムへ向かって一直線に駆けていく。


ファリスの持っている槍は、手元から後ろに妙な筒状の装備がつけられている。

ハルにはそれが何か、形状から予想できた。

飛行機の羽の下についている装置とよく似ていたからだ。


「ジェットエンジン……?」


ハルの呟きにバーンが意外そうな顔をする。


「わかるのか?」

「いや、たぶん、ですけど」


ゴーレムはファリスを捕まえるかのように、その巨腕を振り回す。

それを跳んで躱すファリスの動きは羽根のように軽かった。


槍をくるくると回し、正面に構えると、柄のロケットが火を噴く。

青白い炎を噴射しながら、ファリスは加速し、やがては地を離れる。


槍とは思えない凄まじい威力で、ゴーレムの胴体に大穴が空き、ファリスはその向こうに突き抜けていた。

倒せたかと思ったところで、ゴーレムの両肩が肥大して破裂し、岩石を飛ばした。


「油断したな、あいつ……」


バーンが呟くとほとんど同時に、ハルは地面に手を押し当て、魔法を使っていた。

太い蔓が網状に素早く伸びて、ゴーレムの飛ばした岩石の粒を捕まえる。


「ファリスさん!」


ファリスは空中で体勢を変え、さらにロケットを噴かせて、今度はゴーレムの頭部を貫いた。

巨体が崩れ、原型を留めないほどの小さな岩の塊へと変わる。

ハルがほっとしたのもつかの間に、ファリスがつかつかと歩み寄ってきて槍の先をハルへ向ける。


「邪魔するな!」

「助けなかったらファリスさん怪我してましたよ」

「していない!」


ファリスは腹を立てた様子のまま、ひとりで帰っていく。


「放っておけ。一回頭に血がのぼると中々冷えない奴だ。夜には自己嫌悪で帰ってくる」

「そうですか……。私、余計なことしてしまったんですかね」

「いや、どう反応したらいいかわからないだけだ。これも勉強だな」


バーンは岩の塊になったゴーレムだったものに手を押し当てる。


「エクスプロジオン」


直後、大爆発が起こる。

ハルは吹き飛ばされそうになりながらも、なんとかこらえた。


「こいつは復活する。まあ、あれでも数年はかかるが、小さくしとけばもっと時間がかかる」

「死なないんですか」

「生き物じゃないからな。鉱石に死の概念はない」


バーンは手をぱんぱんとはらう。

あれだけの爆発だったのに、地形には一切の傷をつけず、あの岩の塊だけを吹き飛ばしていた。


「これで作業を再開できる。帰るか」

「私、何もできませんでした……」

「やっただろ。咄嗟にあれだけのことができれば十分だ。魔法は相手を攻撃するためだけのものじゃない。それよりも、だ。お前、ジェットエンジンのことを知っていたな?」


「知っているって言ってもそんな、仕組みとかは全然わかりませんよ」

「知っていることがおかしいんだ。この世界にはないものだからな。お前の世界の文明か」

「どういう意味ですか?」


「あたしは火の魔女だから、文明を読み取れる。だが、ひどく断片的でな。あれが凄まじい出力のある装置であることはわかるが、元々は何に使われているものなのかわからないんだ」

「それでも、作れるんですね」

「魔法は仕組みだけ作れば再現できる。それで、答えはどうなんだ?」


「私の世界のもの、でしょうね。たぶん」

「なんで自信ないんだ」

「私が知っているのはあんなに小さいものではないので。それに、元々は飛行機についているんですよ」

「飛行機?」

「空を飛ぶ乗り物です」

「ああ、なるほどな。空を飛ぶためにあれだけのパワーが必要なわけだ」


バーンは納得したように頷く。


「お前、このこと他人に言うなよ? まだこの世界に持ち込んでいい技術じゃない。文明が進歩しすぎてしまう」

「言いませんし、できません。私は学生ですし、専門家ではありませんから。進歩しすぎるとダメなんですか?」


「人が人の手で進めていく分には構わない。だが、外部から文明を進めてはならない。世界の多様性は人の命よりも重いものだ。お前の世界にある機械や化学の文明をそのまま持ち込んでも同じ発展を遂げるとは限らないが、その可能性は少しでも減らしたい。あのジェットエンジンも、盗まれて分解したところで再現できるようには作っていない。あたしの魔力でしか作動しないものさ」


多様性と言われてもいまいちピンと来ないが、この世界にはこの世界の遂げる未来があるはずということだろう。


「あたしが文明を読み取って再現する魔法を使うのは、あくまで自分のためだけだ。元々魔女はそういうもの。たとえ目の前で病に苦しむ人間がいても、それを治す薬がこの世界にないのなら使わない」

「もどかしい問題ですね」

「……ああ、本当にもどかしい問題だ。伝わってくれて嬉しいよ」


バーンは複雑そうに笑った。

彼女はきっと人間が好きなのだが、そのためにできることは限られている。


だから、もどかしい。

魔女の力を全て使えたら、この町はすぐにでも世界有数の力を手に入れられるはずなのだ。

魔女と契約していない一般人にハルの世界の文明である銃や爆弾、地雷や戦車で武装させるとどうなるか。


ハルの世界の歴史を思い返せば、戦争が起こることは簡単に想像できる。

ここには魔力があるのだから、あんな人を殺すためだけの兵器はなくていい。


「私も、バーンさんの考えに従います。まあ、そもそも他の人に私のことを話すつもりはなかったんですけどね。信じてもらえると思いませんし」

「それにしちゃあ、茶会だとやけにあっさりと素性を晒したじゃないか」

「聞ける時には聞いた方がいいって、友人に習っているので」

「そうか。あれは良い判断だ。あの場にいた魔女はもう誰もお前に手出しできなくなった」

「……? なぜですか?」


「他の世界と繋がりを持っているってのは、それに類似する能力のある魔女からすると、自分の能力への理解を深める滅多にないチャンスだからだ。実際、あたしのように他の世界と繋がりがあっても、向こうの世界のことはほとんどわからない」

「そうなんですか。でもそれって他の魔女さんたちの力が強くなっていくってことですよね? 大丈夫なんですか?」

「根本的に勘違いしてるぜ。魔女同士は基本的に争わない。それこそ、お前らがやったレインとガーネットも、他の魔女とだったら争って死ぬということもなかっただろう」


それを聞いて、少し落ち込む。

向こうから接触してきたとはいえ、ハルがいなければ起こらなかったことも事実だ。


「魔女が力を蓄えるのは、それ以上の存在に対抗するためだ。今は砂の魔女だな。抑止力で済むほど相手が賢くない以上、衝突は避けられない」

「盾だけで戦わないといけないって言ってましたよね。私とファリスさんと、あと誰がいるんですか?」

「いない。シャドウのとこのは戦う気がないし、他の奴らは盾を契約していない。この後誰か増えるかもしれないが、お前らふたりで何とかするしかないと考えておく方がいいだろうな」

「重荷ですね……」

「ハッ。お前、たまに思ってもいないこと言ってるだろ。バレてるぞ」

「そんなことありませんよ。……あの、話は変わるんですが」

「何だ?」


彼女の魔法を聞いてひとつ、思いついたことがあった。


「スマホ――スマートフォンを作ることはできませんか?」

「スマホというのは、あのこれくらいの大きさのやつか」


バーンが手の平サイズの長方形を表す。


「そうですそうです! 私のスマホがもし作れたら、私の世界と通信ができるかと思いまして」

「できないことはない。だが、魔女に頼み事をしちゃいけねえってマグノリアに言われてなかったのか?」

「それは、たしかに……」

「魔女が人間の願いを叶える時ってのは、だいたい碌でもない交換条件を押しつけてくる。足元を見てくるわけだからな。それと、対価なしに物を与えることはできない。お前はその『スマホ』の対価に何を払える?」

「うーん、そうですねえ……」


もしもスマホが使えるものであるなら、その重要性は高い。

ツミキと連絡がとれたら、元の世界に戻る方法もすぐに見つけられる気がする。


「たとえば、どれくらいのことだと見合いますか?」

「お前の中での『スマホ』の重要度による。それ以下のことはいくらやっても対価として機能しない」

「調べられますか?」

「右手を出せ」


バーンがハルの手首を握る。


「――異世界との通信可能な道具か。信じられないほど貴重な品物だな。これなら『脅威度の高い魔女狩りをひとり殺す』くらいか」

「人を殺すのはちょっと……」

「お前なあ、手段を選べる立場じゃねえだろ。あと、殺すってのは例えだ。最終的に生殺与奪の権を握っていればいい。簡単に言えば、全く抵抗できないよう捕えられたら同じ位の価値になるだろうな」


「じゃあ、それでいきたいと思います。でも脅威度ってどうやったらわかるんですか?」

「魔女を殺せるくらいの強さがあるかどうか、じゃないか? ガーネットをやったやつくらいなら、脅威度が高いって言えるだろ」

「ちなみに、捕まえた魔女狩りさんってどうなるんですか?」

「対価として消費される。死ぬわけじゃないが、何にしても必要なんだろ? スマホが」

「……はい。わかりました。がんばります」


人を殺してまで欲しいか、と言われたら我慢するが、バーンの口ぶりからはどうもそんな様子ではない。

だったら、細かいことは後から聞けばいい。

もしも不釣り合いだと感じるようなことなら、その場で断ろうと考えた。


バーンと共に作業場の再開を確認し、町へ戻っていると、もう日が暮れ始めていた。

砂の魔女への対抗策を考えるのは、バーンとマグノリアの仕事だ。

しかし、それを実行するのはハルとファリスだ。

話に参加することはできずとも、きちんと聞いておかなければならない。


バーンは昼間とは違って酒場へは向かわず、そのまま町中の路地へと入っていく。

日が落ちるとほとんど何も見えない狭い路地の奥の小屋の窓から、橙色の灯りが漏れ出ていた。


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