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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第四章 光なき夜をゆけ
34/84

最強の盾

炭鉱の町、ブラックロス。

どことなく、穏やかな風と香ばしい匂いが立ち込めている。


町の外観が見え始める前に、ハルには炭鉱の掘削の音が聞こえた。

道の周囲は木が生えているが、そのすぐ後ろは岩山のようになっており、そこかしこから人の気配がする。

雰囲気から察するに働いている炭鉱夫がかなりの数いるようだ。


町へ入ると、外で感じた通り、活気に溢れた町だった。

煤で汚れたシャツを着た体格のいい男たちが休憩しているのが見える。

他には気性の荒らそうな女性たちが、この町の食糧であろう大きな瓜を洗ったり、井戸の近くで洗濯をしたりしている。


さて、バーンはどこにいるのだろうと辺りを見回していると、家屋の立ち並んでいる通りから、これまた恰幅の良い女性が手招きをしてハルを呼んだ。


「あっ、こんにちは」

「こんにちは。あんた、バーンに会いに来たのかい?」

「え、どうしてわかるんですか?」

「この町に来る人間はだいたいそうさ。あの人なら昼間は酒場にいるよ。ほれ、あそこにあるだろう」


指さす先に、一軒の酒場が確かにある。

しかし窓から客らしき人影は見えず、扉も閉じていてまだ開店しているようには見えない。


「あたしらに気を使って誰もいない時間にあそこで入り浸ってるのさ。夜になれば仕事終わりの男たちでいっぱいになるからねえ」

「いつもですか?」

「たいていはね。酒を飲んでもアルコールが飛んでしまってたいして酔えないんだと。それでも飲むのはよっぽど好きなんだろうねえ」


アルコールが飛ぶ理由は、火の魔女だからだろうか。


「ありがとうございます。行ってみます」


ハルは一礼して、女性と別れ、教えてもらった酒場に向かう。

こげ茶色の木材で造られた古びた酒場に入ると、埃っぽい匂いと嗅ぎなれないアルコールの匂いが鼻をついた。


奥の席で、見覚えのある赤い髪の魔女が窓の外を見てグラスを傾けていた。

室内が仄暗いせいもあり、日の光が照らして、神々しさと共に物憂げな表情から儚さも感じる。


「バーンさ――――」


声をかけようとした時、背後から腕を掴まれてひねり上げられる。

入り口には火の魔女の盾、ファリスが立っていた。


「いたたたた!」

「貴様、まずは謁見の許可を得てからにしろ」


ファリスの視線は明らかに敵意があった。

まだ嫌われたままなのか、とハルは少し残念がる。


「すみません。作法をよく知らなくて」

「そもそも貴様はこの町に足を踏み入れるな。盾の恥さらしめ」


そう言われて、ハルもムッとする。


「恥はさらしていないつもりですが」

「最低限の知識もない魔女の盾というだけで恥だろう」

「それは、まだ、教えてもらえてないから……」

「ふん、習うつもりもないくせに」


本当に嫌われているようだ。

力を緩める様子のないファリスをどうやって説得しようか考えていると、突然、グラスが飛んできてファリスの頭部に直撃する。

血とガラスの破片が派手に飛び散り、ハルは驚きで言葉を失った。


「おい! てめ、客人に何してんだ?」

「申し訳ございません」


ファリスはそれだけ言うと、ハルを解放して持ち場に戻った。

視線は相変わらずハルを睨み続けている。


「悪いな。そいつ今お前の腕へし折るつもりだったみたいだったからよ。おう、こっち座れよ。相席は嫌か?」

「……いえ、失礼します」


雰囲気に飲まれながらも向かいの席に座ると、頭部から出血したままのファリスが嫌そうな顔をしながら水をハルの前に差し出す。

彼女の内心はさておき、扱いだけは敵から客人にランクアップしたことを感じる。


「今日は話をしにきたんだよな。ゆっくりしていけよ。ファリスのことは気にするな。こいつはいつもこうだ」

「そうなんですか……」


そうは言ってもあまりに暴力的な場面にハルは引いたままだ。


「――あたしは魔女狩りの『狩り』と遭遇するのは時間の問題だと思っている」

「狩りですか? そう簡単に狩れるとは思えませんが……」

「簡単だったらとっくに魔女は全滅してるぜ。ただ、長い時間をかけて対抗手段を編み出したとは考えられるだろ」

「魔法を封じる手段を見つけた、とかですか」


「それに近いことだろうな。ガーネットの件から考えるに、すでに何人かはやられていると思ってもいい」

「え……?」

「茶会に来てなかった連中はすでに死んでいるものとして話している。狩りはすでに始まっている可能性が高い」


バーンはいたって真剣な顔をして言う。

冗談を言っているのではないことはわかるが、ハルにはとても信じられない。

レインもガーネットも人が武器を持って戦って勝てる相手だとは思えない。

そもそもガーネットもグレゴリが消耗させてようやく手が届いたくらいの魔女だったはずだ。


それくらいに力の差があるのなら、魔女と対面して勝てる理屈が思いつかない。


「もしそうなら、バーンさんも危ないんじゃないですか?」

「まあな。あたしの場合は住んでる場所も隠してないし、後回しにはなるだろうが、いずれは来るだろう。ある程度の敵ならファリスでも倒せるが、数が多いと無理かもしれない。だから、お前をマグノリアに借りた。ファリスと顔合わせもさせておきたかったしな」

「借りたって、そんな人を物みたいに」

「安心しろ。ちゃんとマグノリアも来ている。町には入って来ないがな。いざとなればお前だけは守るはずだ」


「バーンさんたちも守ってもらえるように頼みましょうよ」

「バカ言うな。自分のことは自分でやるのが魔女ってもんだ。お前に頼みたいのはあたしらがやられた後、魔女に匹敵する戦力を持つ魔女狩りを覚えて逃げることだ。最後にひとりでも残っていれば魔女は滅びない」


ひとりでも残っていれば魔女という種は残るという話だろうか。

しかしそれはあまりにも個人をないがしろにしている気がする。


「――いいんですか?」


ハルに聞けるのはそれだけだった。

分からないから聞くのではなく、確認の意図を持って聞いた。


「後手にはなるが、狙われるなんて考えもしなかったあたしらの落ち度だ。仕方がない」

「仕方がないって……」

「あー、たぶん、お前とあたしらに認識の違いがあるな。基本的に、魔女は眠りにつくことを恐れていない。眠りはいつか目覚めるもの。数年、数十年、数百年。何年眠るにしたって、本人からしてみれば一瞬には違いない」

「でも、死ぬかもしれないでしょう?」

「魔女が死亡する条件は裁定のみだ。我々はルールを守っている限り、命を保証されている。ずるいと思うか?」


バーンがハルの反応を伺うように言う。


「いえ。これだけ魔女と契約の話をしたんですから、何か厳しい条件の元で成立しているのでしょう? それに私は不死に憧れがあるわけではありません」

「へえ。理由は?」

「死ぬのが怖いから、できることもあると思うからです」

「なるほど、なるほど。面白いことを言う。ファリスと真逆だな」


バーンがからかうような視線を送ると、ファリスは目を伏せて淡々と言う。


「私もすでに死を恐れてはいませんが、不死であれば、私はバーンさまの盾であり続けることができ、無限の鍛錬を続けることも可能です。さすれば、最強の盾となることができます」

「最強の盾、ねえ……」


バーンは物憂げな表情をして、窓の外に目をやる。


「あたしはあんたにそんなもの目指してほしいなんて言った覚えはないよ」

「しかし、私には恩義があります。与えていただいたこの場所を、易々と渡すわけには参りません」

「命と居場所、天秤にかけるにはあまりに質の違うものだが、今のお前なら命さえ無事なら何でもできるだろう」

「そのようなことを仰らないでください。私の居場所はバーンさまのお傍だけです」


ふたりの会話を聞きながら、ハルはふたりが互いのことをよく知っていることに感心していた。


「おふたりはどれくらいの付き合いになるんですか?」


ハルが聞くと、ファリスが嫌そうな顔をして、バーンはけらけらと笑った。


「あー、どれくらい、かあ。十年? 二十年? それくらいだな」

「ファリスさんが子供のころから一緒にいるんですか?」

「子供……。まあ、そうだな。クソガキだったこいつを拾ったのが始まりだったか」

「バーンさま!」


ファリスが声を上げるも、バーンが手で制する。


「少しくらい昔話してもいいだろ。他に話す相手もいないんだからよ」


そう言って、バーンは酒を口につけ、ゆっくりと話し始めた。


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