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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第四章 光なき夜をゆけ
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心臓をもらい受けるぞ

獣の魔女ビストは、茶会から帰ると、ぐったりと床に寝転んだ。

他人と話すのは疲れる。

ビストの聴覚や嗅覚は通常の人間の何倍も研ぎ澄まされており、他人が近くにいるだけで、神経を張り詰めざるを得ないほどだ。


だから、こうしてたったひとりの小屋に帰ってきた時だけは、安心して警戒を解ける。

自分の他には野生動物しかいない僻地であるため、耳をそばだてる必要がない。


砂の魔女にしろ、魔女狩りにしろ、自分には全く縁のない話だ。

全体の流れを把握するために茶会には出席しているが、今回も特に得るものはなかった。


マグノリアが何か仕掛けようとしているようだが、それもやはり、自分には関係がない。

あの盾の少女は面白いものを感じたが、次の茶会まで生きているとは思えない。

もう会うこともないだろう。


どれほど時間が経っただろうか、いつの間にか眠っていた。

起きてすぐ、僅かに違和感を覚えた。

匂いか、音か。

正体はわからないが、いつもと違う。


極めて慎重に、ビストは小屋の中を観察する。

物の配置が変わっている様子はないし、誰かが侵入したような形跡もない。

ということは、中ではなく、外だ。


扉を開き、しばらくは外からは見えない位置から周囲を伺う。

やはりその周辺にも何かがいる様子はない。


しかし、直感は明らかに異常を伝えている。

これが気のせいであるとは思えない。


「まさかな……」


そう独りごちるのも無理はない。

ここは通常の人間には辿りつけない断崖絶壁に囲まれた陸の孤島だ。

周囲はビストの禁域であり、侵入者があれば人であれ動物であれ、自動的に魔物が襲うようになっている。


ビストの使役する魔物は通常サイズのオオカミたちだ。

言語を必要としない群れでのチームワークは人間のそれを軽く凌駕する。


ビストの覚えていた違和感は、そのオオカミたちの気配がまるでないことだった。

禁域内の魔物は魔力が続く限り発生し続ける。

全滅することはありえない。


考えられる原因は、魔力の供給が断たれていることくらいだ。

しかし、そのためにはまずビストの小屋を禁域から切り離さなくてはならない。

地割れでも起きないかぎり、物理的に不可能だ。


そう思って周囲の魔力の流れを探る。

次の瞬間、ビストは咄嗟に屈んだ。

理由などない。

本能的な反応だった。


銀の槍が、丸めた背を掠めた。

反射的に、その槍の持ち主めがけて爪を振り回す。

姿は目に見えない。

しかし、掠った感触がした。


致命傷は与えられていないが、何かがそこにいることだけはわかった。

間髪入れず、ビストは魔力を込めて大きく吠える。

その音圧は大木をなぎ倒し、周囲に存在するものを全て放射状に吹き飛ばす。


透明な人の形をしたものが、岩にぶつかって、うめき声をあげた。


「姿を見せろ。貴様の匂いはもう覚えた。逃げられんぞ」

「流石は魔女さまだァ。確実に仕留めたはずだったんだが」


透明な膜が剥がれ、銀の槍を持った青年が現れた。


「魔女狩りか」

「その質問意味あんのか? 状況見たら分かるだろ」

「どうやってここに来た?」

「これから死ぬやつに教えても仕方ないだろ」

「ならばせめて名乗るがいい。墓くらいは作ってやる」


彼は笑う。

まるで小馬鹿にしたように、嘲り笑った。


「魔女狩り第三位、シグマだ。お前を狩りに来た」

「勝てるとでも?」

「やってみなけりゃわからんさ」


槍の構えは堂々としたものだ。

罠や囮の気配もない。

ビストも彼に集中したかったが、それよりも周囲の魔力の流れが途切れていることが気になっていた。


「おれは閉じ込められているのか?」

「よくお分かりで。魔力の流れは断ち切られている。俺を殺せば出られる」

「じゃあ、すぐに出られるな」


ビストは跳ねる。

素早く左右に大きくステップして、目標へ向かう。

人間の目であれば、数瞬前の残像が見えるほどの速さだ。


「視えてるぜ」


ビストの突進に、槍の穂先が完全に噛み合う。

咄嗟に回避行動をとりつつ、槍をへし折るために腕を振り下ろす。


「――なんだと!?」


銀の槍は、傷ひとつつかなかった。

魔力そのものを弾くような性質を感じた。


「禁域も同じようにして封じたのか!」

「魔力に関する研究は俺たちの方が上だったな。魔女なんて地位に胡坐かいてるからだぜ」

「我々は研究者ではない」

「お前らなんて所詮欲望に負けた弱い魔術師にすぎないって話だろ」


ビストの目には、槍の動きは確かに視えていた。

しかし、身体がついていかない。

さっきの接触で、何かの異常が身体に起こっているのは間違いなかった。


槍が胴を貫く。

意識だけがゆっくりと、その負傷を認識する。


「何が、起こっている……」

「魔女狩りはお前らを研究し尽くしている。老害は引退しろ。心臓をもらい受けるぞ」

「やめ、ろ……」


全く体に力が入らず、指先すらも動かない。

されるがまま、口を無理矢理に開かされ、奥歯の大きな牙を力任せに抜きとられる。


「これが獣の魔女の心臓か」


牙を抜かれたビストの意識は、薄らいでいく。

心臓を抜かれた魔女は、強制的に意識不明の仮死状態に陥る。

戻してくれる誰かがいなければ、永遠にそのままだ。


(……ガーネットは、心臓を盾に託したのか)


最期になり、ようやく気がつく。

今まで人間となれ合わず、魔法で結晶人へと変えてきた彼女がどうして急に盾を作ったのか。

魔女狩りの噂を聞きつけ、自分がやられた時のことを考えていたのだろう。


性格が悪いからこそ、他人の企みにも敏感になる。

人間の醜さを熟知しているからこそ、卑劣な手を想像できる。


ビストは自分の人間への理解が足りなかったことを思い知った。

魔女狩りはすでに魔女を調べ尽くしている。

所詮人間だと思っていたことが、今度は所詮魔女だと言われるようになるのだろう。


ビストは眠りに落ちていく。


いくらなんでもタイミングが良すぎる。

茶会から帰ってきたところを狙われたのは間違いない。

しかし、時期はいつも曖昧で、それこそ魔女でしか知り得ないはずだ。


間違いなく、裏切った魔女がいる。

そう考えて、可笑しくなる。


(裏切ると言えるほど、我々は繋がりを強固にしていないな)


実のところ、眠りにつくこと自体はあまりショックではなかった。

少し悔しい気持ちはあるが、起きていることにあまり強い執着はない。

長く生き過ぎたと言われたらそれもそうだろうと納得できるくらいだ。


他の魔女は魔女狩りとどう対峙するのだろう。

次にもし目が覚めることがあれば、茶会で聞いてみたいものだ。


そうしているうちにビストの意識は完全に沈み、やがて眠った。


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