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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第四章 光なき夜をゆけ
31/84

すな



「私、知らないことばかりで……」

「マグノリアは何の説明もしなかったのか。――いや、しないか。やつはそこまで他人の面倒は見ないな」

「今知ってることも、ほとんど色んな人から聞いたことの寄せ集めなんです。きちんとした歴史とか、他の魔女さんのこととか、知らないことがたくさんあります」

「それで砂の魔女を? しかし、おれは正確に説明ができない」

「シャドウさんは、どうなんですか?」


シャドウも困った顔をする。


「これは知っていると思うのだけれど、私たちは他の魔女の説明に慣れていないわ。普段は罰の対象になる話題だもの。知っていて当然の話を説明するのは、すごく難しいことなのよ。だから、もっと質問を具体的にしてもらえると助かるわ。砂の魔女の何を知りたいのかしら?」

「えっと、おふたりが嫌っているようなので、その理由をまずは……」


踏み込みすぎたかと少し躊躇いつつも言うと、シャドウは特に言い淀むことなく答えた。


「嫌う理由ねえ。それも説明が難しいのよね。まず、魔女になる条件についてはご存知?」

「いえ、知りません」

「魔女はね、悪魔と契約することで魔女としての力を得るの。永遠に近い命とか、特定の自然現象に干渉する強い魔力とかね。その時の条件がいくつかあって、簡単に言えば、力をもらう代わりにたくさんの規則を押しつけられて、破ったら罰と裁定があるってところね。ここにいる魔女も、いない魔女も、みんなその条件に関しては平等だったの。でも、そこに砂の魔女カースが現れた」


魔女の規則が抗えないものであることはレインの一件で理解できている。

シャドウの言っていることは正しいはずだ。


「砂の魔女カースは、特別──いえ、特殊だった。魔女になるつもりはなかったでしょうに、条件を偶然満たしてしまって、魔女になった。でも、経緯はどうであれ、規則は適用されるはず。皆そう思っていたわ。でも、規則には大きな抜け道があったの」


シャドウはひと呼吸空けて説明を続ける。


「――魔女の契約の最も基本的な条件は、認識することなの。例えば魔女の盾だったらまず魔女が『命を助ける』と認識した上で助けること。そして助けられた側が『自分が魔女に命を助けられた』と認識することね。魔女が無自覚であったり、救われた人が救われたと思っていなかったら、盾の契約書は出現しないの」


ハルは自分が魔女の盾になった時のことを思い出した。

確かにマグノリアに説明を受けてから契約書が出現した。


「その理の裏をついているのが砂の魔女で、彼女は魔女になりながら、魔女の規則を認識できていない。自分が魔女の力を使っているということすらも自覚していないの。今、世間で広まっている魔女の悪名のほとんどは彼女のせいよ。魔女狩りだって彼女のために結成されたようなものね」

「えっと、それって要するに、カースさんには魔女の規則が適用されないから、何をしても罰がつかないってことですか?」

「そういうこと。規則を破ったという自覚がないと、罰が機能しない。よって、何をしても、執行が行われない」

「そんなの、どうにかしないと大変なことに――」

「なったのよ。大変なことにね」


シャドウがため息をつく。

交代するようにしてビストが言う。


「昔、カースとマグノリアが表の世界で殺し合いをしたことがある」


表の世界とはきっと外のことだろう。

ここが外とは違う空間であることくらい、ハルにも分かる。


「マグノリアさんが殺し合いなんて、イメージできませんが」

「初めから殺そうとしたわけではない。マグノリアも温和な性格だしな。カースを止めようとして、結果的にそうなっただけのことだ。レインの時と同じくな」

「……どっちも生きてるってことは、引き分けだったんですか?」


ビストは難しい顔をする。


「そう簡単な話ではない。マグノリアでも、カースに直接手を出せば罰がつく。しかし、罰にも僅かな抜け道がある。彼女はそれを利用した」

「罰の抜け道?」

「罰がひとつつくまでの間、ふたつ目はつかないということだ。違反を行って罰がつくまでに数秒あることは知っているだろう? あの時間だけなら、我々はカースと同じ条件で魔法を行使できる。しかし、思いついても早々できることではない。それに、数秒で小さな魔法を連発してもカース相手には無意味だ」


理論上は可能、くらいの話なのだろう。


「その数秒で、マグノリアさんは何をしたんですか?」

「アレは言葉で表せるようなものではなかった。まさに天変地異と言う他ない。表の世界で、今お前たちが住んでいる大陸は、全てマグノリアとカースの魔法の衝突によって出来上がった大地だ。マグノリアの植物と、カースの万物を砂に変える魔法が、津波のように衝突し合い、元々あった海を埋め尽くした」


そういえば、ハルもこの世界の地図をいくつか見たが、まだ海は見ていない。

ここが小さな島か大陸かどうかなんて考えもしなかった。

たったの数秒で陸地ができるなど、ハルには想像もできない規模の戦いがあったのだろう。


マグノリアが一目置かれているのは、みんなの様子からもよくわかる。

彼女に不可能なら、他の者にもできるはずがないのだ。


「あの戦いを知覚できたのは、おれを含めて特殊な第六感を持つ何人かだけだろう。誰も口には出していないが、あれから砂の魔女と直接事を構えることはなくなった。彼女の存在を黙認するしかなくなった状況は、彼女に屈したとも言えるが、実際のところ他に手がないのだ」

「あら、あなたが知らないだけで、裏で動いている人がいるかもしれないわよ?」


シャドウが含みのある笑みを浮かべて言う。


「……何でもするがいいさ。おれの所へ砂の魔女が来た時には、世界はもう全て枯れ果てている時だろうからな」

「ビストさんはどこに住んでいるんですか?」


ハルの何気ない質問に、ビストは眉をひそめた。


「言うはずがないだろう。所在を公開している方がどうかしている」

「近くに寄った時に立ち寄りたいなあって思ったんですけど……」

「おれは他人となれ合う気はない。禁域に誰の匂いも持ち込ませるつもりもない」


ビストはきっぱりと言う。

しかしその言い草から、ハルは彼女が孤島か、もしくは徒歩でたどり着くことが困難なところに住んでいることを予想した。


「――他に聞きたいことは?」


ビストに言われて考えるも、ハルからしてみれば砂の魔女の話を聞けただけで十分だった。

それに、影の魔女に加えて獣の魔女という心強い味方もできた、と思いたい。


「次のお茶会までに、質問を考えておきます。色々教えてくださって、ありがとうございました」

「そうか。だが次の茶会までにこの中の何人が残っているのか、わからんぞ」

「それもそうね。私は生き残るつもりだけれど、あの人たちはわからないわね」


魔女狩りの優先対象が有害な魔女であるなら、人間に危害を加える人から順番に襲われるに違いないのは、ハルも思っていた。

今のところ、ここにいる中だと、星の魔女スピカと蟲の魔女フォニュートリアはかなり怪しい。

会話の内容は冗談かもしれないが、他に人間を襲うようなことを話している魔女がいない。


「ハル、マグノリアが呼んでいるわよ。いってらっしゃい」


そう言われてマグノリアの方を見ると、話を終えたのか、こちらをじっと見ていた。

ハルはふたりに一礼して、マグノリアの方へ戻る。


「もうお開きですか?」

「いや、バーンと会う約束となった。茶会が終わり次第、こいつの住む町へ向かう」

「あっ、そうなんですね。よろしくお願いします」


ハルが挨拶をすると、バーンが首を傾げる。


「なんで会うのかは聞かないのか?」

「まあ、会うと決まったのなら、聞いても仕方ないので」

「変なやつだな。あたしは婆さんと協定を結ぶことにした。砂の魔女だけじゃなくて魔女狩りなんて外敵も増えてきたことだ。魔女の中で誰かと手を結んでおいた方がいいってところで概ね意見が一致した。負けるつもりは全くないが、人知れず狩られるのが一番ダサいからな」

「確かに、誰にも知られずに捕まるのが一番まずいですね。助けにもいけませんから」

「助けに来いとは言ってねえよ」


バーンは乱暴そうに見えて、状況をよく見て判断ができるタイプのようだ。

ガーネットが捕まったことで、一定の危機感も抱いている。

ハルの勘では信用していい人だと思えた。


「マグノリアさんも一緒に行くんですか?」

「儂はこの大陸内ならどこにでもすぐに移動できる。道中で話し相手くらいにはなってやるが、一緒に歩きはしない」

「心強いです」

「……お前らそれでいいのか?」


バーンがまた不思議そうな顔をしている。

傍目から見ると変な関係なのだろう。


ハルにはいつもマグノリアから見守ってもらっている感覚がある。

つまりは、今回もいつもと同じということだ。


「バーンさんの所って遠いんですか?」

「あたしの町へは冒険者ギルドで聞けば地図をもらえるはずだ。普通に人の行き交いがある町だからな」

「わかりました。では、あとで場所の確認をしておきます」

「おう。じゃ、茶会が終わったらまた――――」


バーンの言葉が止まる。

同時に、テーブルの一番端に、ひとりの魔女の姿が見えた。


その瞬間の、魔女たちの動きは、ハルでさえ目で追うのがやっとなくらいに早かった。


火の魔女バーンは火の矢を放った。

星の魔女スピカは煌めきの粒を放った。

獣の魔女ビストは口から凄まじい衝撃波を放った。

蟲の魔女フォニュートリアは無数の羽虫を放った。

影の魔女シャドウは影でできた槍を放った。


全てが同時に、姿の詳細を確認することができなかった者へと襲い掛かり、ぶつかる直前、魔法が全て砂の粒になって、辺りに柔らかく散った。


「……さらさら」


そこに座っていたのは、外見は十歳くらいの少女だった。

赤いマントのようなフードをすっぽりと被っており、その隙間から灰色の長い髪が垂れている。

瞳は黄金で、その視線はどこにも向いていないような不気味さがある。

しかし、皆の視線や表情、先程の魔法から、彼女が砂の魔女であることは、ハルにも分かった。


「どの面さげてここにいやがる!」


バーンが吠えるも、彼女へは聞こえていないようだ。

手元にできたひと山の砂を握ったり開いたりして触っている。


「マグノリア!」

「呼ばぬわけにもいくまい。あれも一応は魔女なのだ」

「チッ!」


バーンが荒々しく席に座り直す。

明らかに苛々としているが、この場ではどうすることもできない歯痒さ故だろう。


「あの、砂の魔女さん、なんですよね……?」


ハルがマグノリアに問うと、ゆっくりと頷いた。


「砂の魔女カース。感覚器官の鈍さ故に魔女の規則が通用しない異端者だ」

「お話は、どうでしょうか」

「やってみるといい」


許可が出たため、ハルはカースへ歩み寄り、目線を合わせるようにして屈む。


「えっと、こんにちは」

「…………」


ハルの声は届いていないようで、カースは手遊びを続けている。


「カースちゃんは砂が好きなの?」

「すな……」

「うん。すな」


砂粒を指さしてコミュニケーションを試みる。

カースはしばらく砂を見て考えた様子を見せて、答える。


「きらい」

「どうして?」

「……わからない」


友人のツミキに習ったことがある。

きっと頭に浮かんだことをうまく言葉にできないのだろう。

彼女は脳内での情報の処理が苦手なのかもしれない。


カースはすでにハルに対する興味を失っているようで、今度はテーブルを撫で始めた。

すると、すぐにテーブルが全て砂に変わってしまった。

上に乗っていた茶器や皿が音を立てて地面に転がる。

触れた物を全て砂に変える魔法。

そして、会話のできない存在。


「あれと対話はできない。分かったか?」


マグノリアに言われて、ハルは無力感に唇を噛みしめながら諦めて踵を返す。

すると、今度は腕を掴まれた。

脳裏に体が砂になるイメージが沸く。


「あ――」

「問題ない」


砂になったのはカース自身だった。

白銀の砂の山がそこに残っていた。


「ここでは誰も殺せない。魔法は全て自分に返る。とは言っても、死ぬわけではない。これはお前が描いたイメージが反映されただけだ。ただの強制退去だ」


さっき全員が躊躇なく襲ったのも、それで済むなら攻撃したいと思ったからなのだろうか。


「あれだけ見境なく魔法を使ってくるやつを野放しにしておけないのはあたしたちだって同じだ。魔女狩りだけに任せておけない」


バーンは赤い髪を逆立て、憤りを隠さずに言う。


「でも、あの人を止める方法があるんですか?」

「あるにはある。っていうか、お前らだ」


バーンはハルとファリスを交互に指さした。


「は?」

「へ?」


ふたりしてきょとんとしていると、バーンが当たり前のように言う。


「魔女の盾は魔女相手の抑止力を育てるための存在でもあんだよ。言ってなかったか? つーか、契約書に書いてあったろ。ふたりとも読んでねえのか」


視界の外でシャドウがくすくすと笑っているのが聞こえる。

やけに魔女の盾に対する魔女の制約が緩いとは思っていたのだ。

一度ちゃんと読み返した方が良さそうだ。


「その辺含めて後日詰める。マグノリア、どうする? もう終わるか?」

「そうさね。卓も壊されてしまったことだ。今日はこれくらいにしておこうか。何か言うことのある者はいるか?」


一同に声をかけるも、名乗り出る魔女はいない。

星の魔女や蟲の魔女とはもう少し話をしたかったが、彼女たちはハルに対してさほど興味を持っていないようだった。

次に出会った時にはもう少し興味を持ってもらえるだろうか。


終わりそうな雰囲気になった時、ハルは大事なことを思い出した。


「あっ、あの! すみません! 私からひとつだけ皆さんにお伺いしたい大切なことがありました!」


もはや本日の主役と言わんばかりの主張っぷりであるが、恥や外聞は捨て置かなければならない問題がひとつあった。


「私、別の世界から来たんですけど、戻り方を知ってる方いませんか!?」


ここのところ忙しすぎて忘れかけていた。

住めば都と言うが、元の世界に戻る方法を探すことが、優先順位から外れかけていた。


ハルの告白を聞いても、流石の魔女たちだ。

動じている様子はなく、各々が記憶の中を探るようにして、空中に視線を泳がせている。


「別の、世界?」


スピカがあごに指を当てて考えている素振りを見せる。


「スピカ、少しだけなら分かるかも。あんまり上手に説明できないけど」

「何でもいいです。教えてください。手がかりが何もないんです」

「えっとねえ。まず、この世界と別の世界はたくさんあってえ。透明なボールみたいな感じなんだけど、重なったり、隣にあったりするの。スピカが人間さんの願いを叶える時に重なっている世界から物を取り出したりしたことはあるよ。でも、こっちからお出かけできたり、向こうから来たりって話は聞いたことないなあ」

「その魔法を使ったら、行くことってできないんですか?」

「うーん、生き物を送ったことないんだよねえ。それにスピカは人間さんの願いでないと魔法が使えないから、ハルちゃんが願わないとできないの。それでも、ハルちゃんのいた世界を選んで飛ばすことは難しいかも」

「私が願えば、チャンスはあるってことですか」

「ダメよ。スピカ、まだ死にたくないもの。マグノリアちゃんを敵に回したらどうなるか、ここにいる魔女はみんな分かってる。ハルちゃんのお願いは聞いてあげられない」

「そうですか……」

「スピカの予想だけど、たぶん、ハルちゃんがここに来たことを最初に知った人が、戻り方も知っているんじゃないかな。その瞬間には絶対この世界にはない理が発生しているはずだし、一度発生した理は消えない。利用されないように隠蔽されてるはず、だけど――――」


スピカはマグノリアを見る。


「マグノリアちゃんが言わないなら、スピカたちには調べられない。あの人が知っている証拠もないけど、可能性は一番あるから」


会話を聞いているはずだが、マグノリアは何も言わないし、反応をしなかった。


「知ってると思うけど、マグノリアちゃんは口が堅いから、自然に喋るまで待つしかないんじゃないかしら?」

「わかりました。ありがとうございます」


マグノリアが何か知っているのなら、がむしゃらに調べて回る必要はなさそうだ。

目の前のことを順番にこなしていくしかない。

とにかく、元の世界に帰るまでは死ねない。


「……話は終わったか?」


マグノリアが話したのはそのひと言だけだった。

それからは、全てが眩い光が包まれ、気がつくと、ハルはマグノリアと共に、部屋の中に戻っていた。


「先に聞いておきたいんですけど、教えてくれる機会ってありますか?」

「……今は何も言えない」


ハルは肩を落としたものの、身近に知っている人がいるだけ良かったと気を取り直し、茶会に行く前まで使っていた自分の食器を洗いに向かった。

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