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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第四章 光なき夜をゆけ
30/84

茶会がある


「――茶会がある」


ある日の昼下がり、突然マグノリアに言われ、ハルは手にしたティーカップをソーサーに戻す。

石の魔女の一件から一か月が経過していた。

あれから魔女狩りの噂も耳にすることはなく、休息がてら冒険者ギルドで町から出る必要のない小さな仕事をいくつかこなし、ここ十日ほどはのんびりと過ごしていた。

グレゴリは先週の内に野暮用で少し出かけると言って、それからは姿を見ていない。


「お茶会って、誰が、誰と、ですか?」

「儂ら魔女の茶会だ。魔女の盾一名の同行まで認められている」

「他の魔女さんとの顔合わせ、ですか」


想像しただけで背中を冷たい汗が伝う。


「どうせ半分もいやしないさね。元々一年に一度開かれているが、ほとんどはここ数十年顔を出していない。だが今年は色々とあった。情報交換もした方がいいだろう」

「情報交換ってできるんですか? 他の魔女の話をしたらペナルティが……」

「茶会中は全ての制限が撤廃される。何でも話せる場として重要なのだ」


それを聞いて、すぐに魔女同士の殺し合いが頭に浮かぶ。


「……喧嘩にならないんですか?」

「なるさね。それでも問題ない。茶会中は魔法で危害を加えることができない」

「ええ……」

「まあ、お前が思っているほど皆バカじゃない。いや、皆ではないな。ほとんどは理性を持って話すことを目的として参加している。それに、茶会で暴れて多少の鬱憤を晴らしても、根本的な解決にはならない」


それはそうだろうが、友好的な関係を築けていると思えるのが影の魔女シャドウだけである現状を省みると、他の魔女と会うのが果たして良いことなのかすらわからない。


「話の主題はレインさんとガーネットさんのこと、ですよね」

「あとは魔女狩りだが、他にあるか?」

「私が関わりすぎているもので気が向かなくて」


ふたりともハルに関わったから去ることになったようなものだ。

他の魔女も敵に回していると考えるのが自然だろう。


「嫌なら無理に出ることはない」

「いえ、向こうのことも知りたいので、出たいです。でも、緊張するというか、何というか」

「怖いか」

「今の私には魔女狩りと同じくらい怖いです」

「向こうもそうだろうよ。だから話すのだ」


言われてみればそうかもしれないが、まだ相手のことを考えられるほどのゆとりを持っていない。


「茶会の報せはすでに送っている。あとは待つだけだ」

「……えっと? どこかの町に集まって話すのではなくて?」

「そんな面倒なことをするか」


突如、玄関の扉が光り始めた。

ふちにそって、光が流れるように扉を囲い、やがて白い光で扉の木の板が完全に見えなくなる。


「ここから先は行くのも自由、戻るのも自由だ。魔女は自分の入り口しか通れないから、逃げ帰っても追われる心配はない」


竦む足に気合を入れるため、両頬をパンと叩く。


「……行きます!」

「そう力むな。余計なことを言わないようにだけ気をつければいい。以前雨の魔女に掻き回された時のことを根に持っている奴もいるだろうからな」

「はい!」


光をくぐると、どこかの森の中のような場所に出た。

そこが妙に非現実的だったのは、空の色が赤みがかっていて、森から生き物の声が何もしなかったからだ。


少し歩くと、開けた土地に木製の大きなテーブルと、それを囲うようにして、ひとつひとつ違ったデザインの椅子があった。

そしてそこには、すでに五人が座っていた。


「おせーよ、婆さん」


そう言ったのは、赤い髪の女性だった。

燃えるような赤い髪をしていて、肌は少し黒っぽく、粗野で怖い印象を受ける。

その椅子の後ろでは、短い金髪の凛々しい女性が、槍を携えてまるで人形のように静かに直立している。

彼女はハルのように魔女の盾なのだろう。


「このうるさいのは火の魔女バーンだ。後ろのは盾のファリス。こう見えてバーンは真面目なやつだ。茶会には必ず出席している」

「おい、余計なことを喋ってんじゃねえよ。もう始めるんなら席につけ」

「お前へ向けて言ったのではない」

「うるせえっつってんだ。席につけ」


火の魔女バーンはまるで爆ぜる直前であるかのように金属がこすれ合ったかのような火花を散らす。

マグノリアがやれやれと言った様子で木製の椅子へ座る。


ハルからすれば一触即発の雰囲気だが、誰も気に留めていない様子だ。


他の魔女へ目を向けると、みんな見た目は様々だが、きちんと静かに席に座っている。

盾を連れているのはマグノリアとバーンだけで、ハルへ向けて親しみのこもった笑顔を向けているシャドウですら、ここへはひとりで来ているようだった。


「儂を入れて六人か。よく集まってくれた。これより茶会を開催する。それに当たって、皆に新顔を紹介しなければならない。此度、儂の盾となったハルだ」


マグノリアの紹介に、何か言わねばと思うも、視線が気になって何も言えず、ハルは軽く会釈をするにとどまった。


「お前たちも知っての通り、雨の魔女と石の魔女の死に関わっている」

「次は誰を狙っているの? 皆が気にしているわ」


腕が六本あり、細身で背の高い魔女が嘲笑気味に言う。


「蟲の魔女フォニュートリア。それは単なる結果にすぎない。膠着状態が続いていたところに、何も知らない者が入ったのだ。事が起こるのは必然であろう」

「えー? 私からしたら、あなたが仕掛けたようにしか見えないのだけれど」

「儂が今更、お前たちをどうにかしようとすると思うか?」

「それはそうかもしれないけどー」


不満そうにフォニュートリアは言う。


「今度はスピカが質問してもいい?」


別の席に座っていた魔女が手を上げる。

夜空のように細かい粒が煌めく長い髪と、まるで輝いているように見える変わった瞳をしている。


「話す前に自己紹介するわね。スピカは星の魔女スピカ。普段は人間さんたちのお願いを叶えてあげる仕事をしているの。よろしくね」


彼女はそう言って温和な笑みを浮かべる。

もしかすると仲良くできそうかも、ときがゆるんだのが伝わったのか、火の魔女バーンが口を挟む。


「騙されてんじゃねえよ。そいつ、人間を破滅させるのが好きな変態だからな」

「バーンちゃんひどい!」

「本当だろ。今年だけで何人自殺に追い込んだ?」

「スピカわかんない。願いを叶えた人間さんはお星さまになるのよ?」


ほらな、とでも言いたげな顔で、バーンがこちらを見る。

確かに同じ言葉を喋っているが話が通じていないことはわかる。

ハルは何も言えず、ただ愛想笑いをした。


「スピカが聞きたいのは、ガーネットちゃんを仮死に追い込んだ方法なんだけど、どうやったの? あの子は魔女の中でも一番守りに優れていたわ。並大抵のことじゃ汚れひとつつけられないわよ?」

「……戦いに疲れたガーネットさんを、魔女狩りが矢で貫いたことだけが事実です」

「そっかー」


ここにいないグレゴリの話をするわけにもいかない。

もしかしたら彼女たちも存在を知っているかもしれないが、嘘をついていると思われても、名前は出さないことに決めている。


「獣の魔女ビスト、お前は何か聞きたいことはあるか?」

「ない。おれは呼ばれたから来ただけだ。終わったら帰る」


獣の魔女ビストは、身体のほとんどを灰色の毛で覆われた獣人で、狼のような見た目をしている。

この中で誰よりもハルに反応しておらず、ただ腕を組んで悠然と座っていた。


「ならば、あとはシャドウだけだが――」

「私もいいわ。今聞きたいことはないし、顔見知りだし。もちろん、個人的にはお話したいことはたくさんあるのだけれど、禁域の場所も知っているから後でも十分できるわ」


全身真っ黒な衣装を着た影の魔女シャドウ。

友好的なのは分かるのだが、彼女もまだ、何か得体のしれない部分がある。

まるで影そのもののように、掴みどころがない。


「私からもよろしいですか」


バーンの後ろに立っていたファリスが口を開いた。

その口調は刺々しく、すでに敵意に満ちていることが分かる。


「マグノリアさまほどの方が、なぜそのような小娘を盾に選んだのですか」


視線は鋭く、ハルに向けられている。

ハルも、今までの短いやり取りで値踏みされているのだろうということは感じていたが、どうやら彼女の目には、明らかにこの場に不相応であると映っているようだ。


「……お前には関係のない話だよ」

「偉大なる魔女の盾であることを誇りに思う私だからこそ、疑問に思うのです。ぜひお聞かせ願いたい」

「逆に問おう。盾に選んだ理由が分からないか?」

「率直に申し上げます。私には分かりません」


そう答えたファリスを、火の魔女バーンが睨む。


「てめえ、何がしてえんだ?」

「申し訳ございません。しかし、我慢できず……」

「ちげえよ。あれ見て何でわかんねえのかって聞いてんだ」

「……何のことでしょう」


バーンが、呆れ半分苛立ち半分といったような表情をする。


「だから一生半人前なんだよてめえは。あの小娘は『気の練り』が一般人とは別次元だろ。生まれてからずっと鍛錬を欠かさなかったやつの領域だ。魔女の加護でもなく、自分の五体に一番の信頼を置いてんのがわかんねえのか? この場においても他人に守ってもらおうって甘えが一切ねえ。だからいつでも逃げられるよう気を張ってんだろ」

「しかし、盾が逃げることを想定しているのは……」

「今必要なことか考えて発言しろ」


バーンがそう言うと、ファリスは黙った。

黙ったが、口は真一文字で、目はギラギラとハルを睨んでいる。


ある程度嫌われることは分かっていたが、まさか同じ立場であるはずの魔女の盾にまで嫌われるとは思っていなかった。

彼女の頑固そうな口ぶりや視線から、僅かな恐怖を感じずにはいられない。


「悪いな、マグノリア。うちのバカが絡んでよ」

「よい。これも刺激になる」

「つっても、まあ、いいやつを見つけたな。今度は死なせるなよ」


そう言われると、マグノリアは黙って視線をそらした。

長い間魔女をやっていれば、前任がいたこともあるだろう。

しかしそれをわざわざつつくようなことをするということは、特別な何かがあったに違いない。


「聞きたそうな顔してんぞ? 婆さん、もしかしてそいつに何も話してねえのか?」


マグノリアはハルの顔を見て、ため息をつく。


「話す気はない。こいつには関係のない話だからな」

「好奇心があるなら聞くべきだろ。お前、何百年も生きてるマグノリアの、盾の二代目なんだぜ」

「二代目って……」


人間の寿命は短い。

魔女の盾がスムーズに入れ代わりをしていけば、もっとたくさんいるはずだ。


「最初の魔女の盾が死んだ時、こいつはすげえ落ち込んだんだよ。自分のせいだっつってな。それがようやく次の魔女の盾を雇うって考えたんだから、あたしたちもお前のことが気になるのさ。なんせ、今までのこいつは何を言っても張り合いがなかったからな。今みたいに言い返すこともなかった」


バーンは本当に嬉しそうに言った。

張り合いがあったころのマグノリアがどうだったのか、ハルも少し気になる。


「ともかく、悪い話ばかりじゃなかったってことだな。ようやく茶会に出た意味ができたぜ」

「お前はこういう話をしている時が最も楽しそうに見える」

「当たり前だろ。変化を楽しめねえそこに座ってるぼんくらどもとはちげえんだよ」


他の魔女たちはマグノリアとバーンの会話は聞いていなかったようで、各々の話をしている。

興味がなくて聞いていないのか、もっと重要な話をしているのか。

ハルが星の魔女と蟲の魔女の会話に耳を澄ませると『一番美味しい人間の感情』という言葉が聞こえたため、どの道ろくなことではないと判断して、意識を向けるのを辞めた。


しかし、こう盛り上がっているように見えてくると、端の席で皆が話している様子をただ眺めているだけのシャドウが気になってきた。

会話に混ざりたいようにも見えるが、かといって話すようなこともないような、まるでいつも教室の隅にいる同じクラスの子のような雰囲気だ。


マグノリアとバーンの会話が弾み始めたので、ハルはそっと離れてシャドウの元へ行く。


「こんにちは。お久しぶりです」

「あら、わざわざ話しかけにきてくれたの?」

「はい。ペンダント、ありがたく使わせていただいています」

「あら、それは良かったわ。宵闇は名刀なのよ?」

「グレゴリさんに教えてもらいました。人を傷つけずに戦えるのは本当にありがたいです」


そう言うと、シャドウは笑顔のままかぶりを振る。


「それは違うわ。傷つけていないわけじゃない。ただ、血が出ないところを切っているだけよ。その認識をきちんとしないと、いつか大きなミスをするわよ」

「……そっか。心を切っているようなものですもんね。ありがとうございます。気をつけます」

「素直でいいわね。あの人たちとは大違い」


シャドウは他の魔女に目をやる。

ハルからすれば皆十分に正直で素直に見えるのだが、彼女には違って見えるのだろう。


「あっ、その、ガーネットさんの件なんですけど……」

「仕方ないわ。あとは私の盾も手伝ってくれるし、自力で残りの欠片を集めて竜を完成させるつもりよ。彼女も魔女なんだもの。いついなくなってもおかしくなかったわ」

「そういうもの、ですか」

「助けに行かないのかって顔をしているわね。先に言っておくけど、行かないわ。私は私の目的があって、そこに彼女の存在は含まれていないから」


確かに、竜の模型を完成させること自体に、ガーネットの存在は関係がない。

いてもいなくても同じことだ。


少し冷たさを感じて、ハルはしょんぼりとうな垂れる。


「そんな顔をしないで。きっとガーネットも私に助けられることを望んでいないわ。それは借りを作ることになるから」

「借りを作ると大変ですもんね……」

「何か思い当たることがあるのね。だったら、ガーネットが私との間に上下関係を作りたくないことは理解できるわよね? どうしても助けたいのなら、あなたが行ってみたらどうかしら?」

「私もそう考えたんですけど、グレゴリさんのことがあるので、少し慎重になってるんです」

「ああ、魔女狩りになりたいって言っていたわね。あなたとの関係が明るみに出ると彼にとっては不利になるでしょうね」

「そうなんです。ガーネットさんとの戦いの時、私は近くにはいなかったので、まだグレゴリさんとの関係は向こうには伝わっていないと、思いたいんですが……」

「自信がないってところね。そういう時は胸を張っていた方がいいわよ。心配しても知られたことはなくならないのだから。あなたはあなたのやるべきことをやればいいのよ。その結果、グレゴリと対峙することになったとしても、それはその時考えればいいんじゃない?」

「そうなりたくないんですよ。だから困ってるんです」

「いざとなったら宵闇で切ってしまったらいいのよ」

「さっきと言ってること違くないですか!?」

「いざとなったらよ。私の盾のカルマだって同じことをすると思うわ」

「あの人はいざとなってなくてもやりそうです」

「確かに。だから頼りがいがあるのだけど」


シャドウはクスクスと笑う。


「あなたが落ち込んでいないか心配だったのだけど、元気そうでよかったわ。カルマは興味がないって言っていたけれど、今日は来て良かった」

「え、ええ。私も、会えてよかったです。次は直接会いたいですね」

「いいえ、それは遠慮するわ。他人と会うのは一年に一度くらいがちょうどいいの」

「そうですか……」

「ちょっとした豆知識なのだけれど、簡単な見分け方があるわ。森の中に住んでいる魔女は人間が嫌いで、町に住んでいる魔女は人間が好きなの。そういうものよ」


好きにも色々と種類があるだろう。

しかし、ガーネットも人が好きだったのだろうか。

人を結晶にして操っていたのも、好きの裏返しだったのか。


そう思うと、ハルはまだ彼女を嫌いになれずにいた。

やり方だけは許容できないが、例え全員を操ってでも安心して人間と共に暮らしたいという気持ちを暗に感じてしまう。


「……やつは、人間を食い物にはしていなかった。それだけは確かだ」


それまで黙っていたビストが口を開く。


「ビストさん、聞いてらしたの?」


シャドウが聞くと、ビストは鼻を鳴らす。


「お前らが大きな声で話すからだ」

「そんなに大きい声じゃないわよ。あの人たちに比べたら」


他の四人はまだ盛り上がっているようで、こちらの会話の内容に意識を向けていない様子だ。


「おれはお前らみたいに人間と魔女の確執には興味がない。だが、ひとりの魔女として、ガーネットに思うことがないわけではない」

「随分遠まわしに喋るのね。素直に寂しいって言えばいいじゃない」

「魔女と言えど生き物はいつか死ぬものだ。それに、ガーネットはまだ死んでいない。間違えるな」

「はいはい。まあ、あの人たちみたいに色んな難しいことを考えていないのは私も同じよ」


シャドウが言うと、ビストは鼻息をフンと吹いた?


「お前の場合は竜に固執しているだけだろう」

「竜に固執ね。夢中と言ってくれないかしら? 私はそんなに頑なになっているわけじゃないから」

「どちらでも構わない。おれにとっては同じことだ。しかし、竜と魔女の対立を煽ったことは忘れるな」

「それ、私じゃないもの。そもそも私は竜側よ。あの人が勝手に戦いを仕掛けたんでしょ」

「砂の魔女カースを止められなかったおれたちにも責任はある」

「個人と全体をごちゃ混ぜにして話さないでくれる? 私は知りません」


シャドウはぴしゃりと言った。

会話についていけていなかったハルは、おずおずと質問をする。


「……あの、すみません。砂の魔女さん、とはどのような方ですか?」

「砂の魔女を知らないのか!?」


決して表情を崩さなかったビストが、分かりやすいほどに驚きの感情を面に出す。

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