レインと申します
ハルがマグノリアに連れられて訪れたのは、大きな町だった。
ヨーロッパのような街並みで、石造りの家屋が立ち並んでいる。
周囲はぐるりと高い石壁で覆われているが、見張りはそれほど多くない様子だった。
「ここが町ですか!」
「そうだよ。グラスネスという町だ。儂の庭から最も近く、ギルドもある」
「ところでマグノリアさんはその姿で町に入ってもいいのですか?」
「構わん。どうせ皆知っている」
「なるほど」
あれから一か月ほどをかけてハルはこの世界の常識を叩きこまれた。
とはいえ、ほとんどは右から入って左に抜けた。
昔から、興味のあることしか覚えられないのだから、仕方がない。
粗相をしない程度のことは、なんとなくの理解をしたつもりだ。
マグノリアが道を歩いていても、気に留める人はほとんどいない。
本当に皆が慣れているようだった。
しかし、ギルド会館と呼ばれる場所に入った時だけは、事情が違った。
直前まで賑わっていた館内が一気に静まり返り、全ての人の注目がマグノリアに向けられているのを感じた。
ハルもドキドキしながら、マグノリアについて受付へと向かう。
気の弱そうな受付嬢が、どもりながら対応をする。
「な、何の御用でしょうか」
「冒険者の登録をしてもらいたくてね」
「マグノリアさまを、でしょうか」
「いや、儂が今更ここで何をするというのかね。こっちだよ」
そう言われて突然紹介されて、ハルは驚いて立ちすくんだ。
「失礼ですが、どういうご関係でしょうか?」
「孫娘だよ」
「ま、孫!?」
受付の女性も驚いている。
ハルはマグノリアの孫という設定になっている。
それが一番自然で詮索もされないと、彼女が言うからだ。
しかし、周囲の目がさらに険しくなったのを感じて、ハルは今すぐにでも逃げ出したくなった。
「はじめまして。ハルと申します」
「あ、ああ、はじめまして。では、本日は、ハルさまのご登録ということで……」
「そうです。おばあさまにはお帰り願うので、ご心配なく」
周囲の空気に耐えきれず、ハルはマグノリアの方へ視線を向ける。
しばらく周りの反応を伺ったあと、彼女はフンと鼻を鳴らして、ギルド会館から出て行った。
その瞬間、皆が安堵の空気に包まれる。
「……ここだけの話、マグノリアさんって怖い人なんですか?」
ハルが小声で聞くと、受付の女性が苦笑いをする。
「そう、ですね。目の前にすると、緊張してしまって……」
ハルは彼女と暮らしていてもあまりそういう重圧は感じなかったが、それは人それぞれ違うだろうから、何とも言えない。
受付の女性はコホンと咳払いをひとつすると、一度奥へ引っ込んだ。
そして、今度はもっと落ち着いた雰囲気の女性が奥から出てきた。
先程と大きく違うのは、彼女は両手に目立つ白い手袋をしていたことだろうか。
さっきの女性よりももっと偉い役職の人なのかもしれない。
「お初にお目にかかります、ハルさま。冒険者としての登録をご希望とのことでしたが、鑑定はお済みでしょうか?」
「いえ、ここでしてもらえると聞いたので」
「わかりました。まずは鑑定の方から行いましょう。どうぞ、そちらの机の方へ」
ギルドには能力鑑定というものがあると習った。
個人の能力が成績みたいに見られるものと聞いた。
そこで冒険者としてのランクを決められるのだ。
しかし、ハルの知っていることはこれだけで、それ以上の詳しいことはよく知らない。
「ではまず、鑑定板の上に手を置いてください」
鑑定板、と呼ばれたそれは、灰色の円盤で表面に謎の文字が彫ってある。
ハルが手を置くと、淡い水色に光って、円盤の文字がいくつか光る。
「もう大丈夫ですよ」
そう言われて放すと、光っている文字を女性が眺めて、何かにメモを取っている。
「どうだったんですか?」
「ええと、生命力C、筋力A、持久力B、魔力D、素早さC、運Dですので、平均すると上位に入るくらいでしょうか」
「けっこういいですね」
「そうですね。マグノリアさんのお孫さんなのに魔力がDなのは気になりますけど……」
「仕方ないじゃないですか。人には持って生まれた才能ってものがありますから」
「それもそうですね。失礼しました。では、この情報で冒険者登録を行います。完成しましたらお呼びしますので、しばらくお待ちください」
ハルは待っている間、会館の中を見て回ることにした。
依頼の張り紙には、魔物の退治や商人の護衛、薬草の採取など想像していたようなものが並んでいる。
冒険者には銅、銀、金とランクがあり、そのランクによって受けられる依頼の内容が変わってくるのだが、貢献度や能力が高ければすぐにランクは上がるそうだ。
ハルはとりあえずここで金のランクまでいかなければならない。
マグノリアとの約束で、そこまでいって初めてスタート地点だと言われた。
なかなかやる気の沸く言葉だと思った。
マグノリアからは選別として一輪の花を受け取っている。
アマリリスというらしいが、どういう花なのかはよく知らない。
マグノリアは『おしゃべり』という意味だと言っていた。
ぼーっと考え事をしながらうろうろしていると、鎧を着た男に話しかけられた。
「おい、そこのお嬢ちゃん」
「はい?」
「これから冒険者になるんだろ。俺たちのパーティに入れてやろうか?」
彼はにやにやとしてそう言う。
入れてやろうかという言葉がしっくりこなかったハルは頭を振る。
「いえ、けっこうです。なんか怪しいので」
「怪しくねえだろ。なあ、どうせ右も左もわかんねえんだろ? ちょうど俺たちのパーティにひとり分の空きがあってな。どうだ?」
「そうですね……。ちなみに、あなたのランクは?」
「俺は銀だ。他のやつらもそうだぜ」
「でしたら、やはりお断りします。私、銅の人と一緒にやりたいんです」
「銅同士でパーティなんか組んだらすぐ全滅するぜ」
「じゃあ、私が銀だらけのところに入るメリットはなんですか?」
「そりゃ、あのマグノリアの孫を入れたってなりゃ俺らの知名度も――」
「そうでしょうと思ったので、お断りさせていただきます」
ハルはきっぱりと断って、名前を呼ばれるのを待つ。
変な肩書きのせいで絡まれることもあるかもしれないが、これくらいならまだなんとか躱せる。
都会育ちは変な勧誘には強いのだ。
しばらくすると、受付から名前を呼ばれた。
なんだか病院みたいだな、と思いながらハルは受付へ向かう。
「これが、冒険者の登録書になります」
女性が差し出したのは、手の平ほどの大きさのプラスチックみたいなカードだった。
診察券を豪華にしたような感じだ。
文字も一応習ったが、そうすぐ読めるようにはならない。
何が書いてあるかわからないが、これを出せば身分の証明になるのならそれ以上のことはない。
ハルは背負った茶色のリュックにしまう。
これはマグノリアに頼み込んで作ってもらったものだ。
イメージを伝えれば、けっこう魔法でどうにでもできるらしい。
実物とは少し異なり、ポケットも少ないが、それでも使っているうちに愛着がわいてきた。
とにかく、移動する時に持ち運ぶものが多いため、背負う袋は必須だった。
それにリュックだとひったくりにも会いにくいらしい。
「こちらが、銅の冒険者プレートとなります。再発行にはお金がかかるので、どういう形でも身に着けておくことをおすすめします」
今度は小さなキーホルダーくらいのサイズのプレートを手渡される。
両端に穴の空いた細長いプレートに文字が刻印されている。
「ここに書いてあるの、私の名前ですか?」
「そうですよ。もしもハルさまが死亡した時に、プレートだけでも残っていれば、身元の確認ができますから」
「死亡って、そんな物騒な」
「冗談ではありませんよ? あなたは冒険者になりにきたのですよね?」
女性の目つきが険しくなる。
どうやら本当の話らしい。
「ちなみに、他の銅ランクの方って、誰ですか?」
「それはこちらではお答えできません。個人情報に関わることなので。ハルさまはこれから依頼を受注なさると思いますが、仕事場で一緒になった方とパーティを組むのが一般的です。ここであらかじめ仲間探しをされる方は珍しいですね」
「そういうものなんですね」
「ええ。こちらとしても、トラブルの原因になるので推奨しておりません」
マウント取りのようなことだろうか。
さっきのように、経験のある者が初心者を勧誘してやっているという態度が、後でトラブルになるのだろう。
「わかりました。とりあえず、私は依頼を受注して、仕事をすればいいのですね?」
「そうです。依頼主からの完了の報告を受けて、こちらで報酬をお支払いします」
「それだと、依頼の完了から支払われるまでに時間が空くってことですか?」
「そうなりますね。こちらも確認をしてからでないと、完了の証明を出せないので」
「なるほど。わかりました。ありがとうございます」
お礼を言って、今度は依頼書が貼ってあるボードへ向かう。
一応は場所によって難易度が別れているようだ。
初心者向けのものは同じ個所に固められている。
「薬草摘み、庭の手入れ、部屋の掃除……」
簡単な単語から文章を読み取って内容をなんとなく把握する。
要するに雑用か、とハルは自身の中で解釈して、その中で一番興味の引かれるものを探す。
「落とし物を探しています……?」
指輪の落とし物で、報酬は銀貨三枚。
銀貨一枚はだいたい千円分くらいらしいので、三千円ということになる。
どれくらい時間のかかる仕事かわからないが、最初なのでこれくらいから始めようと決めた。
「すみません、これ、お願いします」
ハルが受付に依頼書を持っていくと、笑顔で判子を押してくれた。
「依頼者の方へはこちらから連絡をとりますので、明日の朝、またここへおこしください。個室で依頼内容や報酬の相談などを行います」
「じゃあ、私はとりあえず今日はもう帰っていいんですか?」
「はい。明日に備えて十分に休息をとってください。慣れたら流れも覚えられますよ。がんばってください」
彼女に応援されて、ハルは爽やかな気持ちで会館を後にする。
――さて、問題がひとつある。
ハルは一文無しだ。
泊るところもない。
つまり、これから、マグノリアの家まで帰らなければならないのだ。
これも鍛錬の一環らしい。
片道一時間ほどだと思えば、通学と大差ないような気もする。
しかしあの森の中を一時間だ。
舗装された道を一時間とはわけが違う。
暗くなる前に帰路につくことにして、ハルは帰り始める。
町を出てしばらくすると、後ろから話しかけられた。
「おい、待てよ」
「はい?」
振り返ると、先程会館でパーティに勧誘してきた男が仲間を連れて立っていた。
「マグノリアのお孫さんよ。いくらなんでも落とし物探しなんてしょぼい依頼受けるのはどうかと思うぜ」
「そんなの、私の勝手じゃないですか。それに困っている人がいるなら、受ける意味はあると思いますが」
「俺たちと来て、盗賊とか魔物とかぶっ殺して回った方が絶対気持ちいいぜ? 今からでも遅くねえからこっちにこいよ」
「嫌です。あと、そういう雰囲気のところにいたくありません」
「おい、状況分かってんのか? 痛い目には会いたくないだろ?」
男の仲間のふたりが、ハルを囲んだ。
逃げ場を塞がれて、ハルは困った顔をする。
「どうしたいんですか?」
「多少無理矢理でも、俺たちのパーティに箔をつけてえんだよ」
男の平手打ちが、ハルへ迫る。
ハルは少しだけ後ろに下がってそれを躱した。
「てめえ、避けたな?」
「やめましょうよ。意味ないですよ、こんなの」
ハルは穏便に、彼らに暴力はやめてほしかったが、その態度が余計に火をつけてしまったようだった。
まだ町は近く、このままここで大声を上げればトラブルを止めに来てもらえるだろうが、恨みを長引かせたくない。
喧嘩を一瞬で済ませられる方法を考える。
ハルは咄嗟にマグノリアに習った魔法を使った。
指先で円を描いて、小さな木の葉を発生させて、彼らに投げつける。
「……は?」
「今の私にできる精一杯です」
「ふざけやがって!」
「ふざけてませんよ。今のは毒草です。すぐに洗わないとかぶれますよ」
これは毒でも何でもない。
完全な嘘だ。
しかし、もしもを考えると、平気ではいられないだろう。
彼らは青ざめた顔ですぐに走り去った。
すぐにばれる嘘だが、とりあえずここは何とかなった。
昔、ツミキに嘘のつき方を学んだ成果がここに出ている。
親友に感謝しつつ、ハルは帰路につこうとした。
すると、また呼び止められた。
「あ、あの、すみません」
おずおずと話しかけてきたのは、ハルよりも小柄な紺色の髪をした女の子だ。
気が弱そうで、意を決して話しかけてきたようだった。
さすがに先程の柄の悪い男たちに比べると、ハルの警戒心はいくらか薄れた。
しかしまだ、あの後ろからついてきたのだろうと思うと、安心はできない。
「はい?」
「実は、ボクも同じ依頼を受けたいのですが……」
「同じ依頼って言っても、落とし物探しですよ?」
「はい。でも、ボクはあなたに興味があって……」
「私が花の魔女の関係者ですからですか?」
「そうです。実はボクもそうで」
「えっ、あなたも魔女の盾なんですか?」
「いえ、ボクは魔女です。雨の魔女、レインと申します」
レインはぎこちない笑みを浮かべて、そう言った。




