どうでしょう
「――ッ!」
アルヴィンが額を抑えて動きを止めた。
「痛がるフリですか?」
「お前俺のことなんだと……。向こうの勝負がついたらしい。お前の言う通り、竜狩りの方が強かったようだ」
グレゴリが石の魔女を倒した。
ハルにとって喜ばしいことであるかどうかもわからないが、とにかく、これでもう戦う必要はなくなった。
それからすぐに、ふたりの元へグレゴリが走ってきた。
「すぐにここを立ち去れ。事情は後で説明する。時間がない」
「わかりました。アルヴィンさんは?」
アルヴィンはかぶりを振る。
「俺はガーネットの傍を離れるわけにいかない。盾だからな」
アルヴィンも戸惑っているようだが、やるべきことはしっかりと考えているようだった。
そこへ、グレゴリがひと粒の宝石を渡す。
「これを預かった。意図はわからないが、お前が持っておいた方がいいだろう」
「あ? あー、なるほどな」
ひと目見ただけで、それが何を意味しているか理解したようだ。
「心臓をお前に託したということは、余程信頼されたんだな。俺から礼を言っておく。あいつも少しは……」
言いかけて、アルヴィンはやめた。
それを言葉にすることは彼の主義とは違うのだろう。
アルヴィンは黙って町の方角を見つめる。
何か危機が迫っていることは、彼も理解している様子だった。
「俺はお前らとはもう一緒には行かない。すぐにグラスネスへ帰れ。依頼は受け取り人不在で失敗したことにして俺は荷台と共に行方不明にしろ」
「これからどうするんですか?」
「生きていれば、まだできることはある」
そう言って、彼は森の中へ消えた。
ハルはグレゴリと顔を見合わせ、今はとにかくここを離れることを優先することにして、山の方へと向かった。
アルヴィンは町から少し離れたところで高い木の上に登った。
向こうからはこちらを見つけられず、町の様子を伺えるところだ。
ガーネットからはもしも負けることがあったら、身を隠すよう指示が出ていた。
魔女狩りと言えど、魔女を完全に消滅させられるような技術は持っていない。
何らかの方法で封印するのだろうと、ガーネットは予測していた。
ガーネットは広場の真ん中で、胸の中心を銀の太い矢で貫かれ、その全身を深紅の結晶で包んでいた。
恐らくはとてつもなく重く硬い性質の結晶で、簡単には運べないようにしているのだろう。
あれに反撃するような効果はなく、まさしく最後の抵抗と呼ぶにふさわしい状況だ。
一時間ほどすると、白いローブを着た集団がわらわらと集まってきた。
魔力の流れを見るに、魔法学校の出身者か、手伝いの学生だろう。
(……気に食わねえな)
魔女の捕獲は初めてのはずだが、まるで歴史的快挙を成したような様子が見て取れない。
もっと喜ぶべきものではないのか。
彼らはガーネットには近づかず、周囲から観察していたようだったが、やがてひとりの男が彼らを下がらせてガーネットに近づいた。
(ありゃ、学長か?)
姿はローブで隠れている。
ここからでは顔を見られないが、あの運河のごとき魔力は見紛うことはない。
(魔女狩りと学校は手を組んでんのか)
考えてみれば当たり前のことだ。
今も尚、魔法界の悩みの種である魔女という存在を、学校がただ見守っているだけなはずがない。
魔女狩りのルーツも恐らくは卒業生だろう。
もっとも、アルヴィンの在学中には噂すら耳にしなかったほどの徹底した機密ぶりだったが。
それほどまでに秘匿された存在が、こうして公の場に出てきたと考えると、多少の浮かれ具合も伺えるというものだ。
これからはこの討ち取った魔女をを御旗に掲げ、大手を振って仕事を始めるに違いない。
(さて、じゃあどうやって取り返すか……)
アルヴィンは彼らを侮っていない。
だから今もこうして肉眼での観察に留まっている。
アルヴィンに魔力の流れが見えるように、彼らもまた魔力の流れを敏感に感じとるだろう。
視力を上げるための魔法など使ったが最後、良くても捕えられて処刑だ。
学校の関係者から伝手を使って魔女狩りに入隊することも考えたが、今の状況で部外者が入隊できるとは思えない。
魔女の盾であることが分かれば、当然処罰の対象となるだろう。
(――いや、本当にそうか?)
アルヴィンは考える。
すでにガーネットの肉体は手中に落ちた。
ガーネットから与えられている魔女の盾としての力のほとんどは肉体の維持に使われている。
魔法を使って人を傷つけることは不可能なほどだ。
こちらから接触すれば、魔女を取り返しに来たと思うだろうが、逆に魔女の盾を監視下に置くこともできるのだ。
そのうえ、魔女に関する彼らの知らない情報を教えることもできる。
アルヴィンはただ生き残りたいだけだ。
その信念に嘘はない。
どれだけ自白魔法を使われても、それは変わらないはずだ。
「賭けは好きじゃねえんだよな……」
ぽつりとそう漏らし、木から降りる。
本来なら、一目散に逃げるべきであった。
たとえ石の魔女の加護が消え、身体が半分砕け散ろうとも、おとなしくしていれば寿命くらいまでなら全うできるくらいの魔力は与えられている。
だが、その選択肢を選べなかった。
自分がどれだけガーネットに魅了されているかも気がつかないまま、アルヴィンは捕らわれた魔女を奪取すべく、魔法学校へ向かうことに決めた。
ハルは脇目も振らず走った。
グレゴリが急かすからというのもあるが、所々にシャクナゲが咲いているからでもあった。
花言葉は『危険』。
行く先々に不自然に咲いているのは、マグノリアからのメッセージだろう。
ひとまずは、あの洞窟のところまで戻ってきた。
苦々しい思い出もあるが、ガーネットが躾をしてくれたおかげで、もう襲ってくることはないだろうと踏んだ。
「やれやれ。ようやく安全圏まで来られたな」
グレゴリが洞窟の壁を背に座り込んで言う。
ハルは返事もできないくらいに息を切らせ、その場に倒れ込むようにして寝転がった。
「――俺も詳しいことはわからないが、魔女狩りが来た。疲弊した石の魔女が一撃で貫かれた」
「貫かれた? ガーネットさんは宝石とか鉱石とかの魔法が使えるんですから、防御に長けているんじゃないですか?」
「俺との戦いで魔力を半分ほど削られていた。その上、あの矢には特殊な魔法が付与されていた。防御が間に合わなかったのだろう」
「グレゴリさんなら防げていましたか?」
「わからない。あれはそういう類のものではないような気がした。俺の勘だがな」
グレゴリがこういうふうに言うということは、ハルが思っているよりもすごい兵器だったのだろう。
「ガーネットさんはこれからどうなるんでしょうか」
「部位を細かく切り分けて隠すのではないか?」
「切り分ける……」
「竜を倒した時と同じだ。竜は欠片となったが、魔女はそうもいくまい。人の手でいくつかの部位に切り分ける必要がある」
「でも、ガーネットさんって皮膚の硬さが竜と同じくらいって言ってませんでした?」
「それも含めて研究をするのではないか?」
「ああ……」
想像してげんなりとする。
人体実験など、できれば考えたくない。
「影の魔女さんのペンダントは、大丈夫でしたか?」
「こちらの体に干渉してくるような様子はなかった。影を剣と変化させるだけの性質だ。他にもできるかもしれないが、ほとんど竜狩りの装備と同じようなものだと考えて良いだろう」
「私にも使えそうでしたか?」
「こちらも少女が使うべきだと俺は実感した。重さのない剣は俺の戦い方と合わないようだ」
「普通は軽い方が使いやすいのでは?」
「俺の場合は軽すぎると当て感が狂う。それに遠心力による破壊も期待できないとなると、使いにくい」
彼はそう言ってペンダントも手渡す。
結局魔女からもらったものはハルの手に収まった。
影の魔女のペンダントの使い方はあとで覚えるとしよう。
こんなに特別扱いされていてもいいのだろうかと後ろめたく思うが、使えるものは多い方がいい。
ありがたく頂戴しておくことにした。
「では、帰ろう。アルヴィンのことは、彼自身の選択だ。少女が気負うことはない」
「気負ってませんよ。私、あの人はただでは死なないと思っているので。また会うこともあるでしょう」
「そうか。信頼か」
「うーん、どうでしょう」
ハルは曖昧に笑う。
これから先、大変なのは恐らく自分たちの方だろうと、ぼんやりと予感していた。




