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花の魔術師に誘われて  作者: 上辻樹
第三章 MAD MACHINE
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信じられない

彼は構えると、鈍重に走り寄ってきた。

彼の戦いのスタイル故だろうが、こんなもの、魔術師からすると的でしかない。


周囲にこぶし大のジェムを展開する。

間髪入れず、次々に発射。

砂埃が巻き上がり、グレゴリの姿は視認できない。

しかし、その魔力が健在であることは感知できる。

これだけの攻撃を受けてもまだ足が止まっていない。


物理的な攻撃に耐性があるに違いない。

恐らくは宝石の魔法でなく、通常の投石機くらいまでなら無傷で受けきれるほどの頑強さを持っている。


足を止められることなく、数歩の距離にまで近づかれた。

近距離であれば向こうに分があると思われているのかもしれないが、こちらも同じだ。


まずは白い方の剣が振るわれる。

これは、角度をつけた結晶で衝撃を滑らせるようにして弾く。


そして、黒い剣。

こちらが少々厄介だ。

光の屈折を使い、影で構成されている刀身自体に光を収束させ、ガーネットに当たる直前だけその存在を希釈して、身体を通り抜けさせる。


たった二回の斬撃を躱すだけで、信じられないほどの労力を使わされている。

長期戦はできない。


ガーネットは隙をついて、彼の脇腹に手の平を押し当てる。

彼はハルほど精神的な耐性がない。

完全に眠らせてしまえば、起こすことは困難になるはずだ。


魔力を流し込み、意思を結晶化させようとして違和感に気がつく。


(こいつの中、いったい何人いる!?)


意思がひとつでないことは、さっきの暴走で分かっていた。

しかし、一度はこの魔法にかかったのだ。

つまり、考えられる原因はひとつ。

ガーネットの魔法によって、眠っていた複数の意思が目覚めてしまった。


切られる前に剣の届かない範囲まで飛び、爆裂する石をばらまきながら次の手を考える。


(――次の手、次の手?)


硬度八の結晶を一撃で砕ける力を持ち、意思を封じ込めることができず、小さな攻撃は効かない相手に使える手段など、持っているだろうか。

そもそも、魔女とは戦士ではない。

人間相手の戦闘など、魔法を一発放てば終わるくらいに力の差があるのだ。

それが、ほとんど通用しない相手など、想定しているはずもない。


アルヴィンだ。

アルヴィンをこの場に呼ばなければ。


「――戦いに集中しろ。お前の相手は俺だ」


グレゴリの動きが変わった。

稲妻のように素早く迫ってくる。

閃光の白刃を結晶の反射で防ぐ。

剣を魔法でしのぎ切るのにも限界がある。


ガーネットも最後の手段はずっと持っていた。

それは、町ごと硬度十の結晶で覆い、ひと握りの小石にまで圧縮すること。

ただ、町中での大規模な破壊は魔女の契約に反しており、ペナルティがある。

ガーネットはまだ、一度も契約違反を犯したことがなかった。

賢く立ち回り、抵触しないよう、常に気をつけていた。


執行者による刑の執行の痛みと苦しみは、魔女の契約をした時に、魂に深く刻み込まれる。

だから、ペナルティを刻むこと事態が、たまらなく怖い。


「――ぐっ!」


そのうち、グレゴリの剣が、ガーネットの腹に突き刺さった。

細かい魔力操作を行い続け、集中力の限界が来たのだ。


血がとめどなく溢れる。

さっき彼らに見せた幻覚ではなく、本物の傷。

傷口が熱い。


ガーネットは腹部を抑えながら、膝をついて丸まった。


「……どうした? 首をはねて欲しいのか?」

「――いやだ」


口からこぼれた言葉に、自分でも驚く。

でも、止まらない。


「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくないよぉ」


目を硬く閉じて、鈍い痛みから逃げるようにして身体を強張らせる。


魔女は死なない。

たとえ首をはねられても、眠りにつくだけで、条件さえそろえば目覚められる。


知識として知ってはいても、怖いものは怖いのだ。

しばらく震えて、次の攻撃を待っていたが、いつまで経ってもそれは振り下ろされなかった。


「……え?」

「何だ?」


グレゴリはすでに剣を納めており、地面にあぐらをかいて恐らくアルヴィンたちのいるであろう方向を見ていた。


「な、何で? とどめをさすのでしょう?」

「すでに勝敗は決した。とどめをさす必要がない」


信じられない。

魔女狩りでないとしても、魔女がこれだけ追い詰められていて、とどめをささないなんてこと、ありえるはずがない。

それくらいのことをしてきた自覚もある。


「そんなの、甘すぎるわ。私が演技だったら、どうするの?」

「演技での命乞いかどうかを見極められなかった俺の負けだ」

「な、何なの? あなた、変よ。おかしいわ」

「俺は俺の基準で物事を見ているだけだ。その判断が誤りであったなら、その責は自らが負う。それくらいの覚悟をして、冒険者をしている」

「でも、魔女狩りになりたいのでしょう? アルヴィンから聞いているわよ?」

「ああ。それにはまた別の理由がある。お前とは無関係なものだ」

「……そう」


呆気にとられ、戦意もそがれ、戦う気などもう起こらない。

彼を殺す対象だと見られない。

自分でも信じられないが、負けを認めてしまっている。


「……私は、もうあと一日も持たないわ」

「どういう意味だ?」

「これだけ魔力を消費したことを、魔女狩りが感知していないはずがない。明日にでも討伐のための兵士がここへ来るはず。もちろん、精一杯の抵抗はするけれど、確実に生存できる保証はないわ」

「そうか」

「興味がなさそうね」

「そうだな。そういう理なのだろう?」


彼は眉ひとつ動かさずに言う。

本当に心の底から、自然法則であるかのごとく、受け入れているような雰囲気がある。


「……あなたと話していると、人間と話している気がしないわ」

「何をもって人間とするか、俺にもわからない」

「そういうところよ」


ふう、とため息をつく。

アルヴィンへは逃げるよう指示を出してある。

負けを認めた以上、魔女狩りによる封印に備えて、ある程度引き継ぎをしなければならない。

盾であるアルヴィンが生き残っていれば、いつか復活できる。

それが何年後か、何十年後か。

それはアルヴィンに任せるしかない。


まさかこんなことになるとは。

もっと早くに準備くらいはしておけばよかった。


「戻って来たら、最後に夕食くらいは共にしてもらえるかしら?」

「少女次第だな。俺はどちらでも構わな――」


グレゴリが何かに気がついたのか、立ち上がる。

その一瞬あと、ガーネットも気がついた。

しかしもう、遅かった。

ガーネットの胸の中心を、太い銀の矢が貫いていた。


「あっ、が……」

「――信じられない。かなり遠い位置からだ。大丈夫なのか?」


大丈夫そうに見えるか、と言葉を発そうとしたが、声が出ない。

矢に特殊な魔法がかかっているのだろう。

意識が遠のいていく。


魔力感知不可能な魔法が付与された、魔法学校工房製の杭のような矢。

どこから放ったのかさえわからないが、ずっと監視して、機会を伺っていたのだろう。


(こんなことなら、私も、最後に――)


手の平に、魔力を固めた、マーキスカットの小さな柘榴石ガーネットを出現させる。

そして、それをグレゴリに渡して、地面に倒れ伏した。


彼はすぐにここを去る準備を始めている。


(動揺していないはずがないのだけど、さすがの判断力ね。それでいい。これだけ持って行ってくれたら……)


目も耳も、全てが暗闇の中に落ちていく。

静寂と孤独が、精神を蝕んでいく。

全てが消えるその前に、自分自身をこの場に留めておくべく、生命の一滴までを使い果たして最後の抵抗を始める。


(石の魔女を舐めないでもらおうかしら)


これでも、執行者に比べたら優しいものだ。

いつか必ず目覚める日が来ることを信じて、ガーネットは深い深い眠りにつくことになった。



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