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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第三章 MAD MACHINE
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空を見ろ

ガーネットを魔女狩りの部隊に引き渡す時、アルヴィンの身柄も保護されることになった。

魔女狩りの被害は、アルヴィンが操られて行ったことになっているらしい。

ハルたちからしてみれば彼が能動的に行ったことではあったのだが、何も言うなと強めに釘を刺されていたため、あの屋敷の中で起こったことに関しては知らぬ存ぜぬで通すことになった。


夜が更け、ベルフェアにある宿の部屋で、ハルはベッドに寝転がり、もやもやとした想いを形にできずにいた。

何かすっきりとしないものがあるのだが、それが何なのかわからない。


宝石の輝きのような月光が窓から見える。

そういえば、こうしてゆっくり空を見上げるのは久しぶりな気がする。

ここでも月は変わらず昇っていて、その白い光で夜空を明るく照らしている。


月が意外と明るいことを知ったのは、友人のツミキが教えてくれたからだ。

町中にいると気がつかないが、街灯のないところへ行くと月の明るさがよくわかると、彼女は言っていた。


身近なものであればあるほど、逆に見えなくなることがある。

その全貌が明らかになる距離は、森羅万象に存在していて、理解できないことがあった時は少し距離をとるといいとも教えてもらった。


ハルはベッドから起き上がってグレゴリの部屋へ向かった。

扉をノックすると、返事が返ってきて、まだ起きていたことにハルは少し安心する。


グレゴリは普段はかけていない眼鏡をかけて、何か手紙のようなものを書いていた。

机の上の小さなランプが、柔らかな光で彼を照らしている。


「すみません、少し今日のことを話したくて……」


ハルが申し訳なさそうに言うと、グレゴリは手を止める。


「ちょうどいい。俺も気になることがあった。そこに腰かけてくれ」


ハルがベッドに座ると、グレゴリは眼鏡を外して、書きかけの手紙の横に置く。


「まずは少女の気になっていることから聞かせてくれ」

「……はい。なんか、変じゃなかったですか?」

「と言うと?」

「うまく言えないんですけど、全部がちょっとずつおかしいような気がするんです。この町についてから、何か、違和感があって……」

「直感か。少女は鋭いようだから、当たっているかもしれないな」

「思い当たることってありますか?」

「俺の不安要素とも通じているかもしれない。今日、俺が石の魔女に切りかかった時、剣が変化しなかったことを覚えているか?」

「はい。いつも持っている剣のままでしたね」


グレゴリは頷く。


「この剣は俺の意識に呼応して、自ら姿を変えるものだ。俺の剣を振る速度がどれだけ早くても、握った瞬間には変化している。竜狩りは戦闘中の特殊な興奮状態故にたびたび意識を失うことがあった。だから、例え意識がなかったとしても、発動するように作られている。それほどの能力を持つ剣が発動しなかった原因を自分なりに考えてみたが、恐ろしいこと以外、結論を語れない」

「恐ろしいこと?」

「――あの石の魔女は偽物だったということだ。考えてみれば、あの魔女は洞窟にも現れた。長距離を一瞬で移動する術がないとは言わないが、鉱石を自在に操れるのなら、自身の姿を模した人形を働かせることも容易なはず」

「でもそれだと、アルヴィンさんの行動が無意味だったということになってしまいます」

「違う、少女よ。意味があったと信じたいという気持ちが、今は判断を鈍らせている。一度、盤面を戻しつつ考えた方がいい。俺が思うに、石の魔女は幾重にも罠を張るタイプだ。魔物で言うなら、ジャイアントスパイダーに近い性質のものだろう。こちらが勝利を確信した時が最も危険だ」


ジャイアントスパイダーは、ふたりで魔物討伐をしていた時に一度倒している。

虫の特性である動体視力と瞬発力、猛毒や粘性のある糸、一時的な仮死状態や疑似餌、どんな手段でも用いてくる魔物だった。

全ての罠と攻撃をしのぎ切り、生き残ったと獲物が確信した時にだけ、全ての体力を一気に使ってこちらを仕留めにくる強敵だった。


「では、今もまだ石の魔女はどこかに潜んでいる、と?」

「それはわからない。最も妙な部分でもある。あれが偽の姿であるのなら、どうしてあの場でアルヴィンに盾としての契約を迫った? 俺の知っている限りでは、魔女が盾を契約するにも条件がある。あの場でそれは満たせていなかった」

「……その条件って、何ですか?」

「命を助けられること。それと、助けられた側が、命を助けられたと認識すること。このふたつが揃って初めて魔女の盾として契約が可能となる。助けられた側が、拒否することも可能な契約だ」


そこに関しては、ハルも思い当たることがある。

契約を拒否すると、助けられたこと自体がなかったことになるとマグノリアに言われた。

つまり、死を受け入れられるのであれば、魔女と手を切れるのだ。


「じゃあ、あの場面でガーネットさんがアルヴィンさんを勧誘するのって、おかしいですよね?」

「そうだ。あの状況ではまだアルヴィンは命の危機に瀕していない。ガーネットは腹部に魔女殺しのナイフを突き刺されて瀕死だった。つまり、本来の契約の条件を全く成立させられていない」

「すごくおかしいですよね。どういうことなんですか?」


何気なく聞いたが、グレゴリは顔をしかめて腕を組む。

その時点で、言いづらいことなのだろうと察する。


「……すみません。本当にわからないんです。でも、言いにくいことなら聞きません。この違和感のことも忘れましょう。相談できて私も安心しました。最後まで気を抜かずにグラスネスまで帰りましょう」

「――いや、違う。この町を出るまで、だ」

「……町を出るまででは、少し危機感が足りないような気がしますけど」

「少女の覚えた違和感と、おそらく同じ質のものを、俺はこの町に入った時から感じている。この町に来ている魔女狩りに接触しなかったのもそのためだ」

「ああ、そういえば、グレゴリさんが自分を売り込みにいかないのは変だなって思ってました」


魔女狩りに入りたいとあれだけ言っていたのに、本人たちと交流しないのは、なんだかちぐはぐな感じがした。

しばらくして、グレゴリが呟くように言う。


「――あれは本当に魔女狩りなのか?」

「え?」


彼は静かに頭を振った。


「いや、なんでもない。また、明日の朝にしよう。おやすみ」

「待ってください。今までの話で、私にも試したいことがひとつ、できました」


ハルは部屋の窓ガラスへ手を当て、開こうとする。

すると、鍵がかかっているわけでもないのに、開かなかった。


ハルは夕方からずっとマグノリアへの通話を試みていた。

しかし一切、草花からの返答はない。

これは異常な事態だ。

ここが結界のように隔絶された空間である可能性が出てきていた。


閉じ込められているのが自分ひとりであるのかどうか。

それを調べるために、グレゴリの元へ向かったのだ。

ここで出会った彼は、おそらく本物だろう。


ハルの妄想で作られた夢のような世界であるなら、剣の理を知らないハルに、魔女を相手に変化しなかった理由は分からないはずだ。

ふたりでこの空間に閉じ込められたのだと確信した。


「グレゴリさん、剣の変化は今もできませんか?」

「ああ。まるで応えてくれない」

「ここから出ましょう。そのためにまず――」

「この部屋を壊すか?」

「さすが。話が早いですね」

「これだけ一緒にいれば、少女の考えそうなことくらいはわかる」


ハルは蹴りで、グレゴリは拳で、同時に壁へ向かって打ち込む。

衝撃がまるで伝わらず、樹齢幾百年の大木を殴ったかのような手ごたえの無さを感じる。


「やっぱり、普通の壁じゃないですよね」

「ああ。力が分散されているような感覚だ」


部屋から部屋へは移動できた。

だから、閉じ込められている範囲がどこまでなのかを調べることにして、宿の外へ出ようとする。


「外へは出られるようだな」

「町の外はどうでしょう?」


町を囲っている柵から手を伸ばして外に出そうとすると、見えない壁がそこにあって、柵から外へ出られない。


「ここが境界か」

「これって、石の魔女の禁域でしょうか」

「かもしれない。禁域については、俺もよく知らない」


禁域に結界のような能力があるのかどうか、ハルも知らない。

しかし、ありえる話ではある。


「俺の考えだと、ここは意識の世界だ。空を見ろ」

「空?」


月と星が明るく輝いていて、雲ひとつない。


「時間が経っても月や星の位置が動いていない。そして、よく思い出してみてほしい。俺たちは空が昼から夜になった過程を覚えているか?」

「……そう言えば、夕焼け空を見た覚えがありませんね」

「そう。つまり、俺たちは昼間にどこかのタイミングでこの夜の世界に閉じ込められていることになる」


グレゴリの話は確かに同意できる点がいくつかあった。

そもそも、ガーネットが町の入り口にいたところから、変だった。

場面ごとなら思い出せるのに、その間、町に入ってから屋敷に移動するまでや、ガーネットの屋敷を出たあと宿屋に着くまでのことなどが、うすぼんやりとしか思い出せない。


「石の魔女が魔女狩りに引き渡されたのは、現実ではないのだろう。本来の魔女狩りであれば魔女を生かして連れ帰ることはない。危険すぎるからな。その場で心臓を抜きとるはずだ。そのことに対してすら違和感を覚えられなかったことが、この世界が現実でないことの何よりの証拠」

「でも、どうしますか? 壊せるものなんでしょうか」

「いや、恐らくは無理だ。俺の剣が反応していないからな。この剣も現実のものではない。幻というよりは、夢のようなものだろう。夢を内側から壊す方法は知らない」


そう言われて、ハルはニコっと笑う。


「私、たぶんできますよ。明晰夢、得意なんです」

「明晰夢とは?」

「夢の中での意識を操る方法、ですかね?」


嫌な思い出から逃げるために。

両親の死から逃げるために。

夢に現れた恐ろしい映像から逃げるために。


ハルは夢の中では自由だった。

夢の中で夢であることを認識し、その内容を自在に操る。

そうして、何度も、家族との楽しい思い出だけを見続けた。

辛い思い出にフタをするために、自分の精神を器用に操って生きてきたのだ。


「具体的にはどうするのだ? 夢を操っても目を覚ますことはできまい」

「簡単なことですよ。閉じ込めているのがガーネットさんなら、ガーネットさんを私の夢へと連れていきます」

「……どういう意味だ?」

「説明が難しいんですけど、考えがあります。グレゴリさんを巻き込むわけにはいかないので、とりあえず私を信じてもらって、目を覚ました時にすぐ動ける準備をしておいてもらってもいいでしょうか?」

「承知した」


グレゴリは頷いて目を閉じた。

ハルは彼を白い繭で柔らかく包むイメージを始める。

これから起こることは、他人に見せるようなものではない。


ガーネットの支配力はあくまで外殻にのみ作用しているようで、内容を操れることはまた別の問題なのだろう。

グレゴリの保護は簡単に行えた。


「さて、と。忘れたくても忘れられないことって、どうしても誇張されちゃいますよね」


ハルは目を閉じる。

自分の肉体年齢が下がっていくところを想像する。

身体が縮み、服が縮む。

やがては肩から腰にかけてのシートベルトの感覚を身体に錯覚させる。


次に目を開いた時、ハルは高速道路を走る車の後部座席に座っていた。


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