生きているのか
「あらあら。随分と嫌われてしまったわね」
「嫌いとか、そういうのじゃありません」
「あなたは私のことが嫌いよ。だって、私もあなたのことが嫌いだもの」
「――え?」
思わずガーネットの方を見る。
「イライラした? でも、本当のことだもの。私、嘘はつけない性分なの。魔女だけど、とっても正直者なのよ。だって、宝石の輝きは嘘をつかないものでしょう?」
「『だって』の意味がわかりません」
「文脈を読み取ってほしいわね。私は宝石なの。輝く宝石。あなたたち薄汚れた魔女たちとは違う、本物の美しき魔女。――あら、いけないわ。私の手にこんなに汚いものが」
いつの間にか、ガーネットの手にハルの黒檀の杖が握られていた。
「どうやって……」
「あなたが私の近くを通った時だけど、気がつかなかった? これがあなたにとっての宝石なのでしょう? なら、私が持つ権利があるわね」
ようやくわかった。
この人はレインと同じタイプだ。
ただその強欲さはレインを上回りそうだが。
「冗談よ」
ガーネットはクスクスと笑いながら杖を放り投げてハルへ返す。
「意味不明です。もういいですか?」
「もう少しお話したかったのだけど、あとにしましょうか」
「いえ! あなたとはお話したくありません!」
「そう言わずに。あなたたち、ベルフェアへ向かっているのでしょう?」
「どこでそれを知ったのですか」
「ベルフェア行きの馬車があったじゃない。私、あの町に住んでいるのよ。だから、到着したらいつでもいらっしゃい」
「嫌です。絶対行きません」
「来ざるを得ないようにした方がいいかしら?」
彼女の笑みは邪悪そのものだった。
今、グレゴリとアルヴィンは動けない。
彼女はさっきテンタクルスの触手を結晶にしたように、ふたりを殺すことも可能なのだ。
いくらなんでも卑怯な持ちかけに、ハルは不快な表情を隠さずに言う。
「……最低です」
「ありがとう。なかなかの褒め言葉ね。まあ、私もそこまで意地が悪いわけじゃないから、お友達はちゃんと返してあげるわよ。今の状況も事故みたいなものだし、マグノリアからの仕返しも怖いし」
「信用できません」
「さっきの躾でテンタクルスの足は全部破壊してあるわ。逃げたければ勝手にどうぞ。そもそも私は、ここへは採掘された宝石を取りにきただけだから、あなたたちのことはどうでもいいのよ」
「……それでも、保険を張らせてもらってもいいですか?」
「構わないわよ。私はあなたを信用するわ」
当てつけのように言う彼女に少しムッとしながらも、ハルは植物魔法の種を彼女の足元に撒く。
「もしもそこから動いたり、魔法を使おうとすると、地面ごと崩して水に落とします。いいですね?」
意味がないことかもしれないが、あとで後悔しないようにできることはやっておきたい。
「いいわよ。早くした方がいいかもしれないわ。彼らはテンタクルスの食糧庫になってる空洞に避難しているのだろうけど、こっちの事情を知らないから無茶なことをするかもしれないわよ」
「……わかってます」
ハルは湖面に飛び込む。
相変わらず薄暗いが、植物魔法の灯りを持っているおかげで少しは見える。
水底にテンタクルスと思わしき姿はなかった。
きっと負傷を治すために奥へ引っ込んでいるのだろう。
底までつくと、横穴を見つけた。
そこを少し進むと、空気のある部屋があった。
「うまくいったみたいだな」
びしょ濡れのアルヴィンが心底疲れた様子で言う。
彼も体力の限界だったようだが、ハルに情報を与えるためだけに一度ここを泳いででたのだろうと思うと、その疲れようにも納得ができる。
「おかげさまで。さあ、早く逃げましょう。グレゴリさんは?」
「まだ奥で伸びている。俺は毒には強い方でな。催眠香でも抜けるのが早い」
「催眠香?」
「あー、その話は後だ。さっさと助けてここから出るぞ」
「はい。でも……」
「あの化け物は匂いで獲物を探知するが、水中じゃ獲物を追えないらしい。わざわざ地上の生き物を捕まえて食べているのが何よりの証拠だ。どうやって生きてんだろうな」
アルヴィンの言う通りなら、すぐに脱出してしまって大丈夫そうだ。
ハルはグレゴリを自分の身体に縛りつけ、水へ飛び込み、真っ直ぐに浮上していく。
地底湖の水面へ顔を出して石の魔女ガーネットがいた方を見ると、彼女はそこにはいなかった。
すでに何らかの方法で姿を消したようだ。
思い返してみれば、現れた時も地面の中を移動しているかのように突然だった。
何か特別な移動手段を持っているのだろう。
「どうした?」
アルヴィンの問いに、ハルは首を振る。
「いえ、何でも。早く戻って身体を温めましょう。念のため、こことの間にある通路は私が塞いでおきます」
「そうしておいてくれ。また襲われたら敵わん」
ふたりは急いで洞窟の入り口まで戻る。
馬の姿は食糧庫にもなかったところを見るに、すでに食べられてしまっていたのだろう。
そのおかげで満腹になったから助かったのかもしれない。
ハルは植物の根を地中に張り巡らせて引っ張り、洞窟の通路を崩して埋めた。
もしも触手を再生できたとしても、もう追って来られないだろう。
「――何かあったのか?」
火を起こしながら、アルヴィンが聞く。
普段なら滅多に他人を気にかけないような人柄なのに、こういう時だけは鋭く見抜いてくる。
「……石の魔女さんがいました」
「ガーネットか」
「ご存知ですか」
「――名前と噂だけな」
焚き火がパチパチと燃える。
「お前から見て、ガーネットはどうだった?」
「あまり、好きではありません。直感ですが」
「直感は大事にした方がいい。それに、もう会うこともないだろう。やつの根城がベルフェアにあるとしても、近寄らなければいいだけだ」
「……知っていたんですか?」
「そこら辺のやつよりは情報を持っている。そもそもお前は常識がないから知らねえと思うが、普通、魔女は避けて通るもんだ。特に悪名のあるやつはな」
「悪名ですか?」
「石の魔女は魔女狩りの優先討伐対象でもある。十三の魔女の中でも上位だ」
「魔女狩り……」
ちらっとグレゴリに目をやる。
まだ気絶しているようだが、この話を聞いたらどうするだろうか。
彼は功績を上げて魔女狩りの部隊に入りたがっていた。
次の目的地に石の魔女がいると知ったらひとりでも戦いにいくのではないだろうか。
「お前の見立てだと、石の魔女とは戦えそうか?」
「戦いですか? 私はあまりそういうのは……」
「くだらん雑談の延長だ。どんな印象を持った?」
「……ええと、正直に言うと、魔法の得体がしれないので、あまり勝てるイメージができません。それに、私は別に、他の魔女さんと争うつもりはないので、そういう話もしたくないです」
「そうか」
ハルの言葉は本心だった。
相手がすごい悪人であったとしても、人間と事を構えたくない。
レインが無惨な死を遂げた場面が、今でも鮮明に思い浮かぶ。
どうあっても、人が死ぬのは、あまり見たくないものだ。
「ところで、積み荷は無事だったんですか? あれだけのことがあったから、確認しておかないと……」
「ああ、俺がやる。休んでろ」
「そんな、何でもやってもらうわけには……。そういえば何が積んであるんですか?」
自分たちの準備で忙しくて仕事の詳細はアルヴィンに任せきりだった。
「見なくていい。お前たちが関わるようなものじゃない」
「良くないもの、なんですか」
「知らないなら知らないままの方がいいようなものだ」
そう言われると気になる。
ハルが荷台に近寄ってもアルヴィンは特に止めようとはしなかった。
見たければ見ればいいというスタンスなのだろう。
幌を外すと、いくつかの木箱と、ひときわ目を引く大きな長方形の木箱が乗せられていた。
その他には旅に必要な食糧や道具が乗っている。
その大きな木箱の蓋を開くと、氷が敷き詰められていた。
溶けている様子はなく、それでも冷たい空気が流れている。
「魔法ですか?」
「以外に何がある?」
ぶっきらぼうな答えにハルはふーんと相槌を打ち、おかしなものがないことを確認する。
「この溶けない氷が、ヤバいものなんですか?」
「……アホ」
アルヴィンがため息をついて重い腰を上げ、ハルの元へ来て、木箱のふちをとんとんと人差し指で叩く。
「この氷の入れ方だと、ここからここまでしか入ってないだろ」
たしかに、見えている木箱の底が、その半分くらいの高さのところにある。
「この下に絶対に冷やしておかないといけないものが入っていて、それは他の人に見られてはいけないものだとしたら、何が思い当たる?」
「……魚とか、お肉、とか」
「正解。もうわかるだろ」
身分を偽ってまで商品を運ぼうとしていた商人。
それを途中で奪おうとした野盗たち。
突飛すぎるかもしれないが、今は他に思いつかない。
「――死体。それも、死んでからも価値のある人の……」
「それ以上言葉に出すなよ。俺たちはあくまでただの護衛だ。積み荷に関してあれこれ詮索することは規約違反だ」
「知らない間に犯罪をしているかもしれなくても、ですか」
「罪に問われるのはそれを運んでいるやつだ。護衛はあくまで護衛だ」
「でも今の状態だと、運ぶのは私たちですよね?」
「特例は認められている。お前、もしかして契約書とか読まないタイプか?」
「……むう」
たしかに、長すぎる難しい文章は脳が拒絶して、途中で読むのを諦めてしまう。
「だから盾なんかにさせられるんだ。サインをする前に読む習慣をつけろ」
「い、いいんです! 助けられたのは事実なんですから! あれ? 私、アルヴィンさんんに盾だって言いましたっけ」
「お前とレインの会話を、俺が聞いていなかったとでも?」
「え、あ、そっか……」
「嘘だ。あんな状態で聞く余裕なんかあるわけねえだろ」
「か、カマかけたんですか!?」
「引っかかるなアホ」
完全に手の平で転がされている。
そんな会話をしていると、グレゴリが目を覚ました。
「……俺は、生きているのか」
「体は大丈夫ですか? 肺に水が入ったりとかは?」
「問題ない。テンタクルスに引き込まれる時までは意識があった。水中の中に空気のある貯蔵庫があることは知っている。息を止めれば溺れることはない」
「さすが……」
「驚いているのか、引いているのか、どっちだ?」
「両方です。でも、やっぱりその様子だと、ここにあれがいることはグレゴリさんも知らなかったんですね」
「普通は海にいるものだからな。生物に絶対はないとはいえ、予測が甘かった」
それは無理もないことだ。
ハルはふたりの無事を確認し、少し体力を回復させたあと、荷台を引く準備を始めた。
今はただ、さっさと町について業務を完了してしまいたい。
グレゴリやアルヴィンも概ねそのような様子だった。
短い間に、色々なことが起こり過ぎた。
立て続けの襲撃に、石の魔女との接触。
考えたいことがたくさんあるし、マグノリアとも相談したい。
しかし今はまだ、ふたりの目もある。
人が見ている前でマグノリアと会話するのは、あまりよくないことだと感じていた。
石の魔女のことはあとから考えることにして、ハルは気持ちを切り替えた。
――なのに、ベルフェアに着いた時、入り口で出迎えていたのは他でもない、石の魔女ガーネットだった。




