専門は植物だ
巨大な切株のような家が、森の中にあった。
イメージではこういう家はファンシーなイメージだが、実際目の前にすると力強くて、得体のしれない怖さもある。
魔女が玄関を開くと、自動的に中の灯りがついた。
「ホテルみたいですね」
ハルの呑気な発言を魔女は無視した。
「……お前、まだ名を聞いていなかったな」
「私は田島ハルです。見ての通り、高校生です!」
血まみれの制服を広げて見せる。
しかし反応がないことに仕草をやめて服を払う。
「タジマハル……。ハルと呼ぶか。ハル、お前はどこから来た?」
「どこって、片桐市……?」
「なぜ自分で言って不思議そうな顔をする」
「いや、どうやってきたのか覚えてなくて……。それに私、お腹を刺されたはずなんですけど、それも治ってて……」
「腹を刺された? それはお前の血か?」
「はい。確実に刺されて、それで、気を失って、目が覚めたらここにいました。え、ここ、日本ですよね?」
「ニホンという名は知らん。ここは『ラクタイト・アントリウム』の大地の東に位置する」
「ら、らくた……」
「お前はどうやら、違う場所――世界から来たようだな。そのような衣装も儂は見たことがない」
「えっと、異世界召喚ってやつ、ですか?」
「召喚はしていない。お前が勝手に来ただけだ」
魔女は杖を机に立て掛け、木製の椅子に座り、ため息をつく。
彼女とは反対に、ハルは少しわくわくしていた。
ファンタジーな世界に対する憧れは、正直ある。
「ちょっと面白くなってきましたね!」
「何がだ。儂は気狂いを魔女の盾にした覚えはないぞ」
「魔女さん、あなたのお名前は何ですか?」
「……花の魔女、マグノリアだよ」
「マグノリアダヨさん!」
「だよはいらない」
「マグノリアさん! さっきの話の続きですけど、魔女って、魔法使いみたいなものだと思っていいですか?」
「少し違う。魔法を使える者が特殊な契約を行い、魔女になる。お前には魔法の説明からした方が良さそうだね……」
「よろしくお願いします」
「まず魔法と言うのは、こういうものだ」
マグノリアが指をくるっと回すと、そこに色とりどりの花弁が舞い散る。
ハルからしてみると手品のようにも見えるが、花弁がすぐに消えたことから、それが魔法だとすぐに信じられた。
「……説明を続けるぞ。魔術師は剣士と同じくらい多くいる。簡単な魔法ならばほとんど誰にでも扱えるからな。そして、その魔法を使って魔物を退治したり、困っている人を助けたりする。それがこの世界の一般的な職業である冒険者だ。お前にはまずそれを目指してもらう」
「ギルドですか!?」
「それは知っているのか」
「ええ、登録をしたりとか、依頼を受けたりとか、するところでしょう!?」
「まあ、だいたいそうだな」
「面白そうですね!」
「……やはり、お前を助けたのは間違いだったのかもしれんな」
その言葉はハルの耳には届いていない。
ハルの頭の中は、荒くれものでにぎわう酒場や、銀の鎧や剣を持った剣士などでいっぱいになっていたからだ。
「あっ、そうだ! だったら私も魔法って使えるんですか?」
「そのことだが、お前は儂の盾になった。そのうえ、汎用の魔法に対する適性もほとんどない。儂の系譜以外は使えないだろう」
「それでもいいんです。教えてください」
マグノリアはまた大きくため息をついて人さし指を立てる。
「やってみるがいい」
「こう、ですか?」
「指先に意識を集中させて、円を描く」
「はい」
指先をくるっと回す。
「動きはそのまま。もっと集中して、ゆっくりと行え」
言われた通り、指先に集中して、そこにない何かを描くように、ゆっくりと円を描く。
すると、円が閉じる時に、ふわっと小さな葉っぱが散った。
「うわっ!」
感動に心が跳ねる。
「儂の専門は植物だ。だから、お前にもその適性が受け継がれた。その練習を続けていれば、そのうち色々とできるようになる」
「わかりました!」
「しかし、遊んでもいられんぞ。お前はこの世界の常識を叩きこんで、冒険者にならねばならない。そこでそこそこの結果が出せるくらいの人間に成長してもらわねば、盾としての仕事も務まらない」
「話はわかりました。盾って何をやるんですか?」
「名前の通りだ。儂の身を守る盾になれ」
「では、私はマグノリアさんをお守りすればいいのですね?」
「そうだが……。お前、軽く考えていないか?」
「いえいえ。人を守るのは大変なことです。私も気合を入れてがんばります!」
「……やはりお前、何か変だな」
「よく言われます。でも、大丈夫ですよ」
ハルはへらっと笑った。
誰かを守るための仕事は、自分にぴったりだと思った。
こうして居場所をもらえるだけでもありがたい。
とりあえずは生きるために必要な住処と食糧を手に入れたのだから、何だってできる。
今までだってどうにかしてきた。
これからだってそうだ。
努力すれば、打ち勝てない困難などない。
ハルは心の底からそう信じている。
その信条こそが、ハルの骨子だ。




