第四湖
「おいフドー、これはどうしたらいい?」
「おいフド、ちょっと来てくれ」
シバと水の話をしたとき以来、部族内での私の立場は変わった。みな自分たちのやっていることに改良点があるか逐一聞いてくるようになった。
砂と浜と水しかない土地であるから、言われても役に立てることは少ないのだが、みな図体に似合わず(失礼)勤勉である。
「不動、良かったな」
シバが声をかけてきた。正直コレもシバのおかげだと思っている。ただ、私はシバ同様、あまり部族の中で役には立っていない。それが自分でももどかしい。
確かに自分には知識は多少ある。しかし、道具と言う物が存在しない世の中ではまさしく絵に描いたモチである。
「理屈は分かった、それを実現するためにはどうしたらいい?」
「いや、ここでは無理だ」
こんな感じである。普通なら「じゃあ言うな」と一喝されるだろうが、ここの人間のすごい所は何でも何度でも聞いてくるところである。
「何時その知識がつながって役に立つものになるか分からないから」だそうだ。正直、その考えには尊敬の一言しか浮かんでこない。
私はもっと役に立ちたかった。
彼らと暮らすたびに、その思いは大きくなる。
シバに聞いてみよう。なぜここに住んでいるのか? 遠くに緑の山も見える。君たちのバイタリティならもっと楽に暮らせる。
そもそも此処はどこなんだと……。
シバは一つ一つ答えてくれた。
ここは4つ目の湖だと。5つの湖の中で一番海に近く、水と砂さえ我慢すれば食料には困らないのだと。
確かにそうかもしれないが、海水魚にこだわる必要は無いのではないか? 山と淡水がそろっていたほうが良いだろうと食い下がってみた。シバは答えにくそうに説明してくれた。
「我々の一族は私たちだけではなく、5つある湖に点在しているのだ」と。
元々が遊牧民的な生活をしている彼らにとって、ひとつの拠点だけでは足りないのだと。淡水の湖と草がある限り本体の部族は助かるが、そこだけでは足りないものもある。
なるべく他民族に取られないように、やせた土地でも資源がある限り土地の確保はしておきたいと言うことらしい。
言いたいことはわかったが、納得できないこともある。なぜそれを君たちだけでやっているのだ? 交代でやればよいだろう? と、言いかけたが、シバの顔を見て理解した。
「アネさんや、他のみんなはこう考えている。一人の自分より、家族や跡継ぎがいる者を安全な本拠地に住まわせるべきだと……」
「アネさんも、兄妹と甥と姪が本拠地に暮らしているんだ」
やっと理解した。
ここの者たちがどんな人間なのか……。
つっけんどんや、柄が悪いのは他部族への警戒感。優しさや向上心は一族全体のため……。
やばい! 泣きそうだ!
シバ……俺にもっと出来ることを一緒に考えてくれないか?そんな話を聞いたら、俺は今のままではいられない。
役に立ちたいとかそんなことじゃない。俺をこの部族の仲間に入れてほしい……。
俺は心からそう答えた。彼らの精神は俺なんかの遥か上にある。ここに来てからの自分の行動が恥ずかしくてしょうがない……。
「今のところは不動の知識で十分だよ。むしろさっきの様に、君から見た疑問点を問うてくれたほうが良いかな」
シバは相変わらず優しい返答をした。
それがまた心に刺さったが、私は揺れる気持ちを押さえつけ「何か」を探した。
そしてふと思った。
シバ、湖や周辺の地形を教えてくれ。湖が5つもあって、ここが一番海に近いなら、うねった川と他の湖自体の距離も近いはずだ。
「いや、川から湖が出来ているわけじゃないんだ」
シバは不思議なことを言った。もちろん生まれたときからこの周辺育ちのシバにとって、うねった川を見たことがないと言うことを考慮してもだ。
そして砂の上にシバは湖の位置関係を書いてくれた……。
……。
……馬鹿なっ!
そんな位置関係の自然の湖などあるわけが無い。
湖は……シバの書き方では丸みを帯びていたが、どう見ても五角形を表す配置に点在している。
それを水路でつないでいるのだ。俺はコレを何度も見てきた。いや、見てきたのではなく、軍属の研究所にいたときに防衛や緑地化の研究として何度も携わってきた……。
……アクアネットプロジェクト……。
そんなものは机上の空論だと思っていた。
実現できる設備や費用や時間なんて到底準備できるものではない。
俺は言葉に詰まりながらシバに話した。ここは昔からこうなのかと。
「もちろん、俺が生まれる前からこうだし、皆がこの土地を守ろうとしている。誰も疑問に思わないし、土地のおかげで先祖代々生きてこられたと湖に感謝している」
当たり前だ、淡水側の湖、塩水側の湖、砂地、緑地、全ての資源は莫大で、ファンタジーチックな暮らしでは御釣りが来るほどの量になる。
ただ単に彼らにそれを取る力が無いだけだ……。
俺は急に怖くなった。ひょっとしたら自分は知らない世界に飛ばされてきたのではないかと思い始めていたからだ。
だが、当たり前のことだが違っていた。
この土地は科学的に作られ、人が生きていけるように計算されているのだ。
不便なんかじゃない。彼らの文明が追いついていないだけだ……。
「不動、どうかしたのか?」
脂汗を流して考え込んでいる俺を心配してシバが話しかけてきた。だが……どう説明していいのか分からない。下手をしなくても「我々が神から与えられた土地だ」と言うに違いない……。
シバ……一晩説明する方法を考えさせてくれ……。
そういうのが精一杯だった。