知恵
彼らのテントで世話になって3日がたった。
日焼けの痛みも多少は和らぎ、日常に関してももう問題は無いだろう。コレも全部彼「シバ」のおかげだ。
シバ、本当にありがとう。君が見つけてくれていなければ、俺は湖の上で干上がっていただろうし、ここでも見捨てられてのたれ死んでいたかもしれない。
「いや、それは無いよ。アネさんも小船は目に入っていたし、口では冷たくとも、それを見捨てる人じゃない」
「それにここでは水は貴重だ。見ず知らずのあんたの酷いやけどを治すために、汲んで来た水を迷わず使ったことが証拠だよ」
「他のみんなも大人しく指示に従っただろう? ここでは皆が頭としてアネさんを慕っているんだ」
確かに彼の言うとおりだった。
彼のテントでただ寝ている人間のために、仲間内で分けているであろう食料をくれたし、威嚇等の嫌がらせに関しても一切が無い。
「あんたが思っているほどここは嫌な場所じゃないよ。ただし嘘をつかなければね」
なるほど……。思っていたより悪い場所ではないようだ。人数の少なさも含めて、皆が協力し、誰が誰を出し抜こうとも思わない。もちろんそうしないと苦しいこともあるのだろう。
「で……あらためて聞くけど、あんたは何者? 分からなければ良いけど、隠しているなら止めたほうがよいよ」
いや、本当に申し訳ないが、以前説明したままだ。国も生活も全く知らないところから来たんだよ。
俺は本心から話した。そして自分が何を出来るのか反対に教えてほしいとも伝えた。
「じゃあ、まずは生活の知恵かな? 違う文化からきたのなら、着眼点の違う事もたくさんあるだろう? それを教えてほしい。たとえば水に関してとか?」
たとえばと言いつつ、目が本気だった。それほど水は貴重なのだろう。
「あんた、あれほど水を欲する状態だったのに、湖の水を飲まなかったね?この湖の周りでは常識だけど、俺は最初からそれが気になっていた」
「普通は異国から来た者なら、海水に近い湖の水を飲んで悶絶しているか、干からびているかだ。あんたが水を飲まなかった理由と、水不足を解消できる方法があれば聞きたい」
干からびていた俺の状態を見ていたから当然と言えば当然かもしれないが、この男は見たものをスルーしないで一つ一つ紐解いていく能力があるのかもしれない。
俺はまず人の細胞の塩分濃度と、湖の水が海水に近いことの説明を始めた。
シバは言っていることは理解したが、まず細胞と言うものが理解できないでいた・・・。
仕方ないので、汗や血液の塩辛さで説明したが、まだピン来ないようなので、身体全体でひとつの細胞として説明し、身体から水分が奪われることだけを説明した。
「あんたすごいな!、じゃあ、真水を作る事は出来るのか?」
「ここでは真水はオアシスか、雨だ」
井戸……は、砂地だから難しいな。蒸留……は、マキも貴重だからさらに無理だろう。
太陽光を利用したレンズ代わりになる鍋を作ればいけそうだが、金属はなおさら貴重で、鍋釜をつぶして巨大な半円を作らせてはもらえないだろう……。
私はしばらく考えた後……。
シバ……網はあるよな? あと、このあたりで朝靄や霧が出るところはあるかい?
無ければ海からの風頼りになるけど、多少は出来るかもしれない。
「山は……ちょっと遠いな。網は何とかなるけど」
朝靄や霧を網で捕まえようと思ったが難しいか……じゃあ、最後の手段というか、一番簡単な方法だ。湖沿いの日当たりの良い場所に穴を掘って、真ん中に容器を置き、上から布でふたをしてくれ。
出来るかどうかはわからんが、俺はシバに原理を説明した。
「あんたすげえな! たとえ少量だろうと、コレを応用すればもっと何か出来るんじゃないか?」
結局、真水を取り出せはしたが、人数を潤せる分は当然無理であるし、貴重な布を長期間紫外線にさらすことも問題があった。しかし、集まりの中で、皆の私に対する見方が変わったのは一番の収穫であった。特に科学の認識が無いものたちにとっては、感覚的に理解していたことの説明が喜ばれた。
この一件から、皆から名前を聞かれるようになった。この部族では名前を呼ばれることが仲間の第一歩であるらしい。
当然シバは最初に聞いてきた……。
俺? 俺の名前は「不動」と言うんだ。