湖上
城の窓から城下を見渡す。強い日差しに目を細めながら、城下の宿屋を出入りするガラの悪い男たちを見る。
「あの日もこんな日差しの強い日だった……あれから何年たったか……」
―― 20年ほど前 ――
体中が熱い……心地良い揺れと共に突き刺さるような日差しが容赦なく皮膚を焼いてくる。
ヒリヒリと痛みを伴う日差しを遮ろうと袖で顔を隠し数秒考えるが、今の状況が全く理解できない。
そもそも自分は軍の訓練中に倒れ、救護室で休養を取っていたはずである……が……。
起き上がってみれば、ここは小船の上で、陸地はかすむ向こうに見える程の距離の湖?の上である。
もちろんオールも無い。最初は状況が分からないまま手でこいでみたりもしたが、すぐにあきらめた。
いよいよもって体力的にまずいかと漕ぐのをやめ、半ばふて寝のような状態で身を横たえていたが、正直自分は長くは持たないのではないかと覚悟をし始めたときである。
「アネさん!誰かいる」
男の声がした。続いて、
「こんな所で? オールもなしに? どこの馬鹿だい?」
女の声だ。
「流されているみたいだ。見ない服装だが、ここら辺の部族じゃないみたいだ」
「金目のものと食料は? 助けるのは別にかまわないが、ここから引っ張っていくのは骨だからね」
身ぐるみ剥がされてはたまらんと、わずかに手を上げてジェスチャーすると、女のほうが反応した。
「ちっ、邪魔しやがって」
助けてくれるんじゃないのかと疑問に思いつつも、脱水症状で満足に動けない身体ではなんともならない。黙って小船を引っ張ってもらうも、その間ずっと女は悪態をついていた。
「まぁまぁ、また来こようよ」
女は少しすねたように答えた。
「……あぁ……」
話の仕方から見て、主導権を持っていそうなのは女のほうなのに、特定のことに関しては男の言葉で納得しているようだ。なんだろう? ふてくされているのを諭されている様な感じだ。もっと突っ込んで言えば、こいつらデキテルな? という雰囲気である。
誰も来ない湖の真ん中でのデートを邪魔されれば、そりゃ不機嫌にもなるだろう。金目のものと多少の文句で済むのなら安いものかもしれない。なんにせよ、船だけ取られて水の中に捨てられなかっただけでもよしとしよう。
身振りとカラカラののどから発した小声で礼を言うも、「うるさい、黙れ」と一喝され、大人しく揺られること数時間。岸に着いた音とともに、ガラの悪そうな男集の声が聞こえてきた。
「どうしましたアネさん」
「お帰りやさいアネさん」
どう見ても堅気の集団にはきこえないなと思っていたら……。
「バシャッ!」全身に冷水を浴びせられ、砂浜を引きずられ始めた。
「納屋のタライに水でも張って一晩浸しときな!」
あの女は俺に何かうらみでもあるのかと思いながらも、処置としてはあながち間違っていないのでされるがままに納屋のタライで一晩を過ごした。
……一晩あけて……。
「で……アンタはどこの誰なんだい?」
ゲル(遊牧民が使うテント)のようなテントの中で、頭であろう女に問われた。見れば女をはじめ、周りの男集もファンタジーに出てくるような装束を着ている。返答に困りながらも周りを見回していると……。
「こっちが聞いているんだよ」
と、女は使っているキセルで俺のあごを上に持ち上げた。
「一応命を救ってやったんだ、何かしらの説明や恩を返すのがスジってもんだろう、ちがうか?」
そうは言っても、こっちもわけが分からない。救護室で寝ていたはずが、ファンタジーか、異国の村に飛ばされた感覚なのだ。おそらく彼らに話しても理解されないだろうが、説明が無いままでは納得もされないだろう。
私は正直に……兵士として戦いの練習中に倒れ、気がついたら船で流されていた……助けていただき感謝している……と、答えた。
覚悟はしていたが、全員が「?」という顔をしていた。女はあきれた顔をし「あたしは何より嘘が嫌いでね。隠し事をするなら覚悟してもらうし、あたしらにメリットの無い人間なら出て行ってもらうよ」と、完全に疑りモードである。
私は正直に訴え続け、この服も兵士としての制服である事、ここがどこなのか全く分からないので出来れば置いてほしい。出来る範囲で恩を返すと説いた。
女をはじめ、周りの男衆全員が疑惑の目を向ける中、最初に女と一緒に船に乗っていた男が口を開いた。
「アネさん、彼は嘘を言ってないと思う。人手も足りないから、私が面倒を見る事を条件にいさせてもらえないだろうか?」
見れば男は、他の男たちに比べ細身で力はなさそうであった。このグループの中では男としての働きを問われると苦労しているだろう。
「っ……しょうがないね……」
女は苦い顔をしながら男の申し出を了承した。
どうも女の方が、男のほうへ特別な感情を持っているようだ。
ここから私と彼女らの長い付き合いが始まることとなる。