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妄想散録  作者: 下歩(旧アルク)
妄想漂流記
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7.旅は道連れ世は情け

 ──プロローグ


 これで何度目になるだろう。私は執筆に着手した。


 そして、今回もまた、開始早々から難航を極めた。


       *


 小説を書くにあたって、まずはジャンルを決めなければなりません。小説の設定づくりを家の土台づくりに例えるなら、ジャンル選びは立地選びに他ならないのです。


 憧れのマイホームを便利な都会に建てるのか、それとも長閑のどかな田舎にするのか、オーシャンビューかはたまた秘境同然の山奥か。私は本の虫ですから、やっぱりふらふらっと本屋さんに出掛けられるような街中に居を構えたいところです。でも、そこが(つい)住処(すみか)になる可能性を考慮すれば、時間がゆったりと流れる田園こそが理想かなとも思います。毎朝富士山を間近に拝められたら幸せでしょうし、四国で育った身としては、瀬戸大橋を眺望できる暮らしにも惹かれます。長野県の阿智あち村に住んでしまえば毎夜天体観測がはかどり、天文学のオーソリティになることも夢ではないかもしれません。生意気にも京町家に住んでみたいと思ったり、恐れ多いので思わなかったりもします。いずれにせよ、強欲な私奴わたくしめはどこに住んでも円満具足とはいかないでしょう。叶うなら、様々な土地に住んでみたい。竜宮城の豪華絢爛な暮らしも魅力的です。住民票を宇宙に打ち上げ火星人になってみたいと空想したこともあります。


 いっそのこと、すべてが叶う小説の住人になってしまいたい。


 ……。


 迂闊うかつに妄想を膨らませると、すぐに話が脱線します。まったく油断大敵です。


 私は優柔不断な性格をしているので、ジャンル選びでも常に迷走しています。ファンタジー、SF、歴史、ミステリー、ホラー、現実を舞台にした青春群像劇なんかも捨てがたい。どれを書いても楽しくなりそうで、だからこそ、どれかを選んでどれかを諦めることは、勿体(もったい)ない気がしてなりません。文章中に全部の要素を投げ入れて美味しい闇鍋を完成させたいのですが、口惜しいことに私には筆才がないようなのでそれは叶いません。


 片喰荘の皆さんに話していただいた体験談をもとにするのなら、ファンタジーやSFの世界で剣や魔法や銃火器を駆使した熱いバトルをして、流血させて、温泉に浸かったり音楽を奏でたり海賊に攫われたりおにぎりでお腹を満たしたり、あとは馬やレーシングカーを暴走させることも忘れてはならないでしょう。どの話も好奇心がそそられたので、取捨選択するのは非常に困難です。


 悩んでも悩んでもジャンルを決められず、私は初心に返ることにしました。


 私が小説を読むようになった原点は何か。


 遠い過去までさかのぼると、「漂流もの」という魅惑のジャンルが思い浮かびました。


 漂流もの。


 想像するだけでワクワクが止まりません。


 実のところ、これまでにも何度か漂流ものを書こうとしたためしがあるのですが、いずれも失敗に終わっているのです。私の一存で無人島や異世界に流れ着いた登場人物たちは、誰もが見知らぬ土地から帰ってこられずにいます。今のところ、生還者ゼロです。筆者である私が書くことを諦めるので、彼らも帰るのを諦めてしまうのです。


 本当にごめんなさい。


 しかし、今の私は一味違います。片喰荘の皆さんより拝聴した体験談が物語を彩ります。漂流者を待ち受けているのは前代未聞の大冒険です。


 私はノートパソコンの真っ白な画面に、漂流ものと相性が良さそうな二つの要素をメモしました。


・記憶喪失

・ボーイミーツガール


 壮大な物語が始まりそうな予感がします。


 ところが、そこからプロットを書こうとして指の動きが止まりました。皆さんの体験談をどうやって組み合わせるべきかという難題が、行く手をみっちりと塞いでいました。


 とりあえず書き始めてみても、やはりうまくいきませんでした。私の文筆活動は、いつものように停滞しました。少し書いてはすべて消しての繰り返しです。虚しい時間が過ぎていきました。


       *


 気がつくと、私は真っ白な霧の中を歩いていました。大きな水溜まりのような浅瀬がどこまでも続き、歩けど歩けど一向に景色が変わりません。


 この茫洋(ぼうよう)たる世界を、私は独りで歩まなければならないようです。立ち止まったところで、誰かがここから救いだしてくれる確証などありません。


 どこかにあるはずの出口を目指し、ひたすら足を運びます。間違った方角に進んでいるのだとしても、足を止める訳にはいきません。手探りでも出口を探さなければ、永遠にこの場所に閉じ込められる。得体の知れない恐怖が、じわりじわりと、私の後をつけている。


 幻聴であればいいのですが、私のものではないひっそりとした足音が少しずつ近づいていました。私は苦痛に耐えきれず、弾かれたように走りました。しかし足音は私を逃がしてくれないようで、両者の距離はやはり少しずつ縮んでいます。


 がむしゃらに走っていたせいで、足がもつれ、勢いのままに海面へと投げだされました。転んだ痛みよりも、冷えた手のひらで身体中をでまわされるような恐怖に呑まれ、私はもう、動けずにいました。


 万事休す。


 私は意識を手放すつもりでいました。


 その時です──。


 高く、高く、まるで飛んでいるような浮遊感に目を開くと、大きな岩のようなものの上に、ちょこんと腰掛けているのでした。


「あなたは……」


 私の小さな目と、その人のとても大きな目が重なり合いました。どうやら私は巨人の肩の上に乗っているようでした。


「あなたは、海神わだつみさんですね」


 私の左手には、あの日、笠間さんよりいただいた海神の御守りが、しっかりと握られていました。


 旅は道連れ世は情け。


 私は海神さんに身を委ね、当て所もない旅に出ようと決心したのです。


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