表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想散録  作者: アルク
妄想漂流記
55/69

1.まだ白い世界

 ──プロローグ


 ふと、そんな言葉が降ってきた。


 しかし、心当たりはないのである。


       *


 視界は不良。相変わらず、世界は霧に閉ざされている。百歩先の景色も見えやしない。


 空を仰いでも太陽はなく、そもそも空が存在するかも分からなかった。いつまで経っても夜が訪れないので、時間の流れを知ることもできない。そのせいで、本当に時間が流れているのかさえ疑問である。白い濃霧の世界はどこまで行ってもしんと静まり返っていた。秒針の時を刻む音が、やけに懐かしく思われた。


 僕は静寂な草原をさくさくと足音を鳴らしながら歩いていた。


 六千二百二十歩。それが昨日の記録だ。夜も朝も来ないので、就寝前を昨日と定義している。


 今日はすでに一万歩を超えていた。数字は日ごと増えているが、ここまで大幅に更新されるのは初めてのことだ。──世界が拡張されている。それもすごい勢いで。この調子なら、いつか草原の果てが生まれて違う景色が見られるかもしれない。そう思うと、僕の心は自然と踊った。


 退屈な草原の上に、人が一人だけ入れるくらいの縦に長い小屋があった。僕はこの草原を一日に何度も歩いているが、これまでこんなものは見た覚えがない。きっと昨日まではなかったはずだ。僕は新発見に胸を高鳴らせ、小屋の扉を開けてみた。


 そして中を確認して、落胆したのである。


       *


 どうやらこの世界はとても小さいようだ。昨日は六千二百二十歩で一周できた。


 しかし今日はその倍近く歩いたのだから、この世界の著しい成長ぶりには驚嘆させられる。きっと育ち盛りなのだろう。もっともっと大きくなれよと期待せずにはいられない。


 世界を一周してしまうと、僕は住居に戻ってきた。住居に戻ってきたからこそ、世界を一周したのだと確信できた。僕の住居は木造二階建ての小屋である。ひとたび突風が吹けばたちまち全壊しそうなほどちゃちな小屋だが、団扇うちわあおぐ程度のそよ風しか吹かないので安心安全だ。もちろん防犯設備などは皆無である。どうせ泥棒など存在しないのだから不要だろう。


 仮に倒壊しても諦めがついてしまうみすぼらしい小屋ではあるが、こんなのでも一応この世界の名所である。先ほど縦長の小屋を発見するまでは、世界唯一の建築物であった。だから必然的に、僕はここに住むしかなかった。


 もう一つ、小屋の裏にも名所がある。それは殺風景な池である。何の変哲もない池ではあるが、ほとんど草原に支配されているこの世界ではとても貴重な景観なのだ。それに食料となる魚が釣れるから、水の確保とあわせて生きていくのに欠かせない。もしも魚が食べられなかったら──考えるだけでもおぞましい。魚以外にはもっぱらキノコを食べて暮らしているのだ。だから魚が釣れなくなれば、僕の胃袋はキノコを溶かすための専門性の高い消化器官になってしまう。


 魚は言うまでもなく池でしか獲れないが、キノコはどこにでも生えている。草の中に隠れているのはもちろんのこと、気づけば寝床にも潜んでいたりするから油断ならない。その気になれば池の中でも見つけられる。本当にどこにでもあるせいで有難みを感じられず、毎日草むしりをするようにキノコ狩りをしている。


 僕はキノコで重くなった籠を背負ったまま、小屋の裏手へと回った。池の中ほどに小さな舟が浮かんでおり、その上に釣りをする同居人の影が見えた。


「おーい、おーい」


 エリンギみたいなキノコを掲げて手を振ると、霧の向こうにいる人影も大きな魚を掲げて応えた。


 今日も釣果は上々のようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ