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妄想散録  作者: アルク
待てど海路の日和なし
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3.インドア主義者の夏祭り

──満月のよいに森の喫茶店でお話ししましょう

月灯りに導かれ辿り着いた場所には、以前にも出会ったゴビと名乗る小さな男がいた。

ゴビは自然発火するキノコらしきものの鎮火に骨を折り、僕はいらついているゴビと早々に別れて目的の『森の喫茶店』へと向かった。

 あたかも絵本に出てくる小屋のような妙に可愛らしい外観をした『森の喫茶店』は、扉が洒落しゃれたアーチ型をしており、その扉には前回訪れた時にはなかった吊り下げ看板が掛けられていた。看板によると「本日貸切」となっているようだが、こんな森の直中ただなかにある秘境まで遥々はるばるやって来る物好きが他にいるのだろうか。


 ドアノブをひねって軽い力で引くと、今回は簡単に扉を開けられた。


 オレンジ色の温かな照明が降り注ぎ、まずレジカウンター裏の棚に陳列されている雑多な装飾品が目に留まった。棚の上下左右に分かれて等間隔に置かれているのは、藍色の小さな駄菓子の箱、右手をゆらゆらさせている招き猫、ひょっとこのお面、肝油缶、スーパーファミコンのソフト、見たこともない少年漫画の第五巻、メダカの魚拓、アニメキャラクターのソフビ人形、巨大な王将、偽物の盆栽、まし顔のお雛様、そして上段の中央にもふもふした白熊のぬいぐるみが行儀よく座っている。白熊のぬいぐるみは両手でカードを持っており、そこには「ボクをうたないで」と書かれていた。「撃たないで」と脈絡なく命乞いされても、僕は押し入り強盗ではないのだから、元より彼に向けて発砲するつもりは毛頭ないのである。


 そうして喫茶店の内装を見回していると、次は出窓に金魚鉢が置かれているのを見つけた。皓々こうこうたる満月を背景に、一匹ぽっちの出目金が泳いでいる。ギョロリと大きな目玉を駆使して懸命に仲間を探しているように見えなくもない。金魚鉢の脇に一枚のメモ書きがあったので、僕はそれを声に出して読んでみた。


「『ヘタクソでごめんなさい』?」


 意味が分からずしばし考え込んでいると、階上から足音が聞こえてきた。その足音はカランと軽い音で鳴り響き、優雅であった。


 さて次は何が現れるのかと期待して振り向けば、階段を下りてくるのは浴衣ゆかた姿のサハラ嬢である。


 黒地の浴衣には色鮮やかな満開の桜が刺繍ししゅうされており、何となくめでたい気持ちにさせられた。狐のお面をウェディングハットのように頭の斜め上に乗せているので、そこから察するに、現在の彼女は極めてゴキゲンであるようだ。そして、眼福であることこの上ない。この瞬間に僕は文学少女の浴衣姿を生まれて初めて拝見したのである。


「こんばんは、高瀬さん」


 サハラ嬢が慎ましく頭を下げた。


「いよいよ夏祭りの季節ですね。今年の私は気分だけでも夏祭り満喫ガールです」


 声を弾ませて心底から嬉しそうに微笑んだ。


 あまりにもまぶしすぎたので、僕は素直に「似合っているよ」と、彼女を褒めた。するとサハラ嬢は、田中久重のからくり人形のようにすすすとお面を動かして、表情を読み取られまいと顔を覆った。


 しかして僕は、浴衣を着こなす糸目の狐と対峙たいじすることとなった。「コン」と狐の鳴き声を聞いたような気がするが、おそらく幻聴であろう。


「気分だけじゃなくて、今年は夏祭りに行ってみようか」


 そう提案すると、サハラ嬢はお面を横にずらし、顔の半分ほどがあらわになった。障子の隙間から垣間見かいまみるように、じっとりとした視線で僕を品評するように見つめてから、彼女はも残念そうに言った。


「今年は執筆で忙しいのです」


 厳密に言えばまだ執筆前のはずだが、毎年何か理由をつけては夏祭りに出掛けようとしないのである。彼女は一年のイベントの中で夏祭りを最も愛している。しかし、いざ夏祭り本番になると尻込みして逃げだすのだ。敬して遠ざけるのが彼女なりの愛し方なのかもしれないが、今年こそ彼女を夏祭りに行かせたいと願うのは、僕の利己的な押し付けになってしまうのだろうか。


 まあサハラ嬢自身が行かないと決めているのだから、こちらとしては彼女の方針を尊重するまでだ。無理強いはできない。


「じゃあ今年は一意専心、創作の夏としようか」


 僕がそう言うと狐のお面を元の位置まで持ち上げて、「はい」と晴れやかにうなずいた。


 それにしても、綺麗な満月の夜に満開の桜を身にまとい、気分は夏祭りでいるのだから、ここでのサハラ嬢は自由すぎるくらい自由である。春、夏、秋の風物詩がそろっているので冬らしいものもないかと辺りを探してみたが、白熊のぬいぐるみ以外には見当たらなかった。いや、白熊が冬らしいかと言われると、日本に生息しているわけではないので何とも微妙なところだ。


 サハラ嬢がカウンター裏から二本のラムネ瓶を持ってくると、僕たちは満月と金魚が視野に収められる窓辺の席で向かい合った。


「まさか喫茶店でラムネを飲むことになるなんて思いもしなかったよ」


 サハラ嬢は肩を小さく揺らして「今夜だけ特別です」と、ちょっとだけ自慢気に言うのだった。


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