席替えは湊さんの隣
俺と若槻先生が同居し始めて一ヶ月が経った。あっという間だった。特に何事もなく順調な日々が経っていた。そんなある日、クラスあるあるの恒例行事が今日ある。
それは席替えだ。席替えと言えばクラスによってやり方は違うが大体はクジだったりする。先生によってはお見合い式やトランプ式というものもある。俺たちのクラスはクジだった。
とにかく後ろの席に行きたい俺はクジを引く時も後ろの席になることを心の中で祈りながらクジを引いた。しかし、願いというものはそう簡単に叶わない。結局、俺の座席は一番前の左端になった。片方の隣が壁ということがせめてもの救いだ。
「あ、隣エースなんだ〜 」
新しい席でくつろいでいると右の空いていた席に湊さんがやって来た。どうやら俺の隣は湊さんみたいだ。湊さんのことは嫌いではないが少し苦手だ。というよりも性格が真逆に近い。
「湊さんが隣なんだな 」
「エースと隣ってあたし運良いかもっ 」
湊さんはなぜかテンションが上がっていた。この間の屋上の時といい本気で俺を狙っているのか? まさかなとは思うが。気のせいだろう。
「エースさ、この間の話覚えてる? 」
丁度そのことを思い出していた所に湊さんが追求する。タイムリーな話題だ。
「何となく 」
「あれ、本気だから 」
「え? 」
「あたし、本気でエースのこと狙うから。よろしくね〜 」
湊さんは目の近くでピースする。あれは本気だったのか....湊さんも俺のことを好きって一体どういうことなんだろうか。正直、湊さんと俺はそこまで絡みはなかった。クラスのリーダー湊さんと帰宅部兼ボランティア部のエースである俺はあまりにも立場が違う。違いすぎる。天と地の差だ。
「エースって好きな人居ないでしょ? だからあたしにエースが惚れたらカップル誕生だよ? 」
「そ、そうだけど..」
何か面倒なことが起こる予感がした。それは上手い具合に的中した。隣の席になりこれまでよりも近くにいる存在となった湊さん。会話もぐいぐい来る。
「ねぇ、エース次の授業って琴ちゃんだよね? 」
「ああ。そうだったな 」
若槻先生が受け持つ授業は日本史と世界史だ。ちなみに次の授業は日本史の方だった。
「あたし、教科書忘れちゃったんだよね〜。エースの教科書あたしにも見せてくれない? 」
湊さんは俺に顔を近づけてお願いしてくる。少しでも近づけば鼻と鼻が触れるぐらいの距離になる。近すぎる。
「い、良いけど 」
「やった〜ん 」
俺と湊さんは席を合わせて教科書を真ん中に置いて準備する。すぐ隣には近い距離に湊さんが座っている。徐々にドキドキが加速する。
やがてチャイムが鳴り若槻先生が入ってくる。今日は何故か三つ編みだった。それがまた可愛い。見惚れてしまった。他の男子たちも雄叫びをあげていた。まるで獣だ。
「じゃあ授業を始めるわね。氷室くんと湊さん席を合わせてどうしたの? 」
「えっと、僕が教科書を忘れたので湊さんに見せてもらっています 」
俺は嘘をついた。この間の屋上の時といい湊さんは割と怒られることが多い。忘れ物が多かったり宿題をし忘れたりと。今回も教科書を忘れたことを言えば若槻先生も怒ると思う。
湊さんが悪いことだから怒られるべきかもしれないが若槻先生の怒る所をあまり見たくないという気持ちと怒られてばかりの湊さんを守りたいという気持ちもあった。
「そう。氷室くんは後でじっくりと話を聞かせてもらうわ。それでは授業始まるわよ 」
これは家に帰って説教だな。俺は今から覚悟した。
隣で座っている湊さんは紙切れを渡して来た。そこには「庇ってくれてありがとう」と書かれていた。良いことをした気分だ。
俺は湊さんから渡された紙切れの下に"どういたしまして"と書いて渡した時、俺は突然若槻先生に名前を呼ばれた。
「氷室くん。織田徳川連合軍と武田軍が戦った合戦の名前は? 」
若槻先生の目が鋭くなりいつもより怖い。まさか俺と湊さんのやり取りを見ていて怒ったのかもしれない。
「えっと、長篠の戦いです 」
「そうね。その長篠の戦いで織田信長が初めて用いた武器は? 」
「鉄砲です 」
「その鉄砲が日本に初めて伝来した島の名前は? 」
「種子島です 」
「どこの国の人から? 」
「ポルトガルです 」
若槻先生は俺が問いに答えるとそれに対して別の問いを流れるように挟む。しかも愛想がなく怖い。今までで一番怖いと思った。
「よく答えられました。お疲れ氷室くん。じゃあ次は147ページ開いて〜 」
その後は普通に授業が進んだ。当てられることもなく平穏な授業だった。やがて日本史が終わり席を離そうとした俺だったが湊さんに止められる。
「ごめん。他の授業も教材忘れたやつあって〜 」
引き続き他の授業でも席を隣に合わせて受けることになった。全ての授業で教材を忘れるとは最早狙っていたのではないかと思う。
他の授業でも若槻先生の様に席を合わせていることを指摘されて湊さんを庇った。ここまでする必要はないかもしれないが今日だけは特別に庇った。
「エースって優しいね 」
「明日は持って来いよ? 」
「うん。分かってる 」
六限目の授業が終わり下校前のホームルームを行う。若槻先生が入って来て挨拶をする。若槻先生はいつも人気なのでクラス全体が盛り上がるのだ。かなり騒がしい。
「みんな、静かにね。今日の放課後に来週からの宿泊学習の予定決めるから。実行委員の人は放課後残るように 」
「琴ちゃーん。実行委員決めてなくね? 」
一人の男子が手を挙げて発言する。同感だ。他のクラスでは実行委員を既に決めているという話が流れて来たが俺たちのクラスは一切話が通っていない。密かにどうなるのか気になっていた。
「実行委員は氷室くんと九十九さんにお願いするから 」
若槻先生の唐突な決まりに俺は驚いた。実行委員を任されるなんて一切聞いていなかった。
少しぐらい話をしてくれても良かった筈だ。勝手に決めるとは思わなかった。いくら若槻先生といっても少し不満だ。
拒否できなかった俺は委員長である九十九と一緒に実行委員として予定を若槻先生と組んだ。
その帰り、俺はずっと廊下で待っていた湊さんと一緒に帰ることになった。
「エースってやっぱりエースだよね 」
「どういう意味だよ 」
「クラスのエースだから実行委員を任されたんだね 」
「そういうなら湊さんもリーダーだから実行委員向いてるのにな 」
「あはは。そうだね〜 」
「俺の代わりにする? 」
「それは遠慮しとく〜 」
俺と湊さんの距離は近いお互いの肩がギリギリ触れるか触れないかぐらいの距離だ。夕日で湊さんが魅力的に見える。苦手だった筈の湊さんと普通に話せる。
「どうしたの〜? 」
「いや、何も 」
「もしかしてあたしに惚れた? 」
「そんなことはない 」
「そっか。あたしはエースのこと惚れてるよ。教科書忘れた時も庇ってくれたしね〜 」
「あれはたまたまだ。明日からは気を付けろよ? 」
「は〜い 」
長い一本道を歩きあのキツい坂の手前の分かれ道まで来た。そこで湊さんは足を止めた。どうやらここでお別れのようだ。
「あたしこっちだから 」
湊さんは左の分かれ道を指差す。
「俺は真っ直ぐだからここでお別れだな 」
「また明日ね 」
「ああ。また明日 」
俺と湊さんは手を振り別れた。その日の夜、若槻先生が帰って来てから今日の教科書についての話になった。どうやら若槻先生は俺が嘘をついたことを知っていたようだ。
若槻先生は俺が湊さんを庇ったことについて彼女の為にならないと注意しつつ優しいと褒めてくれた。
かつて色々な席替えを体験したことがあります




