放課後、家で反省する若槻先生
「氷室くん。ごめんなさい。あんな嫌な私を見せるつもりなかったの。湊さんが氷室くんにあんなこと言うからつい本気になっちゃって....」
放課後の若槻先生の家で俺と若槻先生は向かい合って座り今日の昼休みについて話し合っていた。若槻先生は湊さんに怒ったことを深く後悔しているみたいだ。
「あまり気にしないでください。驚きましたけど、俺はそれで嫌ったりはしません 」
「本当? 良かった〜 」
若槻先生はホッとしていた。若槻先生は本当に可愛い顔をしている。どんな表情になってどこか可愛いさが潜んでいる。
「でも、氷室くんもあれだよね..湊さんが氷室くんのこと好きになったら氷室くんも湊さんのこと好きになるよね。私よりも若い人が良いもんね 」
「そ、そんなことありませんよ。若槻先生だって十分若いですし 」
「私二十五歳だよ? みんな十代だけど私は二十代半ばだよ? 」
「年齢何て関係ありません 」
実際にそうだ。歳上でも実年齢を感じさせない人もいる。若槻先生だって制服を着て高校に紛れ込んでも生徒に間違えられてもおかしくないと思う。若槻先生は自分の年齢的に高校生たちに劣等感を抱いているが俺から見れば若槻先生は他の高校生たちと同じぐらい若さを感じる。
「若槻先生は可愛くて..綺麗で..魅力的ですよ 」
「氷室くん..ありがと..そうやって言われると少し元気出てきたな〜 」
「俺は何もしてませんよ 」
「私ね、氷室くんのこと本当に大好きだから。多分、いつまでも待てる気がする。氷室くんのことしか好きになれないから 」
俺は心がギュッと握られるような気持ちになった。俺は若槻先生にこんなにも好かれている。それにも関わらず俺は若槻先生に恋愛感情としての好意を抱いているのか分からないのだ。
「すいません。何か俺、自分でも分からなくて..」
「気にしないで。私これからもっとアピールするから。氷室くんが私への好意に気付くまで 」
「若槻先生.. 」
「あ、そうだ。今日も美味しい夕食作ってあげるね。実は朝から準備してたし 」
若槻先生は今日も鼻歌を歌いながら料理を始めた。俺は昨日と同じように宿題をしていた。しかし、頭の中では若槻先生のことを考えていた。俺は若槻先生とどうなりたいのか..例え好きになって付き合うとなっても関係は続くのか....禁断の恋は険しい道になる筈だ。例え両想いになったとしても厳しい。そんなことを考えていると宿題は中々手につかない。
◇
頬っぺたがツンツンする。俺はいつの間にか眠っていたようだ。目を覚ますと若槻先生がボールペンのノックで頬っぺたをツンツンしていた。
「あっ、起きた。疲れてたんだね 」
「ちょっと考え事していたらいつの間にか眠っていました 」
「考え事ってもしかして私のことかな? 」
「ど、どうでしょう 」
俺は一旦洗面所で顔を洗いリビングに戻った。テーブルには夕食が置かれている。真ん中には天ぷらが大量に置かれている。主食は黒豆ごはん、味噌汁は昨日と同じ赤味噌だった。
「凄い 」
「今日も頑張ってみたよ。氷室くんの美味しいが聞きたいから.. 」
「何かすいません。昨日と同じように手の込んだ料理を作って頂いて。俺は何もしていないのに 」
「私はね、氷室くんが一緒に住んでくれるだけで色々貰ってるの。だからそのお返しだよ 」
天ぷらはサクサクしていてとても美味しい。普段苦手な野菜ですら衣を纏うだけでとても美味しく感じる。天ぷらとは魔法の料理なのだ。幾らでも食べられそうだった。
「とっても美味しいです。若槻先生は料理上手過ぎて言葉にならないぐらい最高です 」
「ふふふ。ありがと。頑張ったかいあったな〜 」
「若槻先生食べないんですか? 」
若槻先生は両手を顎に置き俺の顔をじーっと眺めている。そんなことされると恥ずかしくて食べるスピードが遅くなる。
「あら、氷室くんどうしたの? 」
「あ、あまり見られると..恥ずかしく 」
「ご、ごめんね。ひ、氷室くんの食べる姿見たくて..本当にごめんなさい 」
「そんなに謝らなくても良いですよ 」
俺と若槻先生は無言で夕食を済ませた。なぜか急に話しづらくなったのだ。何気ない会話が難しいと感じる。若槻先生も同じような気持ちなのかもしれない。俺は残りの宿題を済ませながら考えていた。
「お疲れ 」
「若槻先生 」
若槻先生はテーブルにレモンティーを置いてくれた。レモンティーは俺の好物だ。そしてここに来て一つ疑問が出来た。若槻先生が出すものの大半は俺の好物が多い。しかもストレートに狙ってくる。まるで俺の好物が知っているかのようだ。
「若槻先生。俺の好物知っているんですか? 」
「うん。加奈さんに聞いて....」
なるほど。俺は全てを察した。母は俺と若槻先生の絡みに対して関わっている。今後も何かしらの関わりを見せてくるような気がした。恐らく、母は若槻先生の味方だ。俺と若槻先生をくっつけようという作戦なのかもしれない。これは俺たちの問題だから逆に迷惑なんだがな。
「若槻先生は母と仲良いですね 」
「うん。加奈さんは私を教師に育ててくれた一人だから。感謝してるの 」
「そうだったんですか 」
「加奈さんに氷室くんを紹介された時は驚いたなー。実はね最初は苦手だったんだよ? 人見知りの私にぐいぐい来るし、スカートは良くめくるし、パンツも何回見られたか....」
またもや新事実だった。幼い頃の俺は若槻先生のスカートをめくっていたとは。つまり何度もパンツを見ていたということにもなる。最低な幼少期だ。出来れば知りたくなかった。
「その節はすいません 」
「気にしないで。今は良い思い出だから。思えば氷室くんは私に元気を付けようとしてくれてたのかもね。当時の私は色々あって落ち込んでたし 」
「そうだったんですね 」
「うん。勉強とか交友関係とかで色々辛かった私を助けてくれたのが"怜黎"くんなんだよ? 」
若槻先生が突然、下の名前で呼んだ。俺はドキッとした。そして下の名前で呼ばれるだけで自然と嬉しい気持ちが込み上げてくる。こんな経験は初めてだった。嬉しさと同時にもっと呼んで欲しいって気持ちになる。
「ねぇ、これから二人な時だけ氷室くんのこと昔みたいに怜黎くんって呼んでも良い? 」
「は、はい。全然大丈夫です....」
「怜黎くん。怜黎くん。怜黎くん....えへへ。私、怜黎くんの名前大好きだよ 」
若槻先生は満面の笑みで俺を見る。心に春が訪れたような気分になる。満面の笑みを見せる若槻先生が可愛くて仕方ない。
「そうだ、怜黎くんも私のこと、琴都音か、琴ちゃんって呼んでみる? 」
「こ、こここ....こ、ここ....すいません。俺にはまだ無理です 」
異性を下の名前で呼ぶことに経験がない俺は恥ずかしくて狂いそうだった。顔は熱が籠り真っ赤になる。身体中から湯気が出そうだった。下の名前を呼ぶこともできない自分が情けなく感じる。
「そっか。怜黎くん、気にしなくていいからね。いつか呼んでくれたら嬉しいなって感じだから。ゆっくりで良いからね 」
若槻先生は俺の手を優しくギュッと握り視線を合わせる。心が強く揺さぶられる。俺は若槻先生と一緒に暮らし始めて何かが変わろうとしていた。しかし、まだそれには気付かない。




