弁当のおかずは恋バナ
湊 瑠璃が俺と若槻先生の間に入り昼食を一緒に摂ることになった。湊さんは若槻先生の横に座るとお弁当を取り出して蓋を開ける。お弁当の中は色とりどり野菜が鮮やかに盛り込まれている。野菜だけてはなく肉も上手く利用して見栄えのいいお弁当になっている。
「湊さん。それってもしかして手作りなの? 」
若槻先生が目をまん丸にして湊さんに尋ねる。湊さんはドヤ顔で首を縦に振る。俺も若槻先生と同じようなリアクションを取った。学生の手作りとは思えぬクオリティの高さだ。
「私....負けたかも..」
若槻先生がボソッと呟いた。
俺はすかさず若槻先生にフォローを入れる。
「いや、若槻先生の作ったお弁当も美味しかったですよ 」
言った後に俺は気付いてしまった。俺が若槻先生にお弁当を作って貰い食べたと誤解されてもおかしくない。そして教師が生徒にお弁当を作るということは何か深い関係があると察することもできる。そうなったら俺たちの同居もバレ大変なことになる。俺はその場で固まった。
「エ、エースって琴ちゃんのお弁当味見したの!? ずる〜い。あたしも食べたい〜 」
「み、湊さん良かったらお弁当味見する? 」
気のせいか若槻先生が俺に合図を送っているように感じる。俺は墓穴を掘らないように気を付けようと思った。少しの油断が大変なことになる。これまで以上に喋る時は気を付けようと思った。
「美味しぃい〜。琴ちゃんのお弁当マジ美味しぃ〜 」
俺がホッとしている時、湊さんは若槻先生のお弁当を味見してその美味しさに感動して声をあげていた。俺個人としても若槻先生のお弁当は相当美味しいと思う。
「もぉ、琴ちゃん料理上手すぎ。これは大南先生も堕ちるわ 」
大南先生..俺は彼の名前を聞くと心がもやっとする。俺は嫉妬しているのか? よく分からないが大南先生の話はあまり聞きたくない。若槻先生が大南先生のことを恋愛対象として見ていないのは知っているがどうも心が騒つく。
「湊さん。私は大南先生のこと恋愛感情で好きではありません。教師としては好きですけど 」
「えぇ〜絶対嘘〜。だってぇ二人お似合いなのに〜 」
「わ、私は..他に好きな人がいるからっ 」
これを聞いた湊さんは一瞬驚いた表情を見せるがすぐに表情を変化させた。そして少しニヤつきながら深く追求する。
「琴ちゃんの好きな人ってどんな人なの〜? 」
「も、もう私の話はしなくていいでしょっ! 」
「えぇー。琴ちゃんの恋バナ聞かせてくれたら授業も真面目に受けるし、宿題もきちんと出すから〜 」
「わ、分かったわ 」
若槻先生は即答だった。俺は湊さんがそんな約束貫くとは思っていなかったが流石教師だ。若槻先生は生徒の言うことを信じた。例え湊さんのような不真面目な人でも信じたのだ。
「私が好きな人は昔数回だけ会った人なんだけど、当時、落ち込んでいた私のことを助けてくれた素晴らしい人よ。あの人に助けられて私は頑張ろって思ったの 」
「へぇ〜。その人ってカッコイイ系? 可愛い系? 」
「どちらというと可愛い系かな 」
若槻先生は俺の顔を一瞬だけジッと見て言った。
それにしても俺は若槻先生と会った過去のことが全く記憶に残っていない。俺が若槻先生を助けたという話も知らない。
「そうなんだぁ〜。その人は琴ちゃんの事どう思ってるんだろうね? 」
「ど、どうなのかな..」
若槻先生はまたもや俺の顔をジッと見た。恥ずかしくなってきたので俺は弁当を食べることに集中した。弁当箱でなるべく顔が見えないように塞ぎ箸を進める。その間も、若槻先生と湊さんの話は進む。
「琴ちゃん可愛いし、おっぱいも大きいから大丈夫だよ〜。いざという時は身体を使って誘惑したら良いよ 」
「そ、そういうとは違うと思う....」
俺は昼食を食べながら昨日のオレンジジュースを溢した時に透けていた若槻先生の胸を思い出した。まだ頭の中にしっかりと刻まれている。
「ねぇ、エースもあたしと琴ちゃんと一緒に話しようよ〜 」
「いや、俺は....」
「エースは好きな人いないの? いや、居るよね? あたしの予想はクラスの委員長の九十九 風華ちゃんとかね 」
「氷室くんそれ本当なの!? 」
若槻先生が俺に顔をぐいっと近づける。物凄い食いつきようだ。ここまで食いつくとは思わなかった。湊さんが勝手に言っているが俺は今誰も好きではない。強いて言うなら若槻先生に対して抱いている気持ちが好意に近いのかそうでないのかくらいだ。しかし、そんなことすんなり言える感じではない。
「俺は誰も..好きとかないから..」
「そうなんだ〜。だったらあたしのこと好きになって見ない? 」
「え? 」
「何言ってるの湊さんっ! 」
若槻先生はまたもや強く食いつく。俺も湊さんもビクッとするぐらい驚いた。若槻先生はマジの顔になっている。しかも、少し怒っているような気がする。
「じょ、冗談だよ〜。あはは....」
「冗談でも言っていい冗談と良くない冗談があるのよ? 気をつけなさい 」
「は...はい 」
若槻先生は湊さんに対して学校生活に対しても説教に近い注意をする。湊さんはしょんぼりして顔を下に向ける。俺は流石にやり過ぎではないか?と思った。湊さんも冗談で言っただけだからそこまで言わなくてもって所だ。
「あの、若槻先生。その辺りで....」
「氷室くんは黙ってて 」
「はい 」
これは何を言ってもしばらくは無理だと悟った俺はしばらく黙り弁当の残りを食べた。やっぱり美味しい。
俺が弁当を食べ終えたタイミングで昼休み終了のチャイムが鳴る。次の授業のチャイムまでは後五分という状況だ。
「若槻先生。弁当まだ残ってますけど大丈夫ですか? 」
「ぇっ....しまった..弁当全然食べられなかった....どうしよ....」
恋バナと湊さんに対する注意で若槻先生は殆ど弁当を食べることが出来なかった。若槻先生は頭を抱えておろおろする。
「うぅ..お弁当食べないと力出ないよ〜 」
先程の注意していた時の威圧感は嘘のように消え別人のようだ。そのギャップが中々可愛いかもしれない。
「若槻先生。どんまいです 」
「ぁぁ..やっちゃった..」
「若槻先生。あたし戻るから 」
湊さんは空の弁当箱を袋に包み右手に持ち一礼して屋上から去る。俺も次の授業まであまり時間が無いからすぐに屋上から出ようとしたら若槻先生が声をかけてきた。
「氷室くん。嫌な私見せちゃったよね....ごめん。嫌いにならないで欲しいな.. 」
若槻先生は湊さんに対して怒っていた時の自分を俺に見られたのが嫌だったようだ。もしかしたら湊さんの発言に対して条件反射で怒ってしまったのかもしれない。怒りたくて怒ったという感じではないのかもしれない。
「嫌いになりませんよ。では、また 」
俺は背を向けて走り出した。割と時間の余裕が無い。五時限目は数学だ。担当の教師は中々厳しい人なのだ。恐らくこの学校の中でもトップ三に入るぐらいに怖いと思われる。遅刻したら先程の湊さんに対する若槻先生以上だろう。
急いで教室に戻った俺と湊さんは何とか間に合うことができた。