四話 決着と未来<完>
その日から雪継は、アリアたちに手伝ってもらいながら情報を探っていった。
次の出現地点、出現の原因など敵の情報に加え、防衛軍の隠している機密情報を盗み出したりしていた。
特効物質があるとかいう情報も手に入れており、もしものために手に入れたいとアリアと話していた。
三日後、廃墟のビルの上に雪継は立っていた。
狼の顎を真似たマスクに、いたるところに傷のあるコート。そして、改造したライフルを持つその姿は、探偵としてではなく、軍人としての伊上雪継がそこにいた。
「バレたら捕まるな……まぁいいか」
この三日間で、雪継は防衛軍が隠していた特殊な隕石に引き付けられるという情報を掴んでいた。
「使いたくもないコネやら色々と大変だったが……それも今日で終わるな」
かつて使っていた装備品を修理し、防衛軍の情報を盗み取り、彼らに先んじて計画を練っていた。
廃棄され、誰も住んでいない廃都市に例の隕石を設置するという単純な作戦だったが、アリアがいなければもっと大変だったろう、と雪継は思っていた。
「そっちの準備はどうだ?大丈夫そうか?」
雪継は後ろを振り返ることなく、暗闇にそう問いかけた。
「…大丈夫です。ちょっと怖いけど、雪継さんの友達のためなら頑張れそうです!」
影からアリアが顔を出した。緊張しているようだったが、笑顔で答えた。
「そうか…無茶をしてくれるなよ?」
「雪継さんこそ一人で突撃しないでくださいね?」
雪継は、分かってると頷いた。
「流石にそれはしないよ…多分」
ただ、と続ける。
「アレが俺の部下からできた怪物だからな……隊長として、友人として倒さなければならない、と俺は思ってるよ」
雪継はアリアの方に少し振り返って答えた。
アリアにはマスクのせいで口元は見えなかったが、微笑んでいるように感じられた。
「そういうわけで前言ったこと、頼むぜ?」
「はい、完璧に遂行して見せます!」
アリアはおどけた様子で自身の右手で敬礼する。
「頼もしい限りだよ……ネム、いるか?」
ネムが何もない空間から平然と出現した。
「ん、いる」
「敵は?」
「すぐちかく」
雪継はありがとうと言ってビルのへりに立つ。
眼下に広がるは無人の廃都市、障害物だらけの暴れられる場所。
「さてと…行くか」
「うん」
雪継は念願の最終任務へと一歩踏み出した。
「ネム、細かいのは任せるからな」
ビルや瓦礫を飛び越えながらネムに話しかける。
「わかった、こまかいのはまかせて」
「よし……そろそろだな」
徐々に暗くなってくる空を見て、雪継は標的へ近づいていることを悟った。
瓦礫を飛び越えた瞬間、ネムの姿が見えなくなった。
雪継が殺気を感じ、視線を左にずらすと黒い塊が飛んできた。
「おっと…!危ねぇなっ!」
身をひねりながら、ライフルで二発撃ち込む。
黒い塊から黒い瘴気が噴き出し、ハゲワシのような大型の鳥類が落ちていった。
(やはりか…影響力が増している。さっさとけりをつけないとな…)
雪継は落下しながら、苦々しい表情で考えていた。
「せいっ」
着地と同時にちょうど真後ろでネムが敵を斬った音がした。
「いつの間にか囲まれていたか…やっぱり面倒だな……」
「?」
黒い霧によって異形の姿となり果てた動物たちが二人をとり囲んでいた。
ネムがどうするといった具合に首をかしげる。
「決まってるだろ?全部倒せばいいだけの話だ」
「かんたん、まかせて」
「おう、さぁ俺は先にボスを倒しに行くとするか」
二人は同時に逆方向へ走り出した。
雪継が中心に近づくにつれて、さらに暗く重い空気が広がる。
「まったく、面倒をかけさせやがって……」
黒い瘴気の中心にそれはいた。
以前見た時に比べて数倍は肥大化し、無数の腕が絶えず蠢いていた。
「さて…提言書の無力化方法を試すか……駄目ならミサイルでもぶち込むしかないな」
雪継は特殊弾が装填された大口径の拳銃を取り出す。
その特殊弾は地球外生命体の回復を阻害できるもので、雪継が軍に属していた時に重宝していた弾薬の一つであった。
「ただ…あの分厚い外殻に穴を空けないとな。無力化方法が駄目だったときは、このオンボロ拳銃を使わなきゃならん」
そう言って雪継はライフルを構えなおした。
「とりあえずアリアが戻ってくる前に、だな」
暗い廃都市に発砲音とマズルフラッシュがほぼ同時に響き光る。
無数の腕が音の鳴る方へ叩きつけられるが、瓦礫が潰れる音のみが聞こえてくる。
敵は腕の本数を増やしていくが、風に舞う花弁のように掠りもしない。
雪継はあらゆる角度から迫る腕を軽やかに避け、いなし、その間も同じ場所に銃弾を撃ち込み続けていた。
敵にも意図は伝わったのか狙われている部分をいくつかの腕で守っていたが、雪継はお構いなく腕ごと打ち抜く。
「……ふむ、そろそろ頃合いか」
マガジンを使い切ったため、雪継は一旦奥のビルまで退避し、マガジンを変えた。
「よーく味わいな…爆裂徹甲弾を、なぁ!」
雪継がトリガーを引くと、今まで撃っていた弾より数倍の反動で銃弾が飛んで行った。
銃弾は迷いなく敵の中心、執拗に狙っていた場所を貫いた。
その瞬間、耳をつんざくほどの轟音と共に敵の巨体が後方に吹き飛んだ。
「すごい音ですね…これなら穴が空けられるかもしれませんね」
いつの間にかアリアが雪継の隣に立っていた。
「…びっくりするからいきなり横に立たないでくれ。それで、準備は大丈夫か?」
「はい!…でも、大丈夫なんですか?」
アリアは箱を手渡しながら心配そうに聞く。
「これがあればあの瘴気を、あいつの細胞を破壊できる…まぁ理論上は、だがな」
「そういう訳ではないんですが……」
雪継は少し考えて、ハッとしたような顔になりアリアに向き直った。
「まー問題ないさ。まだ死ぬ予定もないし…それに、三人でまた飯食いたいしな。だからそんな顔するな」
マスクを外し、いつもの笑顔で微笑みかける。…そんなことは保証できないことは分かり切っていたが。
「分かりました…待ってますからね」
アリアは決意を固めたようで、ぎこちないが雪継に微笑み返した。
「おう…行ってくる」
雪継が敵の近くに来た時、爆発が相当効いたのか核の部分から大量の瘴気と粘り気のある液体が流れ出ていた。
(なかなかにダメージを与えられているようだな…やはり火力は大事か)
雪継がそう考えていると、敵に向かって傷一つないネムが突っ込んでいった。
「あいつ……まぁいいか。ネム!腕を狙え!」
ネムはこっちを向きサムズアップをした。
驚くほどの速さで残っている腕を切り倒していくが、如何せんまだ再生力が残っているのかまだまだ生えてくるのが遠目でも見える。
雪継はアリアから渡された箱を急いで開けた。
その中には大きな釘に丸い機械がついたような奇妙な物体だった。
「これが防衛軍の新兵器か…刺せば薬剤が奴らの組織を自壊に追い込むとかいう。…理論上は」
雪継は疑心暗鬼ではあったが、使えるものは使うだけだと呟き、
「ネム!援護を頼む!」
軋む体に構わず全速力で敵に向かって走りだした。
しかし、何かを察知したのか雪継の方に注意を向け始めた。
「じゃまはさせない…っ!」
ネムは必死に雪継がたどり着けるように腕を切り落としていた。
それでも打ちもらした腕は縦横無尽に雪継へと襲い掛かる。
「お前がどんな攻撃をしようと関係ない……お前を殺すのが、俺の!隊長としての任務だ!」
雪継は迫りくる腕を避け、撃ち落としながら、兵器を起動させ体の発条を利用して前方に蹴り飛ばした。
どう考えても敵のもとには届かないように思われたが、
「まかせて」
ネムが雪継の意図を汲んだのか、空中で掴み、そのまま敵に向かって突撃した。
兵器が命中した瞬間、機械部分が赤く光ったかと思うと、ビルの一角が弾け飛ぶほどの爆風が起こった。
ほんの僅かではあるが分厚い瘴気が散って、一筋の光が差し込んできた。
ネムの姿が見当たらず、まさかと思ったが、脇腹をまたつつかれた。
「…流石だな、まったく。とりあえずお疲れ様、助かったよ」
「ん…つかれた」
雪継は横にいたネムに労いの言葉をかけつつ、頭を撫でた。
「さて…こっからは俺の出番かな…」
敵は回復を封じられ、人型に戻りつつあったがその表面すら今にも溶け出しそうになっていた。
「俺の仲間を返してもらおうか…化け物野郎」
雪継がライフルを構えると、呼応するように敵も腰を落とし飛び掛かる構えをした。
両者はそのままにらみ合いを続けていた…が。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァ!!」
一瞬にして雪継の目の前に飛び掛かり、今にも首をへし折りそうな勢いだったが。
雪継は完全に敵の動きを見切っていた。
身をかがめつつ体を回転させながら敵を避け、そのままの勢いで身を捻じりながらライフルで思い切り殴り飛ばした。
かたい金属音をたてて、敵は横に滑っていく。
「ふぅ…銃身が曲がったか。…お気に入りだったんだが」
そう言いつつライフルを脇に捨て、拳銃を取り出した。
雪継はちゃんと装填されていることを確認して、安全装置を解除した。
拳銃を構えなおすと、敵はちょうど起き上がってはいたが、攻撃をしようという意思は感じられない状態だった。
「最期くらいは、一発で終わらせてやるよ…」
散った瘴気から差し込む光が敵を照らした。
「安らかに眠れ」
全世界を荒らしに荒らした最凶の生命体は、実にあっけなく倒れた。
胸を撃ち抜かれた敵は、足から瞬時に灰となって崩れ去った。
「……何も、残らないんだな」
雪継は風に舞っていく灰を見ながら、しみじみと呟いた。
そんな様子を見かねて、アリアとネムが近寄ってきた。
「だいじょうぶ?」
「……あぁ。あいつは、自由な奴だったからな…きっと、本望だろう」
雪継は、形見であったエラーコインを眺めながら、独り言のように答えた。
それから、一発残った拳銃を持ちながら深く考え込んでいた。
「雪継さん…」
(すべては終わった…やっと終わらせてやれた。……これで未練はない、はずだ)
雪継はそう思い顔を上げたとき、二人の、心配そうな顔が見えた。
「……やっぱり弱いな、俺は」
そんな顔を見た瞬間、消えていたと思っていた記憶がどうしてかよみがえった。
オッズと最期に交わした会話。
「あんたは一人の人だ。…隊長とかそんなのは気にするなよ。ただ…」
「ただ、なんだよ?気になるだろ?」
思えばあの時自分が死ぬかもしれないと感じていたのだろう。
「『自由であれ』か……どうして忘れていたんだろうか…」
分かり切っていた疑問ではあったが、そう呟かずにはいられなかった。
こみ上げてくる涙を押しとどめながら、雪継は無言でアリアに拳銃を差し出す。
「え?えっとこれはどういう…?」
「そいつは…今の俺には必要のないものなんだ。……頼めるか?」
雪継は苦笑しながら手渡す。
「分かりました…任せてください!」
そう言ってアリアは拳銃を受け取り、それを……消した。
「さっきの言葉はやっぱり……?」
「あぁ…」
雪継は返事をしながらコインを弾いた。
落ちてきたコインは、やはり表だった。
(もう少しくらいは、自由に…生きてみるか。…今更だって笑われるかな)
親友の形見を強く握りしめながら、微笑みながら二人の方を向く。目の端に浮かんでいた涙を二人は見なかったことにした。
「じゃあ帰るか。…見つからないうちに」
「はい!」「うん」
三人はそれぞれの報酬を胸に、彼らの居場所に帰っていった。
「雪継さん、これはどこに置けば…?」
「窓際でいいと思うけど…まぁ任せるよ」
アリアがはーいと返事をしながら花瓶を運ぶ。
「しかしさー……ツグさんホントにこんな美人どこで引っかけてきたの?そんな甲斐性あるようには見えないけど」
「レンちゃんってけっこう俺の心抉ってくるよね…。まぁ出会いは…成り行きなのかな?」
俺達は隣人にも手伝ってもらいながら、事務所の整理をしている。
「ユキツグはいいひとだよ、でもカイショーはないかも」
レンの膝の上に座っているネムは、フォローになっていないフォローをする。
レンはだよねーとか言いながらネムの頬をムニムニといじっている。
「ひどいなまったく…なぁアリア?なんか言ってくれよ」
後ろにいるアリアに聞くと、
「…そうですね。仕事はちゃんとしますよね、はい」
「仕事以外駄目みたいに言わないで…間違ってはないけど」
とても心が痛い台詞を投げかけられる。
「ま、まぁ今からでも遅くはないですし、それに私が料理とかは教えますので!」
「あぁうんありがとう…俺一応最年長なんだけどなぁ…ま、いいか」
細かい整理ができたのかアリアが隣に座った。アリアにお疲れと言いながらコーヒーを渡す。
レンがそう言えば、と俺たちを見て呟いた。
「なんだ?なにか聞きたいことでも?」
「うん。…二人っていつ結婚するの?」
盛大にコーヒーを吹いた、二人とも。
「ななな、なにを言ってるのレンちゃん!?べ、別に雪継さんとはそういう関係では…!」
「マジでそういう冗談は心臓に悪いからやめてくれ…というか何でそうなる…?」
「えーだって二人とも名前で呼び合ってるしーさっきも夫婦みたいな感じだったしー?」
レンは悪気なさそうに説明してくる。
「名前は別にいいだろ…というかアリアがいろいろ察してくれてるからであってだなぁ」
「そういう所が夫婦っぽいって……あ!アリアさん顔真っ赤だ~実は満更でもない感じ?」
「かおまっかだ~」
横を見ると確かに顔が赤い、ついでに耳も。
「ち、ちがっ…う~~~~~……もういいでしょこの話題!続きしますよっ!」
アリアはそう言って急いで奥に入っていった。
「君たちあんまり年上をからかうんじゃありません」
「「ごめんなさーい」」
(あんまり反省してなさそうだなこいつら…)
そうは思いつつ、本気で怒れないのは俺が甘いからなんだろうなとも思う。
まぁこの二人はこのくらいでいいのかもしれないな…アリアには悪いかもしれないけど。
ふと俺のデスクに置いてある二つの写真立てが目に入った。
そこには、かつての仲間の写真が入ったものと。
「まぁ追々考えよう…。今は、これでいい……」
なんでもない、いつもの空に、愛すべき馬鹿共がいる青い空に、ただそう思った。