repair:2014
暗闇は苦手だ。頭が痛くなる。
夏の残り香が生ぬるい風に吹かれて漂っている。
家から歩いてちょっとの歓楽街。歓楽街…といえるほど大きくもないが、たぶん昔からある喧しい通りだ。
この夜中に私くらいの年齢の若者が一人で歩いていることはない。普通なら危ないし、すぐに補導されるのだろうが、私はなんというか影が薄いらしく、警察に見咎められることも変な男に声をかけられることもない。
家で眠るために電気を消してベッドで横になると、途端に頭痛が襲ってくる。自分の輪郭があやふやになって、中身が引きずり出されそうになる。だからしばしば私はこうして夜中に抜け出して街を歩いているのだ。
少しでも光があれば自分を見失うことはない。完全な暗闇でなければ大丈夫。そう言い聞かせるように思う。そうでなくなる時が来ないとも限らないから。
歓楽街を歩き抜けて、闇と光が混ざりあった歩道でガードレールに腰掛ける。イヤホンを耳にさした。周りの音は無くなって、闇が近づいた気がした。
私の人生には闇が付きまとう。光を普通でない力で奪えるようになってから、光と闇のバランスが崩れたからだ。
この力のことは誰にも言っていない。気味が悪いから。
ポケットの中で音楽プレイヤーを操作して、ラジオに繋ぐ。この時間にいつも放送しているずっと音楽を流し続ける番組に、すでに周波数は合わされていた。音楽のジャンルなんて知らない。けれどこの番組の流す音楽は心落ち着くものがある。
音楽は闇にこぼれかけていた輪郭の中身を引き戻し、光と闇の均衡を保ってくれる。そう私は勝手に音楽を定義づけていた。
そう、昔からの癖だ。別に今悩みがあるわけでもない。ただ暗闇が怖いから、バランスをとる。誰に咎められるでもない、悪い癖。翌日が平日だったりすると明日の私に恨まれるわけだが。
しばらくして、車が一台後ろを通っていったのがわかった。曲は終わっていなかったが、見切りをつけて耳からイヤホンを引き抜いた。
イヤホンをまとめてポケットに突っ込み、深く息を吸う。夏の残り香が秋の乾いた空気に変わっていた。なんだか気分が晴れたようだった。
帰ろう。残念なことに明日も学校がある。私は踵を返した。危険な光と闇の綱渡りはこれきりにしたほうがいいかも知れないと思った。豆電球でも買えばいいのだろうか。
答えは出ないまま、私は歓楽街を後にする。街は私を歓迎も拒絶もしない。
だけどきっと、また私はここに来るんだろう。