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真夏のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 真夏のミステリーツアー参加者一同
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「呪いの木製人形」 乾レナ 【ホラーミステリー×純文学】

 間違いない。これは古南ェ門(こなえもん)のだ。6年前、忽然と姿を消した――。

 2018年、7月25日。波打ち際に届けられた人形を拾い上げ、私は今じっと見つめている。

 こけしのような顔立ちにロボットのような体型。すべて木で作られていて、海水が染み込んでいる。

【きぃ】、胴体部分には私の呼び名が確かに彫刻刀で彫られていた。当時、巷で流行った(のろ)いの人形……。



 * * * * 


 時は2012年、7月上旬――。夏は好き。美少女から、またひとつ大人になれる予感がする。

 黄色いワンピースをはためかせ、潮風になびく茶色のロングヘアを麦わら帽子で押さえながら、私は海岸沿いの砂浜を歩いていた。

 お目当てはもちろん、毎年夏の間だけ営業している【海の家】だ。父方の親戚が経営しているのだ。

 向日葵がいくつも突き刺さった(すだれ)を、慣れた手つきで押し上げる。

()っつぅーー。伯父さま、梅クリーム氷……』

『――だからオラ、タコの入ってないタコ焼きじゃなきゃ嫌なんだ!』

 クーラーボックスに入った氷の固まりのそばで、扇風機がフル回転している。天然冷気がヒンヤリ立ち込めた空間に、見慣れないひとりの少年がいた。

 歳の頃は7つか8つくらいだろうか。

 後ろ姿しか見えないが浅葱色の甚兵衛を纏い、下駄を履いて、長い髪をチョンマゲに結わいている。侍ごっこでもしているのか、今時珍しい格好だ。

『んなこと言ってもなぁ、タコが入っとるからタコ焼き()うて……』

『伯父さま。細かいこと言わずに焼いてあげれば? タコの入ってない〝タコ無し焼き〟……それと、私にはいつものね』

 彼らの揉め事に遠慮なく割り込んで助言を呈し、私は帽子を脱いで(ござ)の上に腰を下ろした。

『やれやれ、きぃろには敵わねぇな』

 伯父はブツクサ言いながら仮設の厨房に消えていく。

 少年がキラキラの眼差しで振り向いて、人懐っこく近づいてきた。

『オラ、戌守屋(いぬかみや)古南ェ門っ』

『私はきぃろ』

『じゃあ〝きぃ〟だ!』

 

 *  


【海の家】を出るとふたりで浜辺に座って一緒に食べた。私はかき氷、古南ェ門はタコの入っていないタコ焼きを。

『それ、美味いのか?』

 ハフハフとタコ無し焼きを頬張っていた古南ェ門が、口元のソースを手の甲で拭いながら、ふと不思議そうに首を傾ける。

 私が噛みしめるように味わっているのが、よほど奇妙に映ったのだろう。

 梅クリーム氷は私にとって、何よりのお気に入りメニューなのだ。粉雪みたいな氷の上にホイップクリームをぽってり搾って、すりおろした梅の果肉たっぷりのシロップで味を調えている。

『うん。私、梅が好きだから。すごく美味しい』

 甘さと酸味のバランスが絶妙で。目を細めれば口角は自然と上がっていた。

 少年もつられてニカッと笑う。

 古南ェ門が夢中で口に運んでいるモノは、鰹節も紅生姜も、青海苔もマヨネーズさえも乗っていない。辛うじてかかっているのはウスターソースのみ。小麦粉を溶き卵と出汁で伸ばして丸く焼いただけの、完全なプレーン焼きである。

 あなたこそ、本当にそれ美味しいの? 思ったが口には出さなかった。

 粉ものが好きなら、もんじゃ焼きも鯛焼きも【海の家】の看板商品だ。ついでに言えば、最近はじめた海の幸クレープはお奨めなのに。

 ――まぁ良いか。自分の想いを伝えるのは苦手で、自他共に認める無口な私だけど。彼といると何故か可笑しくて、その日はたくさん笑った。


 * 


『オラん家、もうすぐ弟か妹か、どっちかが産まれるんだ』

 次の日も同じように、私たちは海辺で三角座りをしていた。

『えいやっ』

 ポチャン。古南ェ門は時折、つまんだ貝殻を海に投げながら話してくれた。

 彼の母親の実家がこの辺りで、出産のために里帰りしているらしい。

 学校がちょうど夏休みに入ったので、新学期がはじまるまではこの村にいると古南ェ門は言った。

 ふたり揃って海岸線に立つ。陸と海の狭間にいる古南ェ門は危なっかしくて、だけどそのぶん煌めいて見えた。

『オラ、良いお兄ちゃんになったるんだー』

 満開に咲いた屈託ない笑顔で私を見上げる。天衣無縫なあどけさなが眩しかった。変なの。耳たぶがくすぐったい。

 かと思えば、水平線を見据える彼の瞳には不思議な逞しさが宿っている。

 光の加減とか角度、色の反射。見え方によって滑らかに表情が変わるのね、万華鏡みたいな男の子。

 自己紹介なんて初めから意識していなかったけど。互いの距離を縮めるのに長い時間はかからない気がした。


 7月も下旬にさしかかったある日のこと。

『ねぇ、どうしてタコが入ってちゃダメなの?』

 相変わらずタコ無し焼きに好んでかぶりつく少年に、私はずっと抱いていた疑問を投げかける。

『きぃは怖くないのか? ヤツは墨汁を噴射して、足が8本あってヘンテコな吸盤まで持ってるんだぞ。海にいる時は白いのに、茹でると赤に変わるなんて悪の魔術師に違いねぇ。青い血は悪魔の色だ。粉もんになりすまして、きっと何か企んでるはず! きぃ、気をつけろよ?』

 タコみたいに唇を尖らせて警戒する古南ェ門に、私は吹きだした。だったら敢えてタコ焼きにこだわらなくても良いのに。何故そこまでして食べたいんだろう。本当に変なコ、面白いコ。

『タコ無し焼きも良いけど、伯父さまが作る海鮮のクレープは絶品なの。奢ってあげるから今度一緒に食べよう』

 潮風が吸い付いてパサパサになった古南ェ門の髪をかき混ぜながら、私は鮮やかな三色を思い浮かべた。雲丹とえんがわ、サーモンを包んだランチ限定品。要するに、海苔と酢飯がクレープに変わっただけの手巻き寿司である。

 姪として回し者になったわけじゃない。伯父の商売繁盛など然したる興味もないが、タコ無し焼きしか知らない少年を些か不憫に思ったのだ。

 古南ェ門といると母性本能が疼く。そんな自分がたびたび不思議だった。

 キョトンとしたあと、少年は頬を赤らめてこっくり頷く。薄々感じていたけど、やっぱり天然ジゴロだ。

『あ、あのさ、きぃ。もうすぐ……』

『見つけたぞ。古南――、こんなところにいたのか!』

 もじもじしながら古南ェ門が何かを言いかけた時、ふいに背後から野太い声がした。

『に、兄ちゃん!』

 小さな少年は驚いたように飛び上がる。

 彼にはお兄さんもいたのか。古南ェ門にそっくりな太い眉毛、鷲っ鼻。藍染めの袴姿で同じく長髪を後ろで束ねている。本物の武士みたいだ。

 古南ェ門の様子が心なしか怯えているのが私は気になった。

『母ちゃんは明後日が予定日なんだぞ……? お前に大事な話があると言っていたんだ。帰るぞ、ほら来いよ!』

 兄上は強引に古南ェ門の袖を掴んで引っ張ると、ちらりと横目で私を一瞥した。そのまま背を向けて彼を連れ去っていく。

 ひとり取り残された私は唖然とするだけだった。


 *


 次の日から古南ェ門は浜辺にも【海の家】にも来なくなった。

 彼の行方が判らないまま5日が過ぎた。今日は7月25日。いてもたってもいられなくなった私は海岸じゅうを探し回って、古南ェ門の居場所を突き止めようとした。

 一向に手がかりは掴めず、海を離れて古民家の点在する山道へと進み、気づけば雑木林の辺りまで足を踏み入れていた。せめて下宿先を聞いておければ……。

 やがて日が暮れて途方にも暮れていた頃、


 カァカァ、カァ


 カーン、カツン、カーン……


烏の鳴き声に混じって鈍い金属音が鼓膜に突き刺さる。

 ハッとして竹藪の中を掻き分けていくと、小さな掘っ立て小屋に辿り着いた。間違いない。音はこの中から聞こえてくる。 


 カーン、カーン、カ……ッ


 小屋の中には探し求めてきた少年がいた。左手に木で作られた人形、右手には金槌が握られている。

 無花果の段ボール箱の上に、ノコギリと彫刻刀が乗っかっていた。

『入ってくるな!』

 古南ェ門の険しい声に私はビクッとした。

 金槌を持つ片手が震えている。打ちかけの五寸釘が人形の躰に生えているのが、薄暗い室内にもギラリと光った。

 な、何をしているの……? 瞬時に足が竦み上がる。

『――きぃなんて大嫌いだ!』

 彼の掠れかかった怒声が響いて、私は(はじ)かれるように山小屋を飛びだした。

 一体どうしちゃったの古南ェ門……!? 哀しみと恐怖心で涙が溢れてくる。 

 古南ェ門が握りしめていたモノ。古くからこの漁村で言い伝えのある、(のろ)いの木製人形だった……。

 人形の身体に相手の名前と想いを彫れば、願いごとが成就すると云われているもので、近年ふたたび密かに流行りはじめているらしい。

 さらに村ではもうひとつ、人形とセットで行う呪術が根付いていた。

【あ行三、さ行五】、誰もが一度は聞いたことがあるだろう。この呪文を応用すれば強力な相乗効果をもたらすと、巷では信じられているのだ。例えば相手に【死ね】と念じたい場合、【さ行二、な行四】という文字を人形に刻めば良いのだと。

 父の出身地に毎年夏の間だけ滞在している私は、この地域で生まれ育ったわけではない。故にそれ以上の詳しいことは聞かされていないが、呪いも人形も確実に存在したのだ……!

 ゾッとする。古南ェ門の血走った褪紅の眼が、脳裏に焼きついて離れなかった――。



 * * * *


 ――6年前、確かに私を呪い殺そうとした少年。彼に何があったのかは判らない。知らぬ間に、私は恨まれるようなことをしてしまったというのか。

 だけどあれ以来、古南ェ門は二度と私の前に現れることはなかった。

 ふと人形が手の中でカタカタと鳴っているのに気づく。何か入っている……?

 裏っ返せば、人形の背中の一部を四角く切り取って嵌め直し、五寸釘で打ち付けた跡があった。

 間違いない。古南ェ門はあの時、これを打っていたんだ。だとすれば、そばにあったノコギリは――。

 私は砂浜にしゃがみ込み、先っぽの尖った手頃な貝殻を選別していく。

 目に止まったのは、(みぎわ)に吸い寄せられてツルリと光る螺旋状の巻き貝。白からオレンジへ、螺塔にグラデーションがかかっている。

 白い殻頂――貝殻の尖端部分――をドライバー代わりにして、人形に埋め込まれた釘の穴に捩じ込んで回す。打ち付けが下手くそで甘かったのか、長い年月海を彷徨して痛んだのか、ネジは緩んでいた。

 とは言え、四隅に突き刺さった釘を全部抜くのは容易なこっちゃない。


 パカッ……


 磯の香りが鼻を突き、6年前、少年の封じ込めた怨念はようやく解き放たれた。


 * 


「伯父さま、教えてほしいの。古南ェ門のこと」

【海の家】で、広島風お好み焼きを引っくり返していた伯父に詰め寄る。

「あぁ、タコ抜きのタコ焼きを喰いたいって騒いでた変な小僧か……」

 伯父は暫く鉄板をかき回していたが、やがて炭火を消して団扇で火の粉と粗熱を飛ばしていく。卵とじに包まれ、イカと焼きそばがたんまり入った広島焼きをパックに詰めて、【出前用】と書かれた札を貼り付けると彼は小さく息を吐いた。

「……あくまで人伝(ひとづて)に聞いた噂だが。あいつの本名は〝戌守屋古南〟、つまり実は娘っこだったんだ。にも関わらず、本人は己を男だと思い込んでいたらしい」

 え……。

「まだ幼いとは言え、家族にとっちゃシャレにならない深刻な悩みだ。将来、性同一障害になっちまうんじゃないかって懸念したらしい。末の子が産まれれば古南はもうすぐ姉さんになる。それを機に、母親と兄貴が説得して言い聞かせたそうだ。〝お前は男じゃない。目を醒ませ!〟ってな」

 伯父は一旦、厨房の奥へ消えた。

 日が陰り、夕暉(せっき)の珊瑚色が簾の隙間から染み込んでくる。

 彼方で木霊す烏の鳴き声がひどく懐かしい。

 私は茫然としたまま、ボロい蓙の上にヘナヘナと力なく座り込んだ。

 あの日を境に古南ェ門は行方を眩まして、やっと見つけた時には別人のように豹変して……。

 コトッ、と音がして伯父はテーブルの上にかき氷を置いた。

 入道雲のような白い帽子をかぶって、はにかんだ顔を赤く染めて、身体はまた真っ白け。グラスの中で咲いた変テコな女のコ。いつも通りの三層、大好きな味。

 なのに今日は甘さが苦しかった。愛しいはずの梅が切ないくらい酸っぱく感じる。

「綺麗な髪止めだな。きぃろに良く似合ってる」

 そんな私を見下ろして伯父は静かに笑んだ。

 スズランの髪飾り。人形の中に入っていたものだ。

(まじな)いの木製人形か。何という文字が彫られてるんだ?」

 切り取られた人形の背中――貝の殻頂で抉じ開けた四角い箱の中――を、伯父は少しだけ腰を屈めて覗き込むから。

「ま、まじない……?」

 間の抜けた声で私は恐る恐る聞き返していた。

「あぁ。相手の不幸を願えば〝(のろ)い〟になる。だが――」


 シュリン……


 夕凪の前兆か。一瞬だけ強い海風が吹き抜けて風鈴が揺さぶられ、何者かが通り抜けた気がした。あとには無風の静けさが広がるのみ。

 ――黄昏は逢魔ヶ刻(おうまがとき)……。誕生日、覚えていてくれたのね。

「で。何が書かれてあった?」

「内緒☆」




【  きぃへ。


 さ行三 か行二  】


お誕生日おめでとう。城ちゃんへ届きますように。

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