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真夏のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 真夏のミステリーツアー参加者一同
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「ある夏の罪 ――ツーリングで出会った奇妙な少年―― 13. エピローグ」 夢学無岳 【ホラー×サスペンス】


  エピローグ




 先日、七年ぶりに東北へ行ってきました。


 出張の用事を午前中に終わらせ、この後どうしようかと考えた時、突然、あのキャンプをした場所を訪れてみようと思いました。わたしはレンタカーを借りて、国道45号線を北へと走りました。エアコンもカーナビも付いています。


 あの夏の日、自転車に乗って涙をこらえて走った道が、嘘のように楽でした。


 あのころは、「機械に頼ってはいけない。困難は、自分の力で乗り越えていかなければならない」などという、変な主義コダワリを持っていました、


 自分の主義を持つことは大切です。でも、主義にしばられると、何か大切なことを見失う。わたしはA君に、そう教わったような気がします。



 レンタカーを借りる前に、図書館に寄り、彼の名が新聞記事に載っていないか検索してみました。昔の記事はありませんでしたが、いくつかの記事を見つけました。A君と同姓同名の、沖縄の少年野球チームのメンバー、関西でボランティアをおこなう六十三歳の男性、その中に、宮城県での事故がありました。


 日付は一年前の七月。二十三歳の男性が、居眠り運転の車にねられて死亡。


 わたしは、これは彼だと思いました。写真はないので確かめようがありませんが、七年前が高校生なら、去年はそのくらいの年齢です。わたしは、しばらく椅子にもたれかかり、天井をながめました。


 A君も火葬になったんだろうな。


 わたしは、あのキャンプの夜に彼がした火葬の話を思い出しました。あの後、学生時代までは、時々思い出して、自分なりに考えてみたりしましたが、結局、結論は出せず、就職してからは、そのようなことは、まったく忘れてしまいました。考える必要もなかったのです。



 わたしは、A君の一生はどんなものだったのだろう、幸せだったのだろうか、と思い巡らせながら、車を運転しました。ラジオからは、ドリス・デイの歌う「ケ・セラ・セラ」が流れていました。



 彼と食事した町につくと、そこはガラリと様変わりしていました。公園に車を停め、町を歩きました。空き地と新しい家が目立ちます。あの半年後、この町も、地震による津波の被害を受けたようでした。


 わたしは、A君と入った中華料理店に足を向けましたが、その店があった場所は、まるで歯が抜けたように、ぽっかりと何もなくなっていました。


 わたしは、寂しさの中に、ほっとした感情があることに驚きました。わたしがA君に大怪我を負わせた証拠が、一つ消えたのです。わたしは、その感情に気づくと、自分自身に嫌悪感を抱きつつ、車に戻りました。



 わたしはキャンプした場所を見ようと、車を走らせると、山道に入る前、小高い住宅地に、一軒の新しい中華料理店があるのに気づきました。赤いのれんがかかっています。店の名前も、たぶん同じなので、移転して来たのだと思いました。


 わたしは感謝しました。店がなくなって、ほっとした事実を打ち消せるような気がしました。


 わたしは、車を店の前の小さな駐車場に止め、そして車から降りました。


 店の入口の脇には、一台の自転車が立てかけられていました。荷台にはテントがくくり付けられています。彼の自転車にそっくりに見えました。


 わたしは、一瞬、A君が来ているのだろうか、と思いました。そんな訳はありません。彼はもう死んでいます。でも、もしかしたら、新聞で読んだ記事の人物は、同姓同名の別人かもしれない、とも思いました。


 わたしの心の奥に、彼に会いたくない気持ちがあるのに気づきました。彼に会いたいと思って、ここへ来たわけではありません。彼に会えるとも、まったく考えていませんでした。彼に対する恐れが、まだありましたし、会いたくもないのに、「また会おう」と書き残してきた、後ろめたさがありました。


 もし彼が生きていたら、「なんで会いに来なかった」と怒るかもしれません。


 わたしは車に乗って、ここから立ち去ろうかと思いました。でも、同時に、彼に会って謝りたい気持ちもありました。あの時、言えなかったことを言うチャンスです。今度は、わたしが食事をおごる番です。


 わたしは、意を決して、のれんをくぐり、扉を開けました。


 山の方では、少し気の早いヒグラシが鳴きはじめていました。

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