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真夏のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 真夏のミステリーツアー参加者一同
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「ある夏の罪 ――ツーリングで出会った奇妙な少年―― 10. 脱出」 夢学無岳 【ホラー×サスペンス】


  脱出




 テントの入り口を少し持ち上げ、すき間から外を見ました。A君のテントの入り口は閉まっています。


 わたしは静かに荷物をザックにまとめました。テントは置いて行こうと思いました。収納するには時間がかかるし、バサバサとした音で、彼が目覚めるかもしれないからです。


 わたしはザックを背負い、テントのファスナーを慎重に上に開いていきました。ジジジという音が、彼の耳に届かないか心配でした。そして靴を履き、砂利が音をたてないように歩き、テント脇に停めてある自転車の、いつもならガチャンと蹴とばすスタンドを、手を使って、そっと上げました。


 彼のテントは静かでした。彼が起きている気配はありません。アスファルトの道路まで数メートル。道に出たら、一気に坂を下って逃げよう、そう思って、自転車をゆっくり押しました。


 パキンッ!!


 地面に落ちていた小枝がタイヤの下で折れました。わたしは、びくっとして、足を止めました。彼のテントに動きはありません。わたしは、ほっとして、また自転車を押しました。この時ほど、タイヤの下の砂利や小枝を呪わしく思ったことはありませんでした。


 突然です。


 A君のテントの入口が、チャアッっと音をたてて開きました。自転車は、もう少しで道路というところでした。彼はゆらりと首を出し、わたしを見ました。わたしは金縛りにあったように、彼から目が離せませんでした。


「お兄さん、どうしたんです?」


 わたしは、何か言わなければならないと思いましたが、あごが少し動くだけで、咽喉の奥から出てくるのは虚しい空気だけでした。


「お兄さん? どうしたんです?」彼は、のそりとテントから出て来ました。


 わたしは慌てて走り、自転車にまたがりました。彼は「待て!」と叫びました。わたしは思いっきりペダルをこぎました。ギアをガチャガチャと変えて坂道をくだりました。後ろなんか見る余裕はありません。背後から、「おい!」と叫ぶ声が聞こえてきました。


 ブレーキをほとんど使わず、猛スピードで走りました。自転車は、何度もバランスを崩して転びそうになりました。暗い下り坂です。自転車のライトだけがたよりの危険な走行でした。


 しばらく全力でこいで息が切れたので、スピードを落として、後ろを見ました。すぐ背後は闇です。誰もいません。でも、坂の上の方、木のすき間から見える、チラチラとした光で、A君が自転車に乗って、わたしを追いかけて来るのが分かりました。


 わたしは汗だらけの背筋を凍らせて、またペダルに力を込めると、膝がズキンと痛みました。


 A君に追いつかれてしまえば、わたしは誰にも知られることなく、ここで死ぬ。そして彼の食料か、森の肥やしにされてしまう。


 わたしは死に物狂いで自転車のペダルを回しました。


 目の前に、分岐点が見えてきました。藁人形がある場所です。ここから真っすぐ行けば町に出ます。そこにはお巡りさんがいます。


 でも、わたしの心臓と膝が、もう持ちそうにありませんでした。途中で追いつかれてしまうかもしれません。わたしは、この場所に隠れて彼をやり過ごそうと思いました。急ブレーキをかけて自転車をターンさせると、分岐点の草むらに突っ込み、茂みの中に自転車を隠しました。


 そして、少しでも時間を稼ごうと、震える膝で、少しだけ坂をくだり、町へと続く道に、枝や石をバラまきました。


 振り返り、坂の上を見ると、小さな光が猛スピードで下ってきます。A君は、何か叫んでいました。わたしには、それが死神の悲鳴に聞こえました。わたしは藁人形の後ろの茂みに向って走ろうとしました。でも足がもつれて上手く進みません。


 わたしは、道路に細工しようとしたことを後悔しました。あのまま、自転車と一緒に隠れていれば良かったと思いました。わたしはフラフラしながら、道路を這うようにして前へ進みました。


 暗闇の奥から、彼の自転車のライトと、楕円に照らされた道が、わたしに、みるみる近づいて来ました。

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