「ある夏の罪 ――ツーリングで出会った奇妙な少年―― 6. キャンプ」 夢学無岳 【ホラー×サスペンス】
キャンプ
たき火は、パチパチと音をたてていました。
樹々の間は漆黒の空間です。何も見えません。何も見えない、と言うのは、何もない、とはまったく違います。暗闇の中には確実に、何かがあり、何かがいます。虫かもしれないし、獣かもしれません。
わたしは、暗い森の中で思いました。愛とか恐怖というものが目に見えないのと同じように、もしかしたら神や悪霊というものも存在するのかもしれない。都会を離れ、自然の中にいると、不思議と、そう思いました。
A君は、自分は中学生ではなく、高校生だと言いました。若く見えましたが、年は、わたしとそれほど離れていません。年代が近いことで話が合いました。はじめは、当たり障りのない、たわいのない話でした。芸能人の話。マンガや映画の話。彼は目を輝かせて、いろいろ話してくれました。
時々、わたしは、たき火が弱くならないように、小枝を火にくべました。また、カナブンの死骸が落ちていたので、それも火に放り込みました。
ちょうど、先月公開されていた映画『ゾンビランド』について話していていた時だったと思います。
「このまま好き勝手にやっていると、人類はヤバイですね」とA君は言いました。
「地獄が満員になると、死者が歩き回る」とわたし。
「ジョージ・A・ロメロ」
「1978年」
わたしたちは笑い合いました。映画『ゾンビ』の中のセリフです。笑い終えた後、彼は突然、こう言ったのです。
「日本の火葬っておかしいと思いませんか?」
わたしは、えっ、と思いました。さっきカナブンを燃やしたことが、いけなかったのだろうか、と思いました。たき火から、カナブンの焦げる臭いが漂ってきました。
「と言うと?」
「生き物は、みんな生態系の一部です」
「ああ、まあ、そうだね」
「死んだら、他の生き物の餌になるか、腐敗して、土や海を豊かにします」
「ふんふん」
「日本の火葬は、その循環から外れているんです」
「そうかな……」
わたしは、そんなこと考えたこともありませんでした。
「キリスト教圏の国は、みんな土葬です。ヒンドゥーでは火葬しますが、散骨するので土や海の栄養分は失われません。日本は、昔は土葬でした。近代になって火葬するように法律で定められたけれど、骨は壺に容れて埋葬されます。これだと地球のために良くありません」
「そう言われると、そんな気がする」そう、わたしが言うと、彼は喜びました。
「で、ですよね! 土葬なら土壌を豊かにできるんです。それにですよ、もし、死んだ時に臓器をすべて取り出して保存しておけば、臓器移植で、たくさんの人の命を救えるんです!」
A君は、唾を飛ばさんばかりに、力説しました。わたしには、彼の言うことが理解できました。でも、わたしは「ふんふん」と相づちを打ちつつも、なぜか違和感というか、居心地の悪さを感じていました。
わたしは、小枝で火をいじりながら言いました。
「もったいないんだね」
「そうです、MOTTAINAIです! 利用できるものは利用しないといけません。地球の資源は限られているんです。もし病気を持っていなければ、食用にしてもいいんです」
彼の言葉の変わらぬトーンに、わたしは、これは笑ってツッコんだらいいのか、それとも話を合わせたらいいのか迷い、苦しみました。
「お兄さん、俺の友達ですよね」
A君はわたしの目を見ました。彼の瞳には、たき火の炎が、ゆらゆらと映っていました。まるで、わたしを試しているかのようでした。
「ああ、まあ」わたしは、そう答えました。
「秘密を守りますか?」
わたしは、少しだけ不安になりましたが、彼が何を言うんだろうかという好奇心もあり、また、秘密を守らないとも言えず、ただ「ああ」とだけ言いました。
彼は、しばらく木の枝で地面をガリガリと掻いたり、星空を見あげたりしていました。そのうち、決心がついたのか、静かに言いました。
「俺、親父を殺したんです」
わたしは、思わず出そうになった声を飲み込み、顔色を変えないようにして、ただ黙っていました。彼の突然の告白を信じて良いのかどうか、分かりませんでした。
「親父は、ロクに働きもしないで、酒やパチンコばかりしていました。毎日、俺だけじゃなく、姉さんや母さんを殴りました。父親というものは、ちゃんと働いて、家族に優しくしなければいけません。だから殺したんです」
わたしは何て言って良いのか分からず、「それは、辛かっただろう」とだけ言いました。
「やっぱり、お兄さんなら、分かってくれると思いました」彼は目を潤ませて言いました。
「殺すところを人に見られたから、今は、こうやって逃げ回っているんです。ただ……、気になるのは親父の死体です」
彼は奇妙な笑顔を見せて言いました。
「火葬にされてたら、無駄じゃないですか」