「ある夏の罪 ――ツーリングで出会った奇妙な少年―― 5.公園」 夢学無岳 【ホラー×サスペンス】
公園
わたしたちは公園に戻りました。自転車を停めた場所です。公衆トイレと水飲み場、滑り台とベンチがあります。うす暗い外灯には、蛾がたくさん集まっています。日は完全に沈みましたが、夜空の星は、まるで金粉を漆黒の漆にザアッとまいたようで、全然、暗く感じません。
わたしは、テントのフライシートを張りながら、中華料理店での出来事を思い出していました。
お勘定の時、A君は自分が食事代を全部払うと主張したのです。もちろん、わたしは自分の分は自分で払うと言いました。でも彼はどうしても譲りません。もめていると、店の主人が、「兄ちゃん、友達だったら固いこと言うな。次はあんたが払えばいいだろ」と言ったので、わたしは仕方なく、年下の彼におごってもらいました。
そのことが、少し心に引っかかっていたのです。
彼はベンチに座って野良犬に餌をあげていました。食べ残しのパンだと思います。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、犬は尻尾を振りながら、ジャンプして、パンくずに飛びついていました。
わたしは、A君は悪い子でもないし、とりあえず借りを作っておくか、とあきらめました。
彼は、わたしに携帯の番号を教えてくれと言いました。
「スマホも携帯も持っていないんだ」わたしは答えました。
「え、なんでですか?」
「そういう主義なんだ」
彼は、がっかりしたように見えました。
わたしが公園の水道水で濡らしたタオルで身体を拭いていた時、お巡りさんが、チリンチリンと自転車に乗ってやって来ました。そして、この公園で野宿してはいけない、とわたしたちを注意しました。
わたしは、もっと怒られるかと思いましたが、お巡りさんは、この公園だと、まわりの住民から苦情がくるから、公園の脇の道を山に向って進み、中腹まで行ったところにキャンプできる場所があるから、そこで野営するように、それから野犬に注意するようにと、やさしく教えてくれました。
わたしたちは場所を変えることにしました。テントをたたみ、自転車に乗って公園を出ました。明るい家々を横目に、一車線の細い山道に入り、その道を登って行きました。すぐに建物はなくなりました。外灯もありません。鬱蒼とした森が続きます。上空、両脇の木々の間から照らす星の光と、自転車のライトだけが頼りでした。
幸い、崖も川もなかったので気が楽でした。でも、三十分ほど自転車を走らせましたが、ここまで、それらしいキャンプ場がなかったので、わたしは少し不安になりました。
そんな時、道が左右に枝分かれしました。分かれ道の間、草むらの中に、等身大の藁人形が立っています。人形の頭には和紙が貼ってあり、そこには、のっぺりとした顔が描かれていました。暗闇に立つ藁人形は、今にも動きだしそうで、とても不気味に見えました。
「これは何だろう?」わたしが言うと、
「あ、これ? これは雨風祭の人形だと思います」とA君は言いました。
「雨風祭? 何、それ」
「お祭りですよ。『遠野物語』に出てきます」
わたしは「ふうん」とだけ言いました。
キャンプ場は、もしかしたら、暗くて見逃したかもしれません。わたしたちは、左の道を選んで、もうしばらく進みましたが、小石や枯れ木だらけの、比較的平らな場所を見つけると、これ以上、キャンプ場を探すことはあきらめ、そこに自分たちのテントを張りました。
そして、お巡りさんが、野犬が出ると言っていたことを思い出し、獣が近寄らないように、テントとテントの間でたき火をしました。木の枝は、そこら中に落ちていたので、山火事にならないように、まわりをきれいに片付けました。
そして、わたしとA君は炎をはさんで座り、少し話をしました。