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真夏のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 真夏のミステリーツアー参加者一同
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「ある夏の罪 ――ツーリングで出会った奇妙な少年―― 4.中華料理店」 夢学無岳 【ホラー×サスペンス】


  中華料理店




 昔ながらの、小さな中華料理店でした。わたしたちは、のれんをくぐり、ガラガラと戸を開きました。油と香辛料の香りが漂ってきました。店の中には客が一組だけです。子供づれの家族でした。奥の天井近くにあったブラウン管のテレビからは、芸能人の笑い声が聞こえてきました。


 よれよれの白衣を着た初老の店主が「らっしゃい」と言い、わたしたちはカウンター向かいの二人席に座りました。わたしはレバニラ炒め定食を注文しました。料理が来るのを待ちながら、A君はテレビを見て、時々、カラカラと笑っていました。わたしはヴィクトリノックスのナイフを取り出し、荒れた爪を切ったり磨いたりしながら、家族の会話を聞いていました。


 小学生くらいの女の子が、お兄ちゃんに唐揚げと取られたと言って、騒いでいました。


「妹のを取るんじゃない」お父さんは、男の子の頭をパコッと叩きました。

「へへーんだ。早いもの勝ちぃ」

「お兄ちゃんの、ばかぁ! お母さん! なんでお兄ちゃんなんて産んだの!」

「そういうことはお父さんに聞きなさい。それよりも、この八宝菜、すごく美味しいわよ。ほら、あんたたち、もっと野菜を食べなさい」

「お父さーん、なんでー?」

「ん、それは事故だ」


 お父さんはそう言うと、お母さんにキッと睨みつけられました。お父さんはたじろぎ、目を伏せて、ご飯を口に運ぶと、お母さんは店の主人に話しかけました。


「ねぇ、この八宝菜、すごく美味しいわぁ」

「へえ、ありがとうございます」小柄な主人は、顔をしわくちゃにして言いました。

「何か特別な隠し味でもあるの?」

「奥さん、お目が高いですねぇ。どっから来たんです?」

「仙台から車で来て、帰る途中なの」

「へえ、そうですか。実はね、ここだけの秘密なんですが、これにはね……、八丁味噌が入ってるんですよ」

「八丁味噌?」

「へえ、名古屋の味噌ですよ」


 お母さんは、「ふうん、そうなの。美味しいわぁ」と言いながら、しきりに感心していました。男の子は「この唐揚げのカス、ウンコの形だ」と言って、また、お父さんに頭を叩かれていました。


 わたしたちの料理が来ました。わたしとA君は、待ってましたとばかりに、食べはじめました。肉を白米にのせて、ガツガツと口にかきこみました。香ばしいレバーが、痛めた筋肉にしみわたる、そんな感じがしました。


 家族客の方は食べ終わると、店を出て行きました。外から車の遠ざかる音が聞こえてきました。テレビは、いつの間にかバラエティ番組が終わり、日航機墜落事故二十五周年とか、大臣がどうしたこうしたとかのニュースを流していました。


 店の主人は、皿を片付けながら言いました。


「けっ、仙台あたりから来て、こんなもんを旨い旨いって食ってるようじゃぁ、ふだん、ロクなもん、食ってねえな」


 わたしは、主人の変わりように驚きながらも、黙ってレバニラを口に運びました。


「なぁ」と主人は、わたしたちの方に顔を向けました。


「兄ちゃんたちも、そう思うだろ」


 わたしは、びっくりして返答に困りました。でも、無視する訳にも行かず、「はあ」とだけ言いました。一方、A君は、唐揚げをごくんと飲み込むと、「ええ、そうですね」と答えました。


 わたしはドキッとしました。料理をけなされた主人が、激怒するんじゃないか、中華包丁を持って怒鳴りやしないかと思いました。でも、主人はそんな事はどうでもいいように、「そうだろう、そうだろう」と言うと、わたしたちのザックを見て、


「兄ちゃんたち、旅行かい?」と聞きました。

「はい」

「若い時の友達っていいもんだ」


 わたしは、A君とは友達ではなく、さっき会ったばかりだと説明しようと思いましたが、それはそれで面倒くさいと思いました。わたしは、「ええ、まあ」とだけ答えました。


 A君は、一瞬不安そうな顔をしたように見えましたが、それは気のせいだったかもしれません。彼は、笑顔で、「俺たち友達です」と言いました。

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