「ある夏の罪 ――ツーリングで出会った奇妙な少年―― 2.出発」 夢学無岳 【ホラー×サスペンス】
出発
お盆の時期でした。大学は夏休み。バイトは今日から二週間の休みです。
わたしは、早朝の新聞配達から帰ると、何を思ったのか、急に、自転車で旅に出たくなりました。前の日も、バイト中も、そんなことは全く考えもしませんでした。でも、その衝動は、地震のように突然で、そして、まるでプロレスラーが十人がかりで背中を押すくらい強力で抗いがたいものでした。
これまでに何度も、あちこち自転車で出かけています。準備は慣れていました。わたしは自分の自転車にテントをしばりつけました。近所の量販店で買った安いテントです。そしてザックに必要最低限の着替えやタオル、地図や生活備品などを詰め込み、家を出ました。近所の公園では、大人や子供たちがラジオ体操をしていました。
体力には不安はありませんでした。埼玉の奥の方、山の上の大学に自転車で通っていたし、毎朝、新聞配達をしていたからです。地図を広げ、何となく目的地を北海道に決めると、わたしは、ひたすら東へ、北へと自転車を走らせました。
一日に、百数十キロから二百キロ近く走りました。一日目は、霞ケ浦の湖畔でテントをはり、二日目は福島県、南相馬市の海水浴場まで来ました。宮城県までは、坂も少なく自転車にはもってこいの道で、強い日差しながらも、海風を感じつつ、軽快に旅をしてきました。
わたしは自転車を走らせながら、これから仙台から松島、気仙沼と太平洋岸を走り、八戸でフェリーに乗ろうか、それとも恐山に寄ろうかと気楽に考えていました。
でも、楽しかったのは仙台あたりまででした。急に長距離を走ったせいか、膝に猛烈な痛みを感じはじめたのです。中学生の時に感じたような成長痛に似た痛み。ペダルを回すたびに、ギシギシと関節と筋肉がきしみ、骨にヤスリをかけられているかのような感覚でした。わたしは市街地に向かいながらドラッグストアを探しました。
しばらく走ると、郊外にドラッグストアを見つけました。涼しい店内には、客はほとんどいません。鎮痛薬のコーナーへ行くと、インドメタシンやらフルルビフロフェン、ロキソプロフェンなどの薬が陳列されていました。わたしは、どれが一番効くのだろうかと思ったところ、ちょうど男性の店員が通りかかりました。汚れたエプロンをつけて、眉毛は三角形に剃っていました。わたしは店員に尋ねました。
店員は面倒くさそうにロキソプロフェンの陳列箱を取りました。わたしは少し悩みました。他の薬より割高だったからです。でも、少しでも痛みが治まる方がいいと思い、
「じゃあ、この飲み薬と張り薬をください」と、わたしは言いました。
すると店員は、「今は薬剤師がいない時間だから、一類は売れねえよ」と言いました。
わたしは、それなら先に言えよ、と心の中で思いつつ、店員が逆ギレしたら恐いので、「いつ来ますか?」と尋ねると、「ちっ、今日は、二時くらいかもな」と言います。
わたしは何時間もここで待てません。わたしは、売れ筋の薬を買って店を出ました。そして駐車場にかろうじてあった日陰の縁石に座り、膝にクリームを塗り、飲み薬は食後に服用と書いてあるにもかかわらず、すぐにスポーツドリンクで胃袋に流し込みました。
わたしは、赤のマルボロを取り出して一服しました。フウ―っと吐き出した煙は、モヤモヤとしばらく同じ空間に留まりました。
店の前にある道路は静かなもので、南北に走る、ゆったりとした二車線。時々、車が通ります。日陰はほとんどなく、建物も、草木も、空も雲も、ギラギラと熱線を放射していました。暑いお盆の時期なので、みんな屋内に閉じこもっているのかもしれません。
そんなところ、自転車に乗ったひとりの少年が、北の方からやってきました。スウーッとカーブして、ドラッグストアの駐車場に入って来て、店の入口に停まりました。何となく見ていると、彼と目が合いました。わたしはタバコの煙を吐きながら、コクリと目で挨拶をすると、彼は嬉しそうにニッコリし、一瞬、わたしの方に来るか、店に入るか迷った後、店に飛び込んで行きました。
わたしはタバコを吸い終わったので、「よいしょ」と声を出して自転車に乗りました。そして、ギシギシときしむ膝をかばいながら、北へと自転車を走らせました。




