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真夏のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 真夏のミステリーツアー参加者一同
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「ラムネの瓶を割るように」 白乃世莉 【ヒューマンドラマ】

「23日午後7時ごろ、東京都○○○の市道交差点で、追突事故の車が横断歩道に突っ込み、田村秋さん(18)が死亡しました」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「秋」と書いて「しゅう」と読む。

それが彼の名前。

高一の夏から付き合い始めた、私の自慢の彼氏。


「ごめんね、待った?」

「ううん、全然。浴衣、可愛いね」

「……ありがとう」


恥ずかしそうに目を伏せながらも、褒めてくれる彼。

良かった。

この日の為に浴衣の着付けを練習して、食事制限をして、鼻緒擦れを我慢して、良かった。


「行こっか」

「うん」


半袖シャツにジーンズ姿という彼の横に並ぶ。


「暑くないの?」

「暑くないよ」

「この暑さの中で?」

「暑くないよ。千春は暑そうだね」

「……暑いよ」

「浴衣って涼しいイメージあるけど」

「汗掻いてるの、目立つ?」

「唆られるものがあるね」

「気持ち悪いかな」

「あはは。ハンカチあるけど拭く?」

「メイクが落ちる」

「そっか。そんなに掻いてないよ」

「ハンカチ、貰ってあげても良いよ」

「欲しいの?ただのハンカチだけど」

「秋のだから」

「そっか。今度可愛いのあげるよ」

「今度って、いつ?」

「来年の夏かな」

「……そっか。ありがとう」


夏祭り。

人混みの中、背の高い彼と並んで歩く。

恐ろしい程の人口密度。

恐ろしい程のリア充達。

誰も彼も、目に入るのは自分の連れだけ。

人々の笑い声、話す声、屋台から聞こえるのは客を呼ぶ声。


「千春、レポート終わった?」

「終わってないよ。手もつけてない」

「それは大変だね」

「秋は?」

「終わったよ」

「そっか」

「やらないと、姉さんが煩いんだ」

「しっかりしてるもんね」

「共働きの長女だからかな」

「素敵な人だよね」

「そうかな」

「そうだよ」


隣を走り抜けていった男の子が転けて泣き出した。

慌てたように、お母さんと思しき女性が男の子の元に駆け寄る。

手を繋いでいれば、あの子が膝から血を流す事はなかったのに。


「秋」

「なに?」

「ん」


そっと手を秋の方に出す。

宙ぶらりんな白い腕。

弱くて脆い、私の手。

彼がその手を取ってくれる。


「あったかいね」

「気持ち悪くない?」

「そんな事聞かないで」

「俺、手汗大丈夫?」

「気持ち悪い」

「ほらね」

「質問の仕方がね」

「ごめん」

「秋の手だから。気持ち悪い訳無い」

「そっか。ありがとう」


独特のテンポ。

落ち着いた会話。

他のカップルは何を話すのだろう。

きゃっきゃ出来ない私は、私達は、周りにどう思われているのだろう。


「気にしてるの?」

「してないよ」

「みんな千春を見てる」

「……そうだね」

「可愛いからかな」

「そんなわけ、ないでしょ」

「恥ずかしいの?」

「全然」

「居心地悪そう」

「そんな事ないよ。秋の隣だから」

「ありがとう。ごめんね、千春」

「謝らないで良いよ」


彼の手に、力が入った。

真っ白な肌。

サッカー部のくせに。

体質だって言うけど、おかしい。

私より白くなったら怒るからね。


「千春、かき氷食べる?」

「うん。食べる」

「何味が良い?」

「自分で買えるから」

「そう?」

「うん」


夫婦で出しているのであろうかき氷の屋台。

中年の夫婦。

おじさんが氷を削り、おばさんがシロップをかけている。

私はイチゴ味のかき氷をひとつ買った。


「美味しい。……けど頭痛い」

「あーあ、大丈夫?」

「うん。一口いる?」

「貰おうかな」

「はい」


使い辛いスプーンにかき氷をのせ、秋の口に入れる。

赤いシロップがかかった氷。

秋の赤い舌に溶けていく。


「美味しい?」

「うん、美味しい。ありがとう千春」

「どういたしまして」


秋に名前を呼ばれる度に、胸がぎゅっと痛むんだ。

可笑しいよね。

幸せなのに、寂しい。

夏だからかな。夏休みだから。

そんな気持ちを振り払って、秋を見る。

秋の綺麗な瞳を見る。


「たこ焼き食べたい」

「よく食べるね」

「秋は?」

「ダイエット中」

「ふざけるな」

「気にせずお食べ」

「お母さんみたい」

「仮にも彼氏になんて事」

「はいはい。たこ焼きください」


たこ焼きの屋台は鉢巻をつけたおじさんが二人でやっていた。


「お嬢さんべっぴんだね。男も放っておかないだろう」


手際よくたこ焼きをひっくり返しながら話しかけてくるおじさん。


「そんな事ないです」

「そうかい。ほれ、どうぞ」

「ありがとうございます」

「店さえなけりゃナンパしたのに」

「あはは。私には連れがいますので」

「そうかい?まあ楽しんでな」

「はい」


六個で三百円。

美味しそう。

ソースがかかった熱々のたこ焼き。

口に含めば申し訳程度のたこが顔を出す。


「美味しい?」

「うん、美味しいよ。秋もいる?」

「いや、いいや」

「そう」

「千春、モテるね」

「なに、嫉妬?あのおじさんに?」

「違うけど。みんな、君を見てる」

「……分かってるくせに」

「……分かっていてもだよ」

「私は、秋が好きなのに」

「俺も、千春が好きだよ」


私達は本音を言い合う。

照れながらも、思ってる事を素直に伝える。


「秋、苦しい」

「……休もうか」

「ラムネ飲みたい」

「食い意地張ってるね」

「飲み物は別でしょ」

「夏祭りと言ったらラムネ、か」


冷たい水に浮かぶラムネ。

透き通った瓶を手にして、屋台から少し外れた草むらに腰を下ろす。

足が痛いのは、慣れない下駄を履いているからだ。

鼻緒擦れは悪化しているだろう。

深い青の浴衣も暑い。

綺麗に結った髪も乱れているに違いない。

時間をかけて施したメイクも、きっと取れかけている。


「ラムネって、開けるの苦手」

「なにそれ。頑張れよ」

「彼氏でしょ、開けてよ」

「無理無理。俺、臆病だもん」

「知らないよ、まったくもう」

「ごめんって。ほら、頑張れ」


力強く蓋を押す。

カランという音がしてA玉が落ちる。

それと共に溢れ出すソーダ。


「ねーえ!ほらね」

「いいから早く飲みなよ!」


慌てて口に含む。

冷たいソーダ。

心地良い炭酸。


「美味しい?」

「うん。飲む?」

「いらないよ。ダイエット中だから」

「……もっと太れ」

「呪い?ひどいなぁ」


草の色が浴衣についてしまうかもしれない。

でも、構わない。

あなたといられるのならば、それで良い。

少しだけ、秋に近付く。

ほんの少し、体が触れる。

安心する。


「千春、大人になったね」

「そうかな」

「今何歳だっけ」

「同い年じゃん。二十一だよ」

「……老けたね」

「最悪」

「大学で好きな人出来た?」

「秋以外はいないかな」

「……そっか」


秋も私も八月生まれ。

なのに名前には夏が入っていない。

変だよね。

ラムネを持っていない方の手を、秋が握ってきた。


「秋?」

「ごめんね、千春」

「なんで謝るの?」

「俺のせいで、千春は人気者だ」

「変人の間違いでしょ」

「そうとも言うね」


寂しそうに笑う秋。

毎年そうだ。

秋は寂しそうで、悲しそうで、申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね、秋」

「なんで謝るの?」

「私のせいで、秋は楽になれない」

「そんな事ないよ」

「私は一人になれない」

「……分かってるよ、でもそれは……」

「ラムネってさ!」


今にも泣き出しそうな秋の言葉を遮る。

やめて。秋は悪くない。


「ラムネの中のこのB玉」

「うん?」

「A玉って言うんでしょ?」

「訳が分からないよ……」

「B玉はね、まんまるじゃないの」

「うん」

「A玉はね、完璧な丸。満月」

「満月?」

「だからA玉は、選ばれし丸なの」

「なるほど」

「……秋に見せてあげるよ」

「え?」


ラムネの瓶を地面に打ち付ける。

さすがに、土じゃ割れないか。


「待っててね」

「千春?」


コンクリートが出ている段差に駆け寄る。

浴衣って走りにくいなぁ。

それでも思いっきり投げ付けた。

パリンッという音と共に、破片が散る。

私達同様、休憩中であろう人々の驚いたような視線を感じながらも気にしない。

キラリと光る破片も、気にならない。


「秋、ほら!A玉!見て!」

「千春、瓶割れたやつ、危ないよ?」

「綺麗でしょー!」

「……綺麗だね。破片、持って帰ろ」

「秋、なんでそんなに寂しそうなの」

「千春?」

「綺麗でしょ?見て。喜んでよ」

「……うん」

「秋にあげる」


A玉を秋に差し出す。

綺麗な丸を。透明なA玉を。


「ありがとう、千春。……破片」

「分かったよ。拾って、帰ろ」

「うん」


並んで歩けるこの幸せを、私は大切にしたい。

ラムネの瓶の破片を拾い、たこ焼きのパックに入れる。

この破片で血管を切ったら、私はずっと、秋といれるの?


「千春、駄目だよ」

「……分かってる」

「ほら、帰ろうか」

「うん」


差し出された秋の手を取る。

足が痛いし、浴衣も着崩れている。

リップなんてとっくに落ちたし、人が多過ぎて疲れてしまった。

けれど、秋がいるから。

私は夏祭りが大好きだ。

ラムネの瓶を割るように。

割ってA玉を出すように。

秋との美しい記憶だけを大切にしよう。


「秋、大好き」


来年の夏、また私は、ラムネの瓶を割るだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねえお母さん、さっきからあのお姉ちゃん誰と話してるのかなぁ」

「やめなさいマナ、声が大きいでしょ」

「だってラムネ割ったりさぁ、一人で話したりしてるよ?変だよねぇ」

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