「変声期に」 若松ユウ 【純文学】
――ファーストキスは、林檎飴の味がした。
*
「真っ黒に日焼けしたわね、コウジくん」
「へへっ。この前、家族で海に行ったんです。雲一つなく晴れてたんで、こうなりました」
袖や裾に紫陽花の模様の入った浴衣を着た高校生と思しき少女と、小倉織の甚平を着た中学生と思しき少年が、夏祭りで賑わう神社の参道を、時おり人を避けながら手を繋いで歩き、何気ない調子で会話を交わしている。二人の両端では、人形カステラ、たこ焼き、アイスクリンという筆文字が鮮やかな屋台が、暮れなずむ茜色の夏空に軒を連ねている。
「へぇ、そうなの。私は、今年はプールにも行けなかったわ。楽しかった?」
「はい。せっかくなら、ノリコお姉さんも誘えば良かったですね」
そう言って、小麦色の肌をしたコウジと呼ばれた少年が無邪気に笑いながら少女の顔を見ると、色白肌のノリコと呼ばれた少女は、静かに微笑みを返しながら応える。
「そうね。でも、お姉さんは受験生だから、お勉強を優先しなくちゃ」
「ふぅん。お姉さんみたいに賢い人でも、勉強しなきゃ駄目なの?」
コウジが手に持っている林檎飴を齧りつつ、小首を傾げながら疑問を呈すると、ノリコは口元に手を添えてクスッと吹きだし、コウジを参道の端に連れて行きながら言う。
「私は、そんなに賢くなんか無いわよ。きっとコウジくんが私より年下だから、そう見えるだけだわ」
「そうかなぁ。僕の兄ちゃんはノリコお姉さんより年上だけど、お姉さんより馬鹿だと思うよ?」
「こらこら。あんまり家族のことを悪く言うものじゃありません」
「はい、ごめんなさい」
真っ赤な舌を見せながらコウジが悪戯っぽく謝ると、口角は上げつつも、ノリコは繋いでいた手を離し、石段を指差しながら厳しい目をして命じる。
「ぜんぜん気持ちがこもってないわ。ちょっと、そこに座りなさい」
「あっ、はい」
バツが悪そうに指の爪先で頬を掻きつつ、コウジが目線をそらして石段に腰かけると、ノリコは前へ倣えで列の先頭に立つ人間のように両手を腰に当て、口を尖らせながら続けて命じる。
「今から、教育的指導を行います。面と向かって顔を見られると恥ずかしいから、目を瞑って聞いてなさい。いいかしら?」
「おおせのままに」
言われた通り、コウジが目を瞑って無防備に待機していると、ノリコは悪戯っぽくニヤリとしながら、小腰を屈め、砂糖で艶めく唇に軽い接吻をした。
「ん!」
その刹那、コウジはカッと目を見開き、くぐもった声を上げた。すると、ノリコはサッと身体を引き、大人びた色気のある妖艶な笑みを浮かべると、すぐに元の表情に戻り、コウジに片手を差し出しながら囁く。
「さぁ。そろそろ花火の時間になるから、急ぎましょう。――あっ。言っておきますけど、今のことは、宿題の日記に書いちゃ駄目よ?」
「もちろん、内緒にします。――早く、河川敷へ行きましょう」
コウジはノリコの手を取って立ち上がり、再び二人は並んで歩きはじめた。空は、いつの間にか一番星が輝く夜空へと移行しはじめ、赤や青の提灯には火が点り、盆踊りの櫓から太鼓の音が響き始め、蜩は鳴きやんでいた。
*
――これが、僕とお姉さんだけの、甘く、酸っぱい、秘密の一ページである。