第六話
お久しぶりの投稿ですみません…
私とランスが入寮確定と通達された後、家族全員で納得しきれないまま必要なものを買い足したり、荷物を纏めたりと慌ただしい日々を送っていた。
事前に届いた案内書によると、入学式が始まる前に荷物の運搬と寮についての説明があるらしい。
残念なことに、貴族と平民では日付が違うらしくリリアンヌとエンカウントするのは無理そう。うぅ、無念…
貴族は荷物が多いから荷物の運び入れだけで時間がかかるからとか。服だけでも凄い量なんだろうな。私は大きめの鞄三つで荷物が纏まってしまった。
「もう明日かぁ」
「なんか、バタバタだったな」
「うん… あ、ランス明日一緒に行こうね?」
「もちろん、一緒に行こうな」
夕飯も食べ終えてマッタリしてる夜更け前。二人で私が淹れた香茶を飲んでる。
紅茶は身分が高い人達が飲むもので、平民には手が出ない。その代わりとして飲むのが、香草を乾燥させて飲む香茶。作る人によってブレンドさせる香草が違うんだけど、私はランスのブレンドしてくれる香茶が好き。優しい香りの中に強すぎない爽やかさがあって、考え事してる時はほんと丁度いい。ソーサーなんてないから、カップをテーブルに直接置く。
私が何気なく呟いた言葉に、ランスが疲れた声で答えてきた。憂鬱なんだろうね、ランスは。遠い目してるもん。
明日に思いを馳せながらお願いすれば、ランスが爽やか笑顔で頷いてくれる。あぁ、優しすぎるよランス。
家に帰るランスを見送って、使ったカップを洗って片付けてから自分の部屋に戻ってベットの端に座る。
あと数日でゲームの世界が始まって、リリアンヌに会えるようになる。ワクワクする気持ちで立ち上がり窓を開ければ、まだ三月だからか入ってくる風は冷たい。
寒くて体が震えるから急いで窓を閉める。鳥肌がたった両腕を摩って、もう明日に備えて寝ようとベットに向かって歩けば、ふと視界に一冊のノートが目に入った。
学園に入ってから使おうと用意した文房具。買い物に行った時セールをしてて、食べ物じゃなから腐らないしって色々大量に買い込んだはいいものの、寮に持ってくには多過ぎて選別し、省かれたノート。
ふと、私はリリアンヌの姿を頭に思い浮かべた。前世で仲が良かった咲華にそっくりな令嬢。ゲームの世界では悪役令嬢としての人生を進んでいく彼女と友達になりたいと思ったはいいものの、そういえばどうやって仲良くなるかを殆ど考えていなかった事に、今ようやく気づいてしまった。
ちょっとまって。リリアンヌは私のライバルとして攻略対象との邪魔をしてくるのよね。だから、私が攻略対象と仲良くしなければ、リリアンヌがライバルにならないし、悪役令嬢にもならないわけで。うん、ここまでは前に考えてことよね。
それで、そうすれば私はリリアンヌと友達になれる。素晴らしい。
それに、リリアンヌが攻略対象の誰かを好きになったら、私が全力でそれを応援すれば、リリアンヌも幸せで私も幸せ。素晴らしい素晴らしいっ。やだ、私って天才かもしれない。
そうと決まれば、私はゲームの内容を思い出せるだけ思い出し、ノートに書き込んでいく。愛梨としてもエレナとしても、記憶力はそういい方じゃなくて、大まかにしか思い出せなかったけど、要所要所の場面やフラグは何とか出てきたから良しとしよう。
後はゲームが始まってから、その都度対応していけばいいし。
「エレナ、まだ起きてるの? 早く寝なさい」
部屋の明かりに気づいたお母さんが、ノックの後に顔を出す。その言葉に時計に目をやって、日付が超えてることに気づいて返事をしてからベットに潜り込む。
起きられますように。そう自分に言いながら、目を閉じる。
案の定、寝坊してランスに呆れた顔されてしまった…
学園の寮までは、学園専用の馬車があって、それに乗って向かう。いくら平民でも、寮で生活するには荷物が多く、乗り合い馬車ではすぐに一杯になってしまうから、この時ばかりは学園の馬車が多めに駆り出されている。
といっても、平民が寮に入ることはそう多くは無いから、私とランスが予め案内書に書かれてた待合場所に行っても他には誰も居なかった。
まぁね、あんな高いお金払えないよ、平民は。
ランスと話してれば、学園の紋章を帆につけた馬車が目の前で止まった。街の中を走るシンプルな馬車とは違って、白く輝いている学園の馬車。御者さんが、ニコリと笑いながら御者台から降りてきて、上着の内ポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
「二人がランス君とエレナさんかな?」
「はい、そうです」
「今日乗るのは君たちしかいないから、学園に着くまで悠々座ってくれて構わないよ」
「やっぱり私たちしかいないんですね」
「そうだね。ここ数年でも、平民が寮に入ったのは三人だったかな」
御者さんが馬車の扉を開けて、足元にあった私の荷物を中へと運んでくれる。その動きがスマート過ぎるから、きっとこの御者さんはモテるに違いない。顔も甘い顔立ちで話しやすく紳士的とくれば、ときめかない訳がないよね。
まぁ、私のタイプじゃないから何とも思わないけど。
そんな事を考えながら御者さんを見てたら、ランスに腕を掴まれて中へと引っ張り込まれた。
「エレナ、早く乗れよ」
「あ、うん。そんな引っ張らなくても乗れるってば」
「………はぁ」
溜め息吐かれた。何故に? そんな急がなくても集合時間までまだ余裕あるよ?
「ははは。それじゃ、出発するから座ってくれるかい?」
「はい」
「分かりました。お願いします」
何が面白いのか、私たちにウインクをしてみせた御者さんは扉を閉める。暫くしてゆっくりと馬車が動き始めた。
馬車の中は長椅子が設置されていて、その座り心地はふんわりとしてる。中に入ってるスプリングが、路面の凹凸で馬車が揺れるたび優しく跳ねて、ちっともお尻が痛くない。まぁ、まだ乗って数分も経ってないんだけどね。
「エレナは…」
「うん?」
長椅子の感触に気を取られてたら、やけに低いランスの声。うまく聞き取れなくて首を傾げて聞き返せば、俯いていた顔を上げた。眉を寄せて難しい顔をしてるけど、この表情はあまり見ないから珍しくて目が丸くなる。
「どうしたの? もしかしてどっか調子悪い?」
「あ、いや体調は悪くない。そうじゃなくて…」
どうやら体調不良ってわけじゃないらしい。それは良かったけど、それならランスの様子がおかしいのは何でだろう?
「エレナはあの人みたいな男がタイプなのか?」
「ん? タイプ? うーん、私はタイプじゃやないなぁ。優しいし気がきくし格好いいけど、心惹かれるってことはないよ。でも、きっとあの人モテるだろうね」
「そ、そうか」
私がそういえば、ランスは小さく息を吐いて長椅子の背もたれに凭れかかる。再び私に向けた顔には、いつも見る柔らかい笑顔になってて、私も笑い返した。
魔法学園はローグル王家が作った学校で、私たちが住むスロックテール国の北東に建てられている。王族が住む王宮は国の中央に建てられていて、私の住んでいた街は王宮と学園のほぼ真ん中の位置にあった。
魔法学園の正式名称はアニグテレナ・ベルランク・ジ・ロナウダグロス・サラベージ。まぁ、長ったらしいからこの名前で呼ぶ人はそう居ない。この国で魔法を習う学校はここしかないから、魔法学園で通じてしまう。
魔法が使えれば、王族や貴族、平民関係なく通うことが出来る。前に私とランスが受けたやつを受けて、ちゃんと魔力があると確認されればいいのだ。
授業内容は座学と実技の二つで、入学して一年は皆同じ教育を受ける。一年の終わりに試験を受けて、二コースのどちらかに別れる仕様になっている。二年目で各コースを極めていき、二年の終わりに卒業試験を受けて卒業となる。
この卒業試験は、余程の事がない限り合格できる。授業の出席数が悪かったり、生活授業態度が悪過ぎると、半年殆ど監禁の様な環境でみっちり授業を受けさせられ、卒業を迎えることが出来る。
学園が出来てから、この半年授業を受けたのは二人しか居ないらしい。うん、半年授業を受けないように、しっかり授業を頑張るぞ。
魔法のみを使う魔法使い科。魔法と剣を両立させる魔法剣士科。
魔法使い科は体内に多量の魔力を貯めておける者で無ければ、進む事が出来ない。一年の終わりの試験で強力な魔法を一つでも使えれば、魔法使い科へと進む事が出来るものの、その門は狭いらしい。
魔法使い科に振り分けられなかった者が、魔法剣士科へと進む事になるから、必然的に魔法剣士科の方が生徒数は多くなる。
ゲームでは、私は魔法使い科になる。レイハンだけが魔法剣士科で、それ以外の攻略対象とリリアンヌも魔法使い科。レイハンも魔法は使えるんだけど、魔力の最大値が試験の合格ラインに届かなくて魔法剣士科になる。
そういえば、ゲームでは生徒一人一人、身分関係なく従者が付いてたなぁ。
魔法学園には様々な子供が通う。そう、様々な個性の子供達が集まっている。どんな貴族の元でも仕事が出来るように、将来従者や執事、メイドとして働く予定の子供が、勉強の一環として魔法学園の生徒に付く。
私に付く子は確か… サリーって名前の女の子だったはず。スチルで見たサリーは薄茶色の髪を後ろに一つ結びしてて、可愛らしい顔をしてた。ヒロインのサポートをする役割で、攻略対象について色々とアドバイスをしてくれる。
サリーちゃんと過ごす学園生活も楽しみになってきた。
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作業BGM 己龍:漣