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第四話


 茜色に染まった空を背に、私はお店の商品を家の中へと移していく。

 軒先を伸ばし、その下で品物を売る店舗がこの世界では基本スタイルで、奥が玄関になってる構造。シャッターは残念ながらこの世界には無くて、開店閉店するだけでも一苦労する。早くこの世界の頭いい人がシャッターを作ってくれたらいいのに。自分で作る? 無理無理、私にそんな頭と行動力は無い。


最後の一籠を抱えて家へ入ると、いい匂いが漂ってくる。

倉庫へ籠を置いて台所へ行けば、お母さんが真っ白なエプロンを身につけ料理を作ってて、私も手を洗ってお手伝い。

前世では殆ど料理なんてしてこなかったけど、エレナはちゃんとお手伝いをする子で、しかと私も出来るようになった。


「どうかしら?」

「…うん、美味しいよ」

「そう、良かった。それじゃぁ、鍋ごと運んでちょうだい」

「はーい」


スープを小皿に少し入れて差し出してくるのを受け取り、コクリと飲み込み頷いてみせる。売れ残った野菜でとった出汁はしっかり味が出てて、具無しのただのスープで出されても凄く美味しいと思う。

むむ、これはもしや、スープも売ったらいいのでは?


「重いなら持つぞ?」

「へ? あ、いや大丈夫だよ。ありがとう、ランス」

「そうか? なら先に下に敷くの置いとくな」

「うん」


商人の血が騒ぐっ! なんて、別に私は商売に関わってなかったし関東民だったからそんな訳ないんだけど。廃棄するものがお金になるなら、試してみる価値はあるかもしれない。そんな事を考えてたら、ランスが私を覗き込む。良かった変な声は出さずに済んだ。


 だいぶ慣れてきたとはいえ、突然のイケメンのアップは心臓に悪い。それに紳士。攻略対象と親愛度は深めていかないと決意したのに、既に崩れそうな気がする。

しかも、この紳士っぷりは私にだけじゃなく、お客さんにもそうだから、たまにランスが店先に立つと奥様達の来店率が多くなる。毎日ランスが売ればいいんじゃ? って思ったけど、何故かお父さんもお母さんも良しとしなかった。


八百屋なだけあって、食卓に並ぶオカズは野菜がメイン。健康的だよね。しかも私は野菜に関しては好き嫌いがない。流石、八百屋の娘。

今日も四人揃って夕ご飯。

いつも通り今日会った他愛ない話をしながら箸を進めていれば、お父さんが少し寂しそうな顔をする。


「そろそろ、お前たちも魔法学園にいく準備をしないとな」

「そうね。エレナとランスはどうするの? 寮に入ることも出来るけど」

「うーん」

「えーと」

お父さんとお母さんの言葉に、ランスと顔を見合わせる。


 魔法学園には、魔法を使える子供は十四歳になったら絶対に通わなければいけないのがこの世界、この国の決まり。魔法が使えるか使えないかは、十歳までに魔法が使えるかで決まってくる。十歳過ぎてから魔法が使えるようになった事例は無いらしい。


私とランスは、八歳の時に魔法を発動させた。近くの森へ遊びに出かけ、野犬のような見た目をした魔獣に襲われそうになり、無我夢中で魔法が使えるようになったのを今でも覚えている。ランスも私を守るように風魔法のかまいたちを発動させ、魔獣の体に刃物で切りつけたような傷をつけた。


ただ、その時私は自分が何魔法を発動させたのか全く覚えていなかった。ゲームでは光魔法を使える設定になっていたから、光魔法が使えるんだろう。

なんで自信が無いのか。ゲームの記憶が曖昧とかじゃなくて、今の私が魔法を発動させる事が出来ないからだった。


この世界に転生し一ヶ月がたった頃。練習だとランスが難なく風魔法を使う横で、私は何の魔法も発動させられなかった。特に魔法に何も感じていなかったエレナは、魔法の練習をする事をしてこなかった。融合した記憶を辿れば、エレナ自身が魔法を使える事実を忘れている節があったのだ。


 もしかしたら、私が魔法を使うことは出来ませんでした、なんて異常事態かと思い魔法学園に問い合わせると、すぐに学園から人がやってきた。

見るからに魔法使い。そんな、黒いローブを纏い若干畝ったロットを持つ典型的な見た目の人達は、直径十五センチほどの水晶玉を私に手渡した。


 その水晶玉を見るように言われ凝視していると、次第に水晶玉はしゃぼん玉のような透明の中に虹色を携えていく。

窓から差し込んだ光に色を変える水晶玉が綺麗で声をあげると、学園の人達が途端慌てたように何か話している。水晶玉に夢中になっていた私は気付かず、隣にいたランスにも水晶玉を手渡した。


 私と同じように凝視したランスの手元の水晶玉は、最初薄い金色に輝くと、次第に深い緑色へと変わっていく。

それを見た学園の人達は再び大騒ぎしはじめ、漸く騒ぎに気づいた二人が何事かと聞こうとした時、お父さんとお母さんに部屋の奥へ行くように言われ、よく分からないまま大人しく従った。


 話は長くなってるのか、一向に学園の人達は帰らないし両親も戻ってこない。扉を閉められてしまって、声も殆ど聞こえてこない。

ただ、魔力の容量、属性を測る水晶玉が反応してくれたから、私もちゃんと魔力はあるってことで。良かった…学園に通えなきゃゲームのストーリーが始まらなくなってしまう。そんなことになったら、私はリリアンヌと出会うことすら出来なくなる。それだけは絶対に避けなければっ。


漸く話が終わったのか、お父さんとお母さんが若干疲れた顔をして部屋に戻ってきた。


「何か問題があったの?」

私が不安げに言うと、お父さんが笑って頭を撫でてくれる。

「何もないよ。ただ、ランスの魔力が大きいことに驚いてたくらいだ」

「たしかに、ランスすごい緑色が濃かったもんね。色が濃いほど魔力が多い証拠なんだよね?」

「そうね。ランスは学園で勉強したら、もしかしたらすごい風魔法使いになるかもしれないわ」

「そんな…」

「凄いよランス。ふふ、風魔法使いって上級になったらあっという間に移動することもできるって聞くから、そしたらどこか旅行に連れてって」


自分の魔力の量やお母さんの言葉に戸惑っていたランスは、私のニシシと笑った顔を見るなり笑い出し、任せとけと胸を叩いてくれた。

 この世界での移動手段は徒歩か馬車で、目的地に着くまで時間がかかる。けれど、風属性の魔法には対象を浮かせて運んだり、対象の足に魔法をかければ移動速度が上がるものがある。これらの魔法はすぐに使う事ができず、何度も練習を重ねて使えるようになるのだが、ゲーム内でランスは後半になるとこの魔法が使えるようになっていた。

旅行行くの楽しみだなぁ。


魔法学園は、寮に入るか家から通うか選択することが出来る。

といっても、貴族の人達は送迎の間に何があるか分からないから、大抵の人は寮に入っている。

 一方、寮に入るには金銭面で苦しい平民は、だいたいが家から通っている。学園までの道は舗装されてるし、夜になっても魔法のおかげで街灯もあって明るいから、通いでもなんら支障はない。


そう、私達がお母さんの言葉に即答できなかったのは、この金銭面のせい。寮に入るには、平民の平均年間収入の半分を事前に払わなければならない。貴族達にとっては些細な金額かもしれないけど、平民からしたら莫大で出せるものじゃない。


本当は、リリアンヌが寮暮らしになるから私も入寮したいところではあるんだけど、いかんせん高過ぎる。ゲーム開始した時の私よ、どうやって貴方は寮に入ったんですか? ゲームを進めても、全然明らかにされなかったからさっぱり分からない。


「俺は家から通うことにするつもり」

「うん、私も家から通う」


ランスの言葉に私も頷く。

仕方ない、通いだって学園生活はあるんだから、リリアンヌと仲良くなれるチャンスはあるはず。

私達の言葉に、二人は済まなそうな顔をする。そんな顔をさせたい訳じゃないから、私は元気な声で「おかわりしちゃおー」と鍋の縁に立てかけられていたおたまを掴んだ。

 

 

 

 

 翌日、朝市に出ない日だったからいつもより遅くまで寝ていたら、玄関の扉を叩く音が聞こえてくる。こんな朝早くから来られても、まだお店の準備できてないから野菜売れませんよー?

 そんな風に予定より早く目が覚めてしまった私が文句を言いながら起きると、対応してるのかお父さんの声がする。


 着替えるのも面倒くさくて、夜着の上に薄手の上着を羽織って部屋の扉をそっと開けて玄関先を覗き見る。

 お父さんの背中の向こう側には、黒いローブを纏った学園の人が二人立っていた。


 何の話をしてるんだろう? 気になって更に扉を開けて体を出した瞬間、一人の人が私の気配に気づいたのか、顔をこっちに向けた。

 耳の下まで伸びた銀色の髪に、大きくも小さくもない目。鼻は少し高く薄めの唇をした男の人。整った顔立ちとは言えないけれど不細工というわけでもない。ただ、どこか安心させる顔だと、見た瞬間思った。


 私と目があうと、その男の人は笑顔を浮かべて左手を小さく、私に見えるように振ってくる。釣られて振り返すと、目を細めて更に笑みを深くされた。


 特に気まずい話をしてるような気配もない。ならばとお父さんに声をかければ、驚いた顔をしながらお父さんが振り返った。


「お父さん?」

「ん? エレナおはよう、もう起きたのか」

「おはよう。目が覚めちゃった」

「おはようございます。朝早くにすみません」


 上着を着ていても、流石にこの格好で人前に出ていくわけにはいかない。失礼だとは思いながらも、体半分だけ覗かせて話をすれば、別段学園の人も不快な顔をしなかった。

 それどころか、丁寧に頭を下げられてしまう。こちらこそすみません…


「まだ話をしてるから、エレナは着替えてこい」

「はーい。失礼します」


 お父さんの言葉に素直に従って返事をして、学園の人達に軽く頭を下げてから部屋に戻る。

カーテンを開けて窓から外を見れば、雲一つない朝の空。開けてみれば、冷たい空気が入り込んできて体がブルリと震えた。

慌てて窓を閉めて両腕を擦り、タンスから紺色のワンピースを取り出す。今日もまだ寒そうだから、厚手のタイツと厚手のワンピースにする。


 着替え終えて部屋を出れば、丁度話が終わったのか学園の人達が玄関の扉を閉めるところだった。閉まる直前、銀髪の男の人とまた目があってニッコリ微笑まれた。ほのぼの癒やされる人だった。

 学園の人だろうけど、先生とかかな? 事務の人って可能性もあるし。ゲームでは見たことないキャラだったけど、まぁ学園に行けばまた会えるでしょ。

 そう考えてたら、お父さんが目の前に立っていた。うわ、びっくりした…


「エレナ、ランスを起こしつつ呼んできてくれ」

「ランスを? まだ寝てるだろうし、ご飯も出来てないよ?」

「…そうだな。俺は野菜を取ってくるから、お前は朝ご飯の支度を手伝ってやってくれ」

「分かった」


 考え込んでいるお父さんは私の疑問に小さく息を吐くと、くしゃりと頭を一撫でして裏庭に出る扉へ向かって歩いていった。

お父さんのおかしな様子は、さっきの学園の人達との話が影響しているようにみえる。

 けど、内容までは聞こえなかった。きっと朝ご飯を食べながらか食べたあとにでも教えてくれるはず。

 リズムよく聞こえてくる包丁の音を聞きながら、お父さんが開けた扉のその隣の扉を開いた。出汁のいいにおいがする。

 



 ランスの好きな卵焼きが並ぶ朝食。茶碗を持って箸を持ち、いざ食べよう!と動き出した瞬間、お父さんの言葉に私とランスの動きが止まってしまった。


「二人とも、魔法学園の寮に入ることになった」

 

 



ここまてお読みくださりありがとうございます!


作業BGM DIV:未成年

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